第五章 ジョイフル ボックス
ある晩のことだった。
テレスクリーンの映像がプツンといつものように切れ、静けさが穏やかに部屋を満たしていく。ダイズの好きな時間の始まりだ。制服を脱ぎ、ゆったりとした部屋着に着がえる。これも自分で作ったものだ。カーテンの余り布で肌触りはよくないが、制服より着やすい。大の字になってベッドに横たわる。灰色の天井を見上げる。
天井はやがて、ダイズの想像する画面を映し出すスクリーンとなり、様々な景色や色に変化し出す。深く脳裏に刻まれた外の世界が頭上いっぱいに広がって見えてきた。
ドームができたころの世界を思い描いてみる。
空はすでに青さを取り戻していたのだろうか。大地は新たな命を育む土壌となり、草木は空へ向かってのびていたのか。小さな虫たちがうごめき始めてはいなかったか。生き延びた動物はいなかったのだろうか。あるいは新種の生物が生れでていたかもしれない。
破壊された都市はどんな姿をしていたのだろう。風に乗った土や砂が、人間の住んでいた痕跡を跡形もなく消し去ってしまっていただろうか。見上げる者のいない夜空には、月や星はまたたいていたのか。音はどうだっただろう。かすかな音もまったくしなかったのか。想像するだけで体が震えてきた。ぎゅっと目を閉じる。
もう一度外を眺めたい。いや、外の世界を歩き回ってみたい。放射能の恐ろしさは学んでいたが、恐怖を消し去ってしまうほど、外界は誘惑に満ちていた。体を横にして両手を胸にあてた。
エストラゴン総統の話は興味深かったが、あれですべてなのか、ダイズには疑わしいと思えた。放射能測定器はどこかにあるのだろうか? 今までだれも外には興味を示さなかったのか? 外の放射能は今でも本当に危険な状態なのか。ネフィリムならば、地球の放射能など消し去ってしまえるのでは……。
そしてもうひとつ気にかかったことは、宇宙船に救われた人間の数と今のドームの人口に大きな数の差があることだった。宇宙船の中でも、誕生と死が繰り返されたに違いない。宇宙船内で過ごした十年間はどんな生活だったろう。まったく想像もつかないが、どんなに安全で平和であっても、人間たちにとっては過酷であったに違いない。その結果が一万人もの命の消滅に表れているのだと思う。
その時、ドアのセンサーが来客を知らせた。
知らんふりしようかとも思った。だがミス・ジンジャーだったらという思いがふっとわき、ダイズをドアへと向かわせた。あの事件以来、言葉をかわす機会はなかった。遠ざけているのは自分のほうだとわかっていたが、ミス・ジンジャーにそうされると後を追いたくなってしまう。
ドアの向こうには、あくびをしているミズナがいた。
「残念そうな顔だね」
返事もせず、ダイズはベッドへもどった。自分の部屋でもあるかのようにミズナが入ってきた。そのまま靴を脱ぎ、ベッドに倒れこむ。あおむけになってダイズを見つめる。
「何か用?」
冷たい声で聞く。
「あんたの体験話を聞かせてよ。いいもの持ってきたんだ。いっしょに楽しもうと思って」
ミズナは手の平を広げて見せた。そこには小さな箱があった。いくつもの針の先のような穴が空いている、シルバーの四角い箱だ。
「話すことなんてないわ。それにあなたのいいものなんて興味ないし。わたしを誘わないで」
遠慮もなく横たわっているミズナを見返す。小さな箱が気になったが知らんふりした。
「ひとりじゃつまんないよ。だれかと秘密を分かち合うのもいいかなって」
ふざけたようすでミズナが答えると、ダイズはベッドから離れた。窓に寄り、カーテンを開けた。まだ灯りがついている建物もあった。そのうちドームの中は暗闇に覆われ、月や星が膜を通して輝きを増す。
「じゃ、ほかの子の所へ行けば?」
窓を向いたまま、ダイズはつぶやいた。
「まだあたしのこと信用してくれないんだ。ずっと一緒なのに」
ミズナはわたしを信じているとでもいうの?
何を根拠にそんなことがいえるのだろう? ずっと一緒だったのはふたりだけじゃない。朝から晩まで、同じ年の子はいつもそうなのに。
「あんたは、ほかの子となんか違う。だから……」
ミスナが意を決したように話し出す。
「だからわたしを監視しているのね!」
ダイズはミズナの言葉を切って早口でいった。
「ちがうよ。不思議なんだけど、あんたといたいって思ってしまうの。あたしだって、どうしてだかわかんない」
ダイズはゆっくり振り返った。ミズナは幼い子どものように、しょげかえってうずくまっていた。
「そんなこといっちゃだめ。おかしいと思われるじゃないの」
ダイズはまるで自分が、歴史の中にうずもれてしまった姉妹になったような気がした。
「うん。でもあんたはだれにもいわないでしょ」
ふたりの視線がぶつかり、はじけ、やがて沈黙の中に混ざり合った。
小さな箱のふたがミズナの手で開けられようとした時、ダイズがその手をおさえた。
「なにこれ? 楽しむってどういうこと?」
「開けてみればわかるよ。十二歳のプレゼントにもらったんだ。でもね、そう簡単には手に入らないものだよ。あんたにだけ、話してあげる」