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第六話 「父さん」


 真っ暗な世界の中、誰かが僕を呼んでる。


 誰だ……?


「……ァ……ニア! おいニア、しっかりしろ!」


 ここは、どこ?


 重い瞼を開けると、ボヤけていた視界が段々と鮮明になっていく。どうやら父さんに横抱きに抱えられているみたいだ。


 さっきから頬に当たる冷たいこの感触、雨なの?


「父、さん?」


「ニア! あぁ、良かった」


 父さんはとても安心したように、僕をきつく抱き締めた。さっきまで、僕は試験会場に居たはずじゃないか?


 それに目の前に死んだはずの父さんが居る。訳が分からない。どうなってるんだ?


「あれ、何で父さんが生きてるの? それにここはどこ?」


 混乱した僕は、身体の痛みに耐えながら辺りを見渡す。そこには、倒壊した建物から立ち上がる黒煙と、沢山の瓦礫の山があった。


 所々、酷く見覚えのある建物達。そしてこの光景……僕は知ってる気がする。


 僕の故郷。もしかして、貧民街なのか?


「大丈夫かニア、やっぱりさっき強く頭を打ったんじゃないのか?」


「頭? ううん、違うよ。僕心臓が痛いの。確か試験で、撃たれたから」


「試験って一体何の事だ? きっと頭を強く打って混乱してるんだよニア。父さんが来たからもう大丈夫だよ。ほらご覧、ニアの心臓は無事だ」


 本当だ。僕の胸に傷が無い。あんなに痛かったはずなのに、全然痛くない。


 あれ? 違う、最初から痛くなんて無かった?


 だって父さんが生きているのに……試験なんて受けるはず無いし。父さんの言うように、混乱してたのかもしれない。


 段々と、さっきのは全て悪い夢で、今この瞬間が現実なんじゃないかと思えてくる。


 そうか。僕は、七歳だ。


 先月誕生日会をしたんだっけ。父さんも母さんもおめでとうって沢山頭を撫でてくれた。


 凄く凄く嬉しくって……幸せで。


 ならさっきまでのは、全部僕の妄想で怖い夢だったのか。嫌な夢だ。


 どこか不安になった僕は、甘えるように父さんの腕にぎゅっと抱きつく。


「ねえ父さん。僕凄く怖い夢を見たの。父さんが死んじゃって、母さんもボロボロになって、15歳になった僕が試験に受かるために撃たれるんだ」


「そうか、とても怖い思いをしたんだね。でも何があっても、ニアの事は父さんが守ってやるって約束しただろ? だからもう何も心配しなくて良いからね」


「うん……そう、"そう"だったね」


 父さんが優しく僕の頭を撫でてくれる。何故だかそれがとても懐かしく感じて、思わず涙がこぼれた。


「おいおいニア、どうして泣くんだい?」


 困ったように笑う父さんは、僕の頬を伝った涙を拭ってくれた。


「わからないよ父さん。でもねどうしてか、とても嬉しいのに、凄く悲しくなるの」


 僕はその手を離したくなくて、両手で包み込んだあと、もう一度自分の頬に寄せた。

 

 大きくて、暖かくて、優しい。僕の大好きな、父さんの手だ。


「もう大丈夫だから、泣くなニア。父さんはここにいるよ?」


「うん。もう居なくならないで、ずっと僕の側に居てよ父さん」


 どうして僕は、この手を離したら父さんが消えるような気がするんだろう。


 さっきからずっと、嫌な胸騒ぎがしてるんだ。


 どうして。


「ちょっとだけ待っててね、ニア」


「待って父さん! 何をするつもりなの」


 僕をそっと地面に下ろしながら、父さんが口を開く。腕を離すまいと強く掴みたかったのに、何故か石のように動かない僕の身体。


 その瞬間、この先の言葉を聞いてはいけないと頭の中で警笛が鳴り響いた。


 うるさい。


 止まって。


 お願いだから。


「父さんはこれから、モニカや皆、そしてなによりお前を守るために」


「嫌だ嫌だ嫌だ!」


 口だけは動くのに、父さんと僕の会話は噛み合わない。まるで、父さんの言葉は決められたもので、僕だけがこの世界で異質な存在みたいに。


 僕の心臓が痛いくらいに、強くバクバクと脈打つ。


 だめだ、これ以上父さんの言葉を聞きたくない。


 お願い、言わないで父さん。


 『僕』はこの先を知ってる。


 振り向いちゃ駄目だよ父さん。


 お願いだから。


 そこにはアイツが居て、僕達を狙ってる。


 もう"死なない"でよ! また僕の目の前で消えちゃうの?


 僕の気持ちとは裏腹に、立ち上がった父さんが背を向けてしまった。強い光がさして、こちらを見ているはずの父さんの顔が見えない。


「あそこにいる怖い狼を倒してくるからね」


「やめて、いかないで父さん!」


 ようやく身体が動くようになったのに、伸ばした腕が小さすぎて……届かない。


 父さんは巨大な影に向かって歩いて行く。


 そこにいたのは灰色の狼、死神と恐れられている魔物の王様『ラズリオン』だった。

 

 奴が空に向かって遠吠えをした瞬間、灰色の毛が薄ピンク色に染まっていく。


 そうだった。これは全部、あの日――8年前、僕が実際に見た光景。僕の記憶だ。全部、幻なんだ。


 父さんは“もう”……わかってる、それなのに、この瞬間が幻だとしても僕は父さんを救いたかった。


 あんな怪物と、たった一人で戦わせたくなかった。


 僕は自分の手を見る。そこには小さすぎる掌があった。あの日のままだ。父さんを失った、あの頃の僕の姿。


 “こんな手”じゃ駄目だ。“本当の”僕の手はもっと大きいはずだろ!


 今のままじゃ父さんは救えない。それじゃ駄目なんだ。


 なら僕は“何の為”に、“ここ”に居る?


 変わらなくちゃ。早く、早く、今すぐに。


 僕の姿が、少しずつ本当の僕に戻っていく。


 そうだ。僕はもうあの頃の僕じゃない、15歳のニアだ。ただ、全てを見ている事しか出来なかった、守られるだけの無力な子供じゃないんだ。

 

 父さんを、母さんを、そして僕自身を救う為に、僕が欲しかった物。


『誰かを守るための、圧倒的な力』


 そう『力』が欲しかったんだ。父さんを殺したアイツの、息の根を止めるために。これ以上、魔物のせいで泣く人が居ないように。悲しみを断ち切りたくて、全てを変えたくて、そう思った時だった。


「ワン!」


 と言う鳴き声が聞こえて、足もとを見る。角の生えた小さい薄ピンク色の魔犬らしき生き物が僕を見上げていた。


 それは眩い、けれどとても暖かな光になって優しく僕を包み込む。


 僕と光は1つに溶け合った。


 不思議と恐怖なんかなくて、むしろとても心地の良いそれに僕は身を委ねた。



◇◇◇◇



「あ、起きました。成功です!」


「……あれ」


 マツリカさんの声に、意識が鮮明になる。


 どうやら今度こそ、夢じゃないみたいだ。

 

 目を開くと、マツリカさんとルーカスさんが覗き込んでいた。その顔に、なんだか安堵してしまう。


「おめでとうございます! ずいぶん可愛らしい姿になっちゃいましたね」


「ありがとう……ございま、す?」


 頭とお尻に違和感を感じて触れてみると、モフモフとした何かが手に当たる。


「え? 何これ」


 見るとそこにはフワフワの毛に包まれた灰色の尻尾があった。


「耳に尻尾……僕、もしかして、ラズリオンになっちゃったの?」


 不安になって僕が呟くと、会場がどよめく。


 「おい、アイツ『ラズリオン』と融合したって」


 「あぁ。他の奴も大概化け物かと思ったが……まさか死神と融合するなんて。アイツが一番ヤバいんじゃないか?」


 「でも何か、他の奴と違って見た目はヤバいどころか……『ショボい』な」


 今凄く小さい声だったけど、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。融合したからか、耳が良くなってるみたいだ。


 近くに居たマツリカさんが、皆の疑問に答えてくれる。


「まぁ、近いっちゃ近いですかねー? 君はラズリオンの『幼体』の魔石と融合したんですよ」


「ラズリオンの、幼体?」


 父さんを殺した奴じゃ無かったのか。


 もしかして、さっきのあの光になった小さい犬みたいな奴?


「えぇ。成体にもなると、我々には到底敵うような相手では無いですからね。それよりも、良く生き残ってくれました」


 ルーカスさんは僕の頭を優しく撫でながら言う。


 そのゴツゴツとした大きな手が、さっきまでの父さんのようで、僕の尻尾が無意識にブンブンと揺れる。


「じゃあ幼体とは言え、機動隊の人達はラズリオンを二頭も討伐したって事ですか?」


 それを聞いていた誰かが問いかけた。


「むかし、運良く一匹の幼体を討伐する事が出来たんですよ。その時に判明したんですが、アイツらはコアが2つもあったんです」 


 ルーカスさんの「だから、実質倒せたのは1体だけですね」その言葉を聞いた全員が絶句した。


 知らなかった。ラズリオンは『2つ』も心臓を持っていたのか。どおりで桁違いに強いわけだよ。


 そこまで考えて、僕は撃たれる前に隣で震えていた人物の姿を思い出す。


「って、そんな事よりシイナ君は!? それに他の皆も」


「大丈夫です。シイナ“隊員”なら生きてますよ。ただ少し、特殊なケースになっちゃったので……別室にて対応中です」


 マツリカさんの言葉に、少しの不安を覚えながらも、彼が一先ず生きているんだと言う事実に安堵した。


 本当に良かった。きっと、凄く頑張ったんだろうな。特殊なケースってのが引っ掛かるけど。


「最初の組で生き残ったのは、君と、シイナ隊員、ギルア隊員、メイ隊員だけです。後の方は残念ですが」


 ルーカスさんの言葉に、会場が静まり返った。


 その異様な空気を感じて、慌てて僕は辺りを見渡す。


 床に広がる沢山の血と、何かを引き摺った後。そして……この後受けるであろう受験生達の絶望と恐怖を孕んだ瞳と目が合った。


 彼らはその目で、ここで起きた全てを見届けたんだ。もし僕がそっちだったら……そう想像してゾッとした。最初で良かったのかもしれない。僕は見届けた後、自分の番を向かえる自信がない。


 そんな恐怖を、彼らは今から受けると言うのか。


 ここはあまりにも地獄だ。


 10人受けて、生き残ったのがたったの4人だけなんて。他の人達は、皆死んじゃったんだ。


 僕はその事実に、目眩がした。


「まだ次が残ってますので、ニア君も手続きに向かってください」


 促されるまま、僕は重い足を引き摺り別室へと向かった。


 

◇◇◇◇




「先ずは最終試験の合格おめでとうございます。これより、中心街に用意される隊員用住宅のご説明を始めていきます。その他にも色々あるので、質問があればその都度聞いてください」


 別室に居た男性隊員は、テキパキと資料を見せながら教えてくれる。


「はい。ありがとうございます」


 中心街、お金持ちの暮らすエリアに邸宅が貰えるなんて。まだ夢の中にいるの?

 

 邸宅は希望者にのみ与えられているようで、もちろん僕は二つ返事で希望した。


 色んなデザインがある豪華な建物の中から、立地と内容を見て、僕は母さんが一番好きそうな美しい庭園と噴水が置いてある場所を選んだ。温室もついているらしい。


 しかもなんと、この家は一生僕の持ち物になるらしい。


 さっきまでの憂鬱な気持ちが一瞬にして飛んでいってしまう。だって仮に僕が死んだとしても、母さんが安心して住めるんだから。もちろん、死ぬつもりなんて無いけれど、もしもの話だ。


 さらに、引っ越しの費用とか色んな物が公費で賄われるらしい。すでに"合格祝い金"として、国から大金が貰えたばかりなのに。


 なんて厚待遇なんだ。噂には聞いてたけど、こんなに凄いなんて……命の価値ってやつなんだろうか。


 感動している僕が余韻に浸る間も無く、命を賭して戦うといった内容の誓約書にサインをした後全ての手続きは終了した。


「はい、以上になります。お疲れ様でした。入隊式は4日後ですので、融合が完全に完了していない方はこのまま寄宿舎に泊まることも可能なんですが……ニア君は不要のようですね? もう元に戻れているみたいですし」


「あ、本当だ」


 隊員の人が優しく微笑みながら自分の頭を指差した。


 僕もつられて耳が生えていた場所に触れると、そこにモフモフの姿は無かった。人間に戻れたようで安心する。

 

 その人が言うには、どうやらギルア達は融合が完全に終わってないようで、寄宿舎に残ってるようだった。


 僕は『融合適正』がとても高かったらしく、すぐに戻れたみたい。ルーカスさんの言っていた100%ってのがそれだったんだろう。


「ではまた、入隊式でお会いしましょう」


「はい、ありがとうございました!」


 やっと家に帰れる。


 僕の手にはキラリと光るバッジが握られていた。


 もう『補欠合格の参加者用』じゃない『本物の機動隊員のバッジ』が。


 早く帰って、母さんに伝えなきゃ。きっとビックリするんだろうな。……僕が死にかけた事、試験の内容だけは絶対に秘密にしなきゃ。何がなんでも。


 家は荷物なんて殆ど無いようなものだから、引っ越しもすぐに済みそうだ。


 僕は家を空けることが多くなるから、母さんの様子を見守ってくれる人が必要になるかな?

 

 家の掃除とかをしてくれて、ご飯作ってくれて。

 

 今日のお祝い金はすごい額だから余裕でお釣りが返ってくるかも。良い人が見つかると良いけど。


 あとはすぐに病院にも連れて行って、母さんに何かあった時に対応してくれる専属医を雇うとかもいいかもな? 昔なら夢のまた夢だったけれど、今の僕にはそれが叶えられるんだし。機動隊員になったんだから。

 

 後は、それから。


 そこまで考えて、涙が溢れている事に気が付いた。


「あれ、おかしいな。今はもう痛くなんてないのに」


 ぎゅっと胸に手を当てると、トクントクンと心臓が脈打つ感覚がある。


 そうか、僕は生き残ったんだ。今、ちゃんと生きている。未来を掴んだ。勝ち取った。


 自分の心臓が動いていること、また母さんに会えること、その事実が嬉しくて僕は声を殺して泣いてしまった。


 帰ったら一番に母さんに大好きだと伝えて、抱き締めよう。僕はこの命を大事にしたい。

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