ダンジョン制作でメテオフォール型開発を強要した魔王が覚悟ガンギマリになったメドゥーサに石にされるお話
過去に隕石を落とされたことがありますので、その憎しみを思い出しつつ執筆いたしました。
大陸暦892年の3月上旬。マグレライオ王国を侵略しようとしている魔王ルシフェラの元で働くダンジョンメイカー達の作業は今まさに佳境を迎えていた。
彼らが手掛けているのはマグレライオ王国で活躍する冒険者を仕留めるために作られた財宝内包型デストラップダンジョン。スケジュールに従ってこれまで作業を続けてきており、王国の冒険者への公表は二ヶ月先に迫っている。
ただ、現場では終わりの兆しが見えないほどに作業は過熱しており、今日も事務所では責任者同士のバトルが起きている。
「おい!どーすんだよ、ギミック担当者!二週間前に出来上がってるはずの冒険者ぶっ殺しゾーンがまだできてないじゃないか!このままじゃ内装間に合わないぞ!」
「うっさいなぁ!予定していた火力のドラゴンブレス発射装置じゃ、魔王様の要求を満たせないから再設計するってちゃんと伝えたでしょ!」
「そんな連絡、内装班には届いてねーよ!予定通りに壁と通路に埋め込む用の生きた冒険者納入したからコイツら死ぬ前に内装始めないと呪い属性付与されないぞ、あのギミック部屋!!」
片方は古くから魔王ルシフェラの元で長年内装を担当しているドワーフの男性、ゴッツ。もう片方は最近魔王ルシフェラの軍門に下り命と引き換えに魔法の知識を利用して攻撃用ギミックを担当しているエルフのルナアリーナ。
どうやらギミック班の作業で問題が発生してスケジュールが後ろ倒しになったようだが、内装班にはその情報がきちんと伝わっていなかったようだ。
「そもそもね、魔王軍の連中の仕事は雑なのよ。魔王に捕まってダンジョンメイカーとして働けって言われてやってるけど」
「縮尺間違えて図面を読むわ、指定した素材と別の素材を使ってトラップ用魔道具を作るわ、ゴブリン達は勝手にサカって村娘を襲いに行くわ、これじゃあまともなダンジョンなんて作れないわよ!」
「そんなこと、オレに言われても困るんだよ。そういうのは人材調達班に言ってくれ、あと論点をずらすな。この作業遅延をどうするかって聞いたんだよエルフ!!」
「うっさいわね!知らないわよ、そんなの!ギミックさえ配置できれば内装なんてどうでもいいでしょ!」
数十分に及ぶ人格否定を含んだ罵り合いはダンジョンメイカーの作業総責任者である魔王軍幹部の人皮剝がし職人シナッジによって仲裁された。魔王に忠誠を誓ったヒューマンの元聖職者のシナッジは柔らかい笑みと共にこう言って場を収めた。
「納期が間に合わなかったらゴッツさんもルナアリーナさんもまとめて皮剝がしてオルトロスに食わせるので死ぬ気で間に合わせてください。他のダンジョンメイカーも同じですので、頑張ってください」
内装担当ゴッツ、外装担当サトウ、ギミック担当ルナアリーナ、人材調達担当サヒョン、モンスター配備担当アリーマ、テスト担当ホールトゥピン出向者、全てのダンジョンメイカーはシナッジの澄んだ殺意に恐怖を覚えた。
種族間の不和により作業遅延が度々起こり、二ヶ月後の公開に間に合うか怪しかったダンジョン制作はシナッジの言葉によってダンジョンメイカーが団結して作業は飛躍的に速くなった。
王国へダンジョンを公開する一か月前に魔王ルシフェラがシナッジを伴って直接ダンジョンの視察へとやって来た。ダンジョンの九割は既に完成しており、あとはいくつかのテストと修正を残すだけになっている。
そして、魔王ルシフェラは一通りダンジョンを見て回った後にこう言った。
「いや、全然ダメ。こんなの王国の連中に見せたら馬鹿にされてオレの威厳に傷が付くよ、今から直して欲しい箇所言うからメモして」
神の一言によってダンジョンは破壊された。
ダンジョンメイカーは思った。だったら作業監督をしていたシナッジから報告聞いた時に言えよ。
ダンジョンメイカーは思った。というか一か月前にダメ出しされても物理的に時間足りないのでは。
ダンジョンメイカーは思った。先に公開日決めてるからこういう事になるんだろ、目途が立ってから公開日設定しろ。
「ル、ルシフェラ様………今から作業やり直しとなると公開日に間に合わなくなる恐れが………」
戦々恐々とした様子でシナッジが横に立つルシフェラへ話しかけるが、ルシフェラはやれやれといった様子でため息を吐きだした後にシナッジの首をちぎり取った。
「魔王様に意見するなんて偉くなったなシナッジ、オレ様がノーと言えばノーなんだよ。所詮はやはり人間のカスか………」
魔王はダンジョンメイカーへいくつかの注文を残し、後任をすぐに寄こすと言ってダンジョンを去って行った。魔王の注文は全てダンジョンの設計ごとやり直さなければいけない程大掛かりな注文であり、どこをどう見積もっても公開日に間に合うようなスケジュールは立てられない。
首を千切られて絶命したシナッジの後任の魔王軍幹部はその日のうちに到着した。
「あのぉ~、魔王様からこの場所に行くように命じられてぇ………ちょっと何するのかよく分かってないんですけどぉ」
シナッジの後任はふわふわぽわぽわした雰囲気を身にまとったメドゥーサ族の女性だった。彼女、メドゥーサのエルリアは今まで管理業務などを行った経験は一切なく、ダンジョン制作についても素人だった。
現場のダンジョンメイカーは酷く絶望した。残り時間は一か月を切っているのに魔王からは設計からやり直さなければいけないリテイクがいくつも寄せられ、責任者は未経験者が割り当てられ、士気は冥府の底まで落ちている。
メドゥーサが現場へやって来た後に作業事務所で作業をしていたルナアリーナはゴッツと偶然出会った。開口一番にルナアリーナはこう言った。
「私、もうあの魔王の下では働けないわ。王国でダンジョンを作っている時に何度か無茶な注文はされたけど、魔王はその数億倍上を行っているわ」
「………魔王に一度捕まったということは隷属の呪文を掛けられているはずだろ、魔王に歯向かうような行動をすれば絶対に死ぬぞ」
「それでもこの地獄の淵で作業をして、クソみたいな現場のために死ぬよりはマシだわ。少なくとも自分の意思で決断して死ねるもの」
翌日、ルナアリーナは姿を消した。その後彼女がどうなったのか知る者は誰もいない。分かる事があるとすればそれはギミック担当者がいなくなり、ギミック制作をすることができなくなったことだ。
三日後、外装担当サトウが割り当てられた作業用の個室で首を吊っているのが発見された。近くに落ちていたメモには徹夜続きで終わりの見えない作業に絶望したと書かれていた。それから毎日のようにリーダー役のダンジョンメイカーが作業場から消えて行った。
あるものは頭からギミック制作の素材であるドラゴンの胃酸を浴びて。あるものは資材運搬用のトロッコのレールの上で安らかな表情で首を切断され。あるものは涙ながらに自害用の毒薬を飲み込んで。
結局、公開日三日前になると内装担当ゴッツを除くほぼすべてのダンジョンメイカーがいなくなってしまった。シナッジの後任であるメドゥーサのエルリアはがくがくと迫りくる公開日に震えながら、ゴッツにどうするべきか助けを求めたがゴッツはただ一言、こう言った。
「もう何をやってもダンジョンは完成できない。未完じゃよ。魔王様の機嫌が良ければ皆殺し程度で済むじゃろう」
数多くのダンジョンメイカーが汗水を流して作業に勤しんだ魔王ルシフェラの新作ダンジョンは作り直しの指示のせいで中途半端な状態になってしまい、ついに公開日を迎えてしまった。
ルシフェラが事前に王国の冒険者に挑戦状を送り付け、公開日も大々的に宣伝したおかげでダンジョンの公開日には多くの冒険者がこの未完のダンジョンへと訪れた。
ダンジョン内の壁や通路は施工途中のまま放置された箇所が散見され、塗装や防備も不十分。冒険者を苦しめるためのギミックは前半部分はテンポよく配置されており冒険者を苦しめたが、ダンジョン中盤以降はまったく配置されていない。
また、ダンジョンに仕掛けられたギミックは動作が不安定であり、一度作動すると再度作動しない火炎放射器、装填された矢を発射すると次弾で弾詰まりを起こすトラップ、冒険者の腰あたりの高さで止まってしまう吊り天井などなど。
お粗末。という言葉が何よりも似合ってしまうダンジョンが好奇の目にさらされている。魔王ルシフェラは一か月前に口出しをしてからはダンジョン関連の出来事は一切耳に入れておらず、公開日の今日になって水晶を通じてダンジョンを透視してこの惨状を目の当たりにした。
「おいおいおいおい!どうなってんだよ、この有り様はよぉ!!おい、シナッジ!!」
滑稽にもルシフェラは自分が処刑した前責任者のシナッジの名前を自身の宮殿で叫ぶ。当然のことながら魔王の激昂に応える者は現れない。少しした後に自分がシナッジを処刑した事に気が付くと、使えねぇ野郎がよぉと口に出しながら魔法を使用してエルリアへ通話を行った。
しかし、エルリアは魔王の通話に応えることはなく、ルシフェラの苛立ちは頂点に達した。
「ふざけるなよ………あんな中途半端なダンジョンを作りやがって。これだからこのオレ様以外の下等生物なんてこの世界に蔓延らせたくないんだよなぁ………」
「全員ぶっ殺してやる、ダンジョンを手抜きで作った連中も今あのダンジョンに居る冒険者共も」
魔王は自身のほぼ全ての魔力を集めると詠唱を行う。瞬間、ダンジョンの真上の空が漆黒に染まる。新月の夜のような暗さとなった空を見上げれば、赤く光る星のようなものがいくつも見える。だが、それはただの星ではない、赤く光るそれはダンジョンの留まる全ての存在を死に追いやる禍つ星。
魔王の怒りによってダンジョンメイカーの遺物は跡形もなく文字通り消し飛んだ。
「はぁはぁ………クソがせいぜい地獄で落ちやがれ………ッチ、ブチキレたせいでほとんどの魔力を使っちまったな………」
額に大量の汗をかきながらも満足そうな表情のルシフェラは続けて隷属の魔法によってダンジョン作りに従事させていた全員を始末するために魔法を唱えようとした。だが、そこでルシフェラは自身の身に何かが起こっていると自覚した。
身体が異常に重い。まるで身体が内側から石になっていくようだ。そこでやっと自分の手足が徐々に石に変化している事に気が付いた。
「な!?んだよコレェ!?」
周りへ視線を向けると宮殿の柱の影には一人の蛇女が立っていた。彼女の姿には見覚えがあった。それは今まさに破壊したダンジョンへ派遣したはずのエルリアだった。彼女はやや怯えながらもあらゆる生物を石に変える魔眼でルシフェラを見つめている。
「テメェ!!エルリア!!お前、自分が何やってるか分かってんのか、魔眼を誰に向けてるんだよお前、ぶっ殺すぞ!!」
「ど、ドワーフのダンジョンメイカーさんに聞いた通りですね!魔王ルシフェラがメドゥーサの魔眼で見られても影響を受けないのは魔法で身を守っているから」
「隕石を落とすなんて神のような魔法を使えば、それは当然他以外の魔法を使う余裕なんてなくなりますよね!」
エルリアは自分が扱える魔力を総動員して魔眼の出力を上げていく。エルリアとただ一人残ったゴッツは昨晩、約束を交わしていた。自分はダンジョンと運命を共にする、それが生み出した者の責任だと。だが、混乱を招いて同僚を殺した雇い主には相応しい罰が必要だと。
老いたドワーフはエルリアに秘密を託し、中途半端で不格好な創造物と運命を共にした。それが生み出した者の責務だと言って。ただ残された魔眼の使い手は自分が殺されるという恐怖、身勝手に自分を何も知らない場所に放り込んだ怒り、そして短かったけれど確かに感じたダンジョンメイカーへの尊敬と共に魔王を石へと作り変えて行く。
「ぐぁぁぁぁあああぁぁあぁあああああ、このオレ様がぁ、こんな不完全な下等生物なんぞにぃ!!!!」
絶叫。喉を引き裂くような大音量の雄叫びが魔王から聞こえ、それっきり宮殿は静かになった。
唯我独尊、あらゆる生物に嫌われていた強大な魔王ルシフェラが石になったというニュースはすぐに魔王の支配していた地域へ伝えられた。魔王を封印したエルリアは世界を救った蛇の淑女として担ぎ上げられ、魔王亡き後の旧支配地域の統治を行うことになった。
王国や周辺諸国との友好関係の構築して全てを包み込むような慈愛に満ちた眼差しとなったエルリアは自分を支持してくれるあらゆる種族の生き物へこう言った。
「いいですか、ウォーターフォール開発、アジャイル開発、プロトタイプ開発、色々な作る方法がこの世界にはあります。どれも一長一短があるので行うプロジェクトによって種類を変えるべきですが」
「神の一言で成果物を否定して作業をやり直させる、メテオフォール開発はクソです。この世界にある存在すべきではない悪を全て私が葬り去ります」
石になった魔王ルシフェラを背にして、エルリアはそう教えを解き。世界は平和へと近付いて行った。
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※2024/10/28 誤字報告ありがとうございます。修正いたしました。