「平和の島」物語
4月、桜は咲いた。でも、手持ちバッグに爆弾を入れ、地下鉄の駅構内に入ろうとするものもいた。彼がICカードを改札にかざして入るのを駅員は、特に気にしなかった。ただ、このテロリストは、さらに深部にある地下鉄のホームに降りる階段を下り始めたとき、赤い遠隔操作のボタンを取り出した。駅員が気づいた時、それはもう遅すぎる時機だったのだ。
テロ発生後、現場には、献花が多数されていた。だが、残念ながら、通勤客による都市特有の喧騒に存在がややかき消されていた。だが、その中でも、しっかりと献花をして手を合わせる人物がいた。「サナダ」だ。
ーなぜ、この国では、テロが多発するのか。無政府状態だからか。いや、もっと深くて核心に迫る何かがある気もする。ー
サナダは、手を合わせたあと、その場をあとにした。
ー治安改善団体「私的警察」の本部にてー
「また救えなかった。」サナダは言った。
「サナダさん、残念ですが、この島で一日に起きる犯罪は無数です。血も涙もないような数です。」サカモト(サナダとともに活動する仲間)が言った。
「もう治安の改善は無理なのでしょうか。」カトウ(サナダとともに活動する仲間)が言った。
「そんなことはない。もっと治安は改善していけるはずだ。」サナダは力強く言ったつもりだった。
ピピピピ。固定電話が鳴った。この団体では、情報提供者(呼称はモグラ。)が時々、電話を通じて情報を提供してくれる。
「もしもし。サナダです。」
「サナダさんですか。こちら、若草です。ただいま、証拠番号28番の写真に掲載されていた爆薬が入った段ボール箱を例の過激派組織「水色世紀」の施設内で見つけました。東川江原発1号機の内部構造が書かれた資料も入っていたため、原発事故を意図的に発生させる可能性もあり、危険です。」
「分かった。ただちに奪取し、我々が管理する土地に埋めようと思う。君は怪しまれないよう、ただちに例の組織の事務所に戻ってくれ。」
ー「水色世紀」の施設の近くにてー
サナダとサカモトとカトウは、黒いセダンに乗り、工業地帯の一画にある「水色世紀」の施設にやってきた。だが、施設の前には、柵とともに有刺鉄線が張り巡らされており、なおかつ、防犯カメラもいくつか設置されている。簡単に入り込めそうにはない。
「サカモト、あそこに廃屋が見えるか。君には、このスナイパーを持って、あそこにある防犯カメラを狙撃してほしい。おそらく、あの防犯カメラは、銃撃すれば、簡単に壊れる。やれるな?」
「はい。分かりました。」
サカモトを廃屋に遣り、再び車に戻ったサナダとカトウ。サナダは、いつものごとく、ハンドルに手をかけながら、ガムを噛む。彼なりの、精神を落ち着かせる手段らしい。カトウは、特に何もせず、サカモトを見守る。
バーン。乾いた銃声が響いた。防犯カメラの狙撃、破壊に成功した。あとは、もうすでに死角になった場所に設置されている有刺鉄線を溶接機で破壊していく。
有刺鉄線の破壊が終わり、3人は施設の入り口ちなる扉を開けた。扉の向こうには、いくつかの戦闘機(プロペラ機)が置かれていた。だが、これはおそらくカモフラージュだ。本物のように見えるプロペラ機も、実際は、おそらく張りぼて。
さて、例の爆薬はどこなのだろう。サナダは探していた。実は、証拠番号28番の写真以外にも、この施設に関する写真は、いくつか提供されている。そのため、部分的だが、立体地図も作成されている。
立体地図を見ると、例の爆薬は、地下3号室に保管されているとみられた。この部屋は、倉庫とみられていたため、この推察はかなり有力だ。
推察を信じ、貨物用エレベーター(防犯カメラは搭載されていない。)を使って、地下に降りると、エレベーターの扉が開いた瞬間に、警備員と鉢合わせた。この島は無法地帯のため、警備員は容赦なくライフル銃を取り出し、3人を殺そうとしたが、サナダは、所持していた拳銃を構えて発砲。瞬殺した。仕方がないかもしれないが、この動作には、一寸の慈悲もみられなかった。
その後は、彼らは廊下を移動しているうちに、地下3号室を発見した。扉を開けると、すぐに「東川江用」と書かれた段ボール箱が目に入った。サナダを含めた3人は、顔を見合わせて何も申し合わせていないのに、申し合わせたように、すぐにその段ボール箱の中身を確認し、近くにあった台車にスムーズに乗せた。
貨物用エレベーターに乗り、施設を出ようとすると、ビー、ビーと警報が鳴った。
その瞬間、近くにあった車のエンジンがかかった。3人が通った扉以外の扉からも職員と思わしき人たちが飛び出してきた。こういうときに必要なことはただ一つ。瞬殺。サナダは、ライフル銃を取り出して彼らを殺していった。サカモトは先に車に入り、前の座席に手をかけ、前を見つめ、ただ黙殺をしていた。
ー「私的警察」本部にてー
「皆、よく生きて帰ってきてくれた。犠牲を生まずに済み、本当に良かった。」サナダは少し頭を下げた。
「ありがとうございます。」2人は、少し気恥ずかしそうにそう言った。
ー翌日ー
翌日、サナダは、22世紀島の地下に位置する地下神殿のような施設にやってきていた。とある情報筋によると、どうやらサナダは、小学生を対象としているであろう施設見学の募集に応募して当たったらしい。ただ、サナダが応募した理由は「見学」などという生半可なものではない。
この施設には、「よろず」と呼ばれる怪物が幽閉されている。そのうえ、この「よろず」という怪物は、電気鯰に姿が似ていることからある程度は想像がつくかもしれないが、大量の電気エネルギーを放出する能力を保持している。このことから、この島の電力会社である22世紀電力は、島の電力の50%をこの怪物に提供してもらっている。
だが、30年ほど前から、時々、この怪物の殺害を目的とした殺害未遂の事件が起こっている。しかも、今回もまた殺害を計画しているという情報が入ってきた。情報源は、東南アジアの銀行員。不可解な送金を発見し、我々に通達した。営業秘密の漏洩防止よりも22世紀島のことを思ってくれたそうだ。
サナダは、その銀行員が提供してくれた情報を顧み、この地下神殿のような施設の見学に来ていた。ちなみに、サナダは「よろず」の生存区域を知っている。この施設特有の呼称で言うと、特異生物管理棟23号隔離水槽である。
さすがに、その部屋に入ることは、背水の陣となることが予期される。そのため、サナダは、特異生物管理棟の周辺に何か殺害の事前準備となる物品が落ちていないか確認する。
ー落ちていたら、殺害防止策も立てやすくなるのだが。ー
ドカーン。確認をしていると、近くで爆発が起こった。サナダは、頬を爆風で飛んできた破片で切ってしまった。血が滲み出る。だが、痛がってばかりもいられない。すぐさま、その場をあとにする。現在、銃器等を持たないサナダでは、高確率で多勢に無勢と思われた。
ーピリピリ。ピリピリ。ー 地上でコンビニに待機していたサカモトのもとに電話がかかってきた。
「サカモト、聞こえるか。」
「聞こえます。どうしたんですか。」
「特異生物管理棟付近にて爆発が起こった。私は、顔に擦り傷を負った程度で軽傷だ。だが、水がいくつかの貫通した穴から水が漏出している。23号隔離水槽からの漏出の可能性が高い。だから、車に詰め込んでおいたたくさんの栓を持ってこれるだけ持ってきなさい。急速な水位低下も危ぶまれる。」
「分かりました。」
ーえぇっと。これだよな。うん。これだ。ーサカモトはありったけの栓を取り出し始めた。
サカモトとサナダがこんなに急ぐのには理由がある。というのも、22世紀電力は、これまでも多数の原発におけるテロ発生を許してしまってきた。そのために、この「よろず」からののエネルギー供給に活路を見出したのだが、こういう一刻を争うような有事の際にもすぐに出てこないエネルギー安全保障に相当疎いことで知られていたのだ。
「サナダさん、栓を持ってきました。」サカモトの声が、高速で空を切る矢のようにサナダの心を刺激した。
「サカモト、ありがとう。今すぐに刺そう。」
こうして、この件は一件落着とすることができた。
ー爆破が発生した件の3日後ー
「サカモト、あの件は、事件か事故か。どっちだと思う。」カトウがサカモトに、デスクワークをしながら訊いた。
「どうしてそんなことを訊くんだい?」サカモトは言った。
「いや、あのな。実はな、今、俺のPCに、とある情報提供者からこんな情報が送られた。あの爆発のとき、特異生物管理棟では、人徳に反するような凄惨な人体実験を行おうとしていたという。ただ、その際、被験者となっていた人物は、水色世紀の内通者であったと。ただ、今回、内通が発覚し、凄惨な人体実験の被験をさせられようとされたが、足首に爆弾をつけて、実験の実施寸前に爆破を行ったらしい。」
「なるほど。ただ、なぜ外部の組織である22世紀電力の施設を使った?」
「いいか。逆にそこがミソなんだ。22世紀電力の施設を使い、しかも、あの「よろず」と呼ばれる怪物が幽閉される23号隔離水槽付近で実験を行おうとした。分かるか。因みに、私は、その内通者に罰を与えることだけが目的ではなかったと思っているぞ。」
「えぇと。」
「まったく。勘が悪いのか知り得ていないのか分からないが。「よろず」は雌雄同体だ。つまり、私は、被験者の生殖細胞と「よろず」の生殖細胞の間で受精を行おうとしていた可能性があるとみている。」
「えっ。でも、我々人類とよろずでは、生物種が全く異なるのではありませんか。」
「そう思うか?実は、最近、知りえた情報なんだが、よろずは機械生命の可能性があるとの情報を得た。この情報は、よろずが生物としては考えにくいのにもかかわらず、この島の電力の50%を常に供給していることから、一理あると思う。つまりだ、よろずは機械生命であり、人間とのハイブリッドの作製も可能。これを利用し、水色世紀は、莫大なエネルギー源を大量生産することを試みたとすれば、納得がいくだろう?」
「確かに、では、そのあたり、翌日にでも、サナダさんと調査しましょう。」
「そうだな。それが良いと思う。」
ー翌日ー
「大丈夫かな。」
この日、サナダは、サカモトとカトウ(今は、コンビニで若者向けの雑誌を読んでいる。)を車に乗せ、4日前にサカモトが待機していたコンビニの前の駐車場に停まっていた。
「どうしたんですか。サナダさん。」
「いや、というのもな、その人体実験を行おうとしていた証拠を集めると言ってもな、証拠周辺に水色世紀の関係者がまだうろついていて、多勢に無勢になる可能性もあるんだな。」
「いや、サナダさん、それに関しては、安心してくれて大丈夫です。つい先日、22世紀電力の社員が特異生物管理棟の周辺を捜査しました。そのため、おそらく当分は、あの施設にはでてきません。」
「なるほど。ただ、証拠がその社員によって回収された可能性はないか。」
「残念ながら、可能性としてはあります。ただ、行ってみなければ分かりません。ですから、ひとまず行ってみましょう。」
「分かった。」
サナダは腰を上げた。
ー特異生物管理棟にてー
「この扉、開けるぞ。」
「はい。」
地下に降りたサナダは、特異生物管理棟の入り口となる扉を開けた。
「うっ。なんか腐敗臭がする。」カトウが口を腕で覆った。
なんと、扉のすぐ向こうには、若干、腐敗が進んだ、人の死体が置かれてあった。
「おっと。これはいけない。さぁ、皆、手を合わせなさい。」
ー成仏できますように。ー
「よし。では、行くぞ。」
3人は足を踏み入れた。
緑の不気味な光。赤き不気味な光。青き不気味な光。とにかくあやしげな光が3人を照らし、この神殿から彼らを出そうとする。だが、彼ら3人の気概に足元にも及ばず。
「サナダさん、何かが書かれたメモが。」サカモトが言った。
「証拠か。」サナダは食いついた。
「えぇ。かろうじて判読できるほどの文字が文として羅列されているように見えます。」
「読めるか。」
「えぇと、被験者の生殖細胞を抽出し、、、、。まぁ、断片的なんですか。」
「大丈夫。確かに充分な証拠とみられる。持ち帰って精査しよう。それとだ、もっと証拠があるかもしれない。特に、このメモ。メモを重点的に探そう。」
「はい。」
ー調査終了後ー
調査の結果、3人は、4枚の、メモの切れ端を入手した。つなぎ合わせて解読を試みると、「財閥撲滅、社会是正」、「人体実験成功、電力大量確保へ道筋」などといったことが書かれていた。
「サナダさん、このメモ、『財閥撲滅、社会是正』というところが気になりませんか。」カトウが言った。
「あぁ、これまであの組織は、何が目的なのか釈然としなかったところがある。だが、今回、目的が見えていたかもしれない。」
「見えましたか。推測で良いので教えてくれませんか。」
「いいぞ。教えるぞ。私の推測だが、この財閥撲滅とエネルギー大量確保は、計画として連結されている可能性がある。というのも、この島の10の巨大財閥のうち8財閥が電力会社を所有している。あの22世紀電力だって、神谷財閥が所有している。つまりだ、水色世紀の計画は、電力全体を支配する財閥が君臨する歪む経済構造を是正することなのではないかということなのではないかということだ。」
「えっ。ということは、実は、水色世紀は慈善団体なのですか。」
「いや、そんなことはない。先日、地下鉄の駅構内でテロがあっただろ。あれは、水色世紀にいた人物が実行した。証拠として、あまり知られていないが、水色世紀が実行したという声明を出していたし、指紋も採取され、水色世紀にいた人物が実行したと確定した。」
「なるほど。理想は良いが、過激な手段を厭わない、危険組織ということですか。」
「そういうことになる。それにだ、決して正当な手段でこの経済構造を是正するとは限らない。」
「えっ。」
「財閥幹部の暗殺の可能性がある。この島には警察がいないから揉み消しはたやすい。」
「一理ありますね。その線、覚えておきます。」
ー22世紀電力に勤めた人ー
今、ここに、かつて、サナダが地下神殿のように感じた施設に左遷された人物がいた。
名は、今宮。22世紀電力ひいては神谷財閥そのものに嫌気がさしていた。というのも、彼女は元々、神谷財閥幹部候補であったものの、カミヤ会長の経営方針に、上司に連れてきてもらった役員会議の場で反対するなどし、会長の怒りを買って左遷に追い込まれたのだ。
だが、意外にも、彼女は、自分が左遷されたことを機に、もはや達観した気になっていた。
ーそろそろ、この社会の奥底に眠ってしまいそうだ。ー 彼女はそう感じた。
勤務が終わり、彼女はタイムカードを切った。そして、居酒屋に入り、酒で辛いことを忘れようとした。だが、店に入る前に彼女の目にはこんなものが入ってきてしまった。
「水色世紀は素晴らしい思想団体」。そう。水色世紀の勧誘ポスターだ。
水色世紀は、こういう弱っている人につけこみ、搾取するだけ搾取する。そういう手口がこの組織の常套手段なのである。
ー良いかもしれない。ー
今宮は、そのポスターを見て何か引き込まれるものを感じてしまった。ここまでくれば、もう後戻りはできないも同然。彼女は、その場で入会することにしてしまった。
ー水色世紀の事務所にてー
「本当に来てくれるなんて嬉しいよ。今宮さん。」事務所の応接室で顔立ちの整ったスーツ姿の若い男性が今宮に言う。
「ありがとうございます。」
「ふふ。じゃあ、この書面にサインして。そしたら、もう君も水色世紀の一員だから。」
「はい。」
今宮は、サインをした。
「できました。」
「ありがとう。これで本当の本当に君も水色世紀の仲間だね。」
とにかく親しげな口調で話す男。胡散臭く思えるが、弱っていた今宮は引き込まれるしかなかった。いや、引き込まれるようと願ったというのがもっと正確な表現かもしれない。
ただ、そのようなことはどちらでもよくて、問題は、彼女のその後の動向だ。
彼女は、4月に地下鉄でテロを起こした犯人を見張る仕事が、水色世紀への協力の最初だった。
次の仕事は、水色世紀の研究所における事務職だった。ただ、これは、無機質にライフル銃を撃ち、殺しを厭わない眼光の鋭い人物を目撃してしまい、精神を病んで辞職した。
ただ、良くも悪くも精神を病んだ人も見捨てないのが水色世紀の特徴。
彼女は、病院に通いながら治療をしていたにもかかわらず、水色世紀は再び言葉巧みに勧誘し、再雇用。かつての職場の一つであった特異生物管理棟での爆破をやらせた。
そして、今、洗脳され、もはや正常な判断などできなくなっていた彼女は、最後になるかもしれない大仕事をやろうとしていた。
ー4日後の夜の、22世紀島の港湾にてー
この時、この港湾施設では、コンテナを隠れ蓑にしてうろつく怪しく漆黒の人物がいた。今宮だ。
ー22時16分頃、この港に着くはずの神谷財閥幹部がいるはず。ー
この日、22時16分、この港湾には、神谷財閥幹部のカミヤがいた。彼は、老年であったが、真摯に若者を尊重する姿に皆が尊敬していた。ただ、皆が尊敬していたわけではなかったようだ。
というのも、今、この漆黒の女は、今、カミヤが到着しようとしている今、殺気立っている。
ー22時16分ー
カミヤが乗る船が着いた。今宮は、拳銃を構え、バイオレンスを肯定しようとした。
だが、暴力を肯定した者に幸は訪れない。近くに黒いセダンを停めて待機していたサナダの狙撃銃により、頭を撃ち抜かれた。
今宮の幸福は、どこにあったのであろうか。