第三話 「バーン、とね?」
僕達が会場についた頃には、既に大勢の人間が集まっていた。
「100番シイナ、101番ニア、確認っと」
胸元のバッジを見て、眼鏡をかけた試験官の女性が手元のボードにチェックを入れている。
「男性陣はこれで全員揃ったねー。よし、ルーカス君もう始めて良いよー!」
その女性はブンブンと大きく手を振って、受験生達の前に立っていた一人の男の人に向かって叫んだ。
凄く元気な人だ。お陰で少しだけ耳が痛い。
ルーカスと呼ばれた人物は皆の前に一歩出ると、ペコリとお辞儀する。
「ではこれより最終試験を始めます。私は帝国機動隊第13部隊、隊長のルーカスです。よろしくお願いします」
金髪に整った顔立ちの貴族風の男性。柔らかい物腰がとても優しそうだった。地元の女の子達が見たらキャーキャー言いそうだ。
「ではマツリカ隊員から、最終試験について説明があります」
彼がチラリと先程の女性隊員に視線を送ると、前に出てきた彼女は、パチンと指を鳴らす。
その音を合図に、ガラガラと音を立てて一台の台車が運ばれてくる。
一体これから何が起こるんだろう? 先の展開が全く読めない。
「試験官のマツリカです! これから皆さんが受ける最終試験の内容はですねー」
マツリカさんが説明しながら、何やら不思議な形の黒い物を手に取る。
変わった形だけど、あれって……まさか銃?
「今から私が、この『覚醒銃』を使って」
マツリカさんは、銃の隣に置かれていた『何か』に被せられていた布をバッと捲る。
「ここにある『魔石』を皆さんの心臓に撃ち込みます。こう、バーン、とね?」
マツリカさんは、隣に並べられた魔石を指差して言った後、僕達に向けて撃つフリをした。
いやいやいや、ちょっと待って。今、あの人何か聞き捨てならない事を言わなかった?
心臓に撃つとか何とか聞こえた気がするんだけど?
不安になった僕が辺りを見渡すと、皆一様に固まっていた。どうやら全員同じ気持ちみたい。
「生き残ったら合格です。どうですかー? とっても簡単でしょ!」
得意気なマツリカさんと違って、会場は空気が凍っていた。隣のシイナ君なんか、完全に固まってしまっている。僕も正直、まだ耳を疑っている。あまりにも内容が突飛過ぎて、全然理解が出来ない。
それにテンションは凄く高いのに、言ってる内容はとんでもなくヘビー過ぎる。緩急の差が酷すぎる。ふざけてるわけでは……無いんだよな?
そんな中、恐る恐る一人の勇者が手を上げる。
「あの、マツリカ隊員質問いいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「それって、まさか。死んだりとかは、しないですよね?」
恐らくこの会場の誰もが聞きたかったであろう質問を、彼はしてくれた。感謝しかない。僕もそこが気になってたんだ。僕達受験者がゴクリと唾をのむと、あっけらかんとマツリカさんは答えた。
「いや、死にますよ?」
「え?」
「だから死にます」
この人、本当に分かってるんだろうか。『死』って言葉の意味と、その重さが。
マツリカさんは悪びれもせず、淡々と追い打ちをかけてくる。
「心臓撃たれて、しかも異物が入ってくるんですよ? そりゃ普通に死ぬでしょう!」
自信満々に言われても……死ぬって分かってる試験、誰が受けるんだよ? この人は頭がおかしいんだろうか。
僕と同じように周りの受験生達は皆、怪訝な表情でマツリカさんを見ていた。まぁ、そうなるよね。
ルーカスさんを始め、周りの隊員達から、溜め息混じりに「あのバカ」と苛立っている声が聞こえる。この人……もしかしなくても、いつもこんな調子なんだろうか。
それを聞いたマツリカさんはビクッと肩を震わせた後、慌てて説明をし始めた。
「いや、でもあれですよ! ちゃんと魔力との融合適性が高い方達を選んでますから、安心してください、生き残る可能性もちゃんとあるんですよ!」
その言葉を聞いてか、少し空気が軽くなる。
でも僕は聞き逃してないからね。あの人『可能性も』って言ったよね。生き残ります、じゃなくて。ますます不安しか無いんだけど。
「あの、可能性って、どれくらいなんですか?」
「えっと……去年は100人中、20人くらい、かな?」
僕と同じ事が気になっていた誰かが尋ねると、指先をチョンとつつきながら、マツリカさんは目を泳がせて答えた。最後の方なんて蚊の鳴くような声だったし、滝のような汗が額を伝っている。
「いや全然安心出来ないですからね、それ」
「めちゃくちゃ死んでるじゃないか!」
「ふざけるな! こんな試験おかしいだろ」
「俺、まだ死にたくない……」
受験生達が口々に抗議の声をあげる。
「お、落ち着いてください! ど、どうしましょう、ルーカス君」
涙目の彼女は収束が付かなくなった現状を、ルーカスさんに丸投げした。彼はいつもの事で慣れているのか、やれやれと言った感じで会場を見据えてよく通る声で話しはじめる。
「まずは落ち着いてください。突然死ぬかもしれない、と言われて皆さんが戸惑う気持ちは痛いほど分かります。……私達も、かつてはそうでしたから」
さっきまで騒がしかった会場が、嘘みたいに静まりかえる。ルーカスさんの言葉を聞いていた周りの隊員たちの眼差しに鋭さが宿った。
凄い。一瞬にして空気を変えてしまったんだ。この人は。
「私たちは自らの意思で選びました。守るべき『モノ』のために。君達にもきっとあるのではないですか? 守りたい何か、が」
僕の守りたいモノ?
僕の脳裏に、父さんと母さんの姿が浮かんだ。
「挑戦するのも、辞退するのも、全ては君達の自由です。悔いの無い選択をしてください。辞退を選ばれた方には何も出来ませんが、勇気ある選択をされた方には、合否に関わらず国から慰労金が出ます」
ルーカスさんの言葉を聞いた誰かが小さく呟いた。
「俺が死んでも、妹にお金を残せるのか? それなら」
きっと、受験生の大半が同じような事を考えていたんだろう。僕だってそうだ。
「覚悟が出来た者は前へ。辞退する者は入り口へどうぞ。……最後に一つ、辞退する事は決して『逃げ』でも『弱さ』でもありません。普通なんです。挑戦する者が『勇敢』なだけだと言うことを、忘れないでください」
ルーカスさんの言葉は凄く真っ直ぐで、心に響いてくる。不思議だ。人の心を動かすパワーがあるみたいだった。
その言葉を合図に、バラバラと人の波が動き始める。僕の隣で固まっていたシイナ君が話しかけてくる。
「僕は受けるよ。ニア君はどうするの?」
シイナ君の赤色の瞳が火花のようにキラリと光る。
その輝きが、僕の勇気に灯火を宿す。そうだ。僕も守りたい物がある。守りたい人が居る。
僕は逃げない。運命を勝ち取るんだ。
「僕も受けるよ。絶対に機動隊にならなきゃいけない理由があるから。一緒に頑張ろうね、シイナ君!」
僕の答えを聞いたシイナ君は眩しそうに目を細めてこう言った。
「うん。一緒に、頑張ろうね」
僕が拳を出すと、彼は遠慮がちに優しくコツンと返してくれた。
いよいよ僕達の未来をかけた試験が始まる。