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エアカー

「昨日、事故が工場F一二八で起きたことはお話しました。労働者の一名が追放となります。ドーム内で起きた事故は刑罰管理庁(PA)が調査し、ドーム内の安定が乱されたと判断された場合には、責任を負う者に追放命令が出されます」

 ミス・ジンジャーは一息ついて生徒たちを眺めた。

「今回は故意に、作業を妨害しようとしたと、結論が出ました。働きたくなかったのでしょう。こういう者には厳重なる処罰が必要です。指導者候補生として、しっかり目に焼き付けておくのですよ」

 ミス・ジンジャーは一同を見回し、教室のドアを開けた。

出発だ。ダイズはさっと、ミス・ジンジャーの後ろについた。目が合うと、ミス・ジンジャーは小さくうなずいた。ダイズの胸にかすかな炎がともる。顔がほころびそうになり、さっと両手でほほをかくした。 

 生徒の認証センサーで動き出すエレベーターに乗り、屋上へ上がる。エレベーターは二台あり、ひとつは指導者専用で生徒の認証センサーでは使えないようになっていた。子どもたちが使うエレベーターは、指導者たちの住居がある十九と二十階には止まらない。

 屋上に三台のエアカーが停まっていた。課外授業でいつも使われる灰色の二十五人乗りと指導者用の一台、そしてミス・ジンジャー専用のエアカーだ。上部は丸くガラス張りになっているが、両側には後ろへ流れるように伸びる金属性の翼がついていた。タイヤは前後に突き出し、車体は低い造りになっている。

エアカーは、指導者と一部の管理者だけが使用を認められていた。所有できるのはほんの一握りの各庁の長官だけだ。

 ドームだけが自分たちの世界というのなら、すみからすみまで知り尽くしたい。ぜったいにエアカーを手に入れてみせる。ふとそんな欲望がダイズの心をよぎった。ダイズにとってエアカーは、権力の象徴などではなかった。ドーム内を飛び回れる単なる道具として欲しいだけだ。エアカーにひとりで乗る自分を想像すると、胸に好奇心があふれ出そうなほど満ち満ちていく。


 建ち並んだビルはどれもが二十階ある。玄関の上に書かれてある番号だけが違う。この地区にいくつビルがあるのか、ダイズたちはまだ知らない。住んでいるビルと教室があるビル、時々、課外授業で連れて行かれる場所、それ以外訪れたことがないからだ。ダイズにとっては不満の種だった。もっと自由にあちこち見て回りたい。

 指導者になる者だけがドームのすべてを知る特権を与えられ、いずれダイズも手に入れるはずだが、今、知りたいと強く思う。


 久しぶりの課外授業だ。それが「追放」のようすを見学するという恐ろしいことでも、ダイズにとっては楽しみだった。ドームの規則は守らねばならない。それはドームに住む人間の当然の義務なのだから。それを破った者の「追放」に異論はなかった。「追放」の意味するところが「死」より他にないとしてもだ。疑問を抱きつつも、ダイズはドームそのものを否定できないのだった。

 

 教室から出られることを、ほかの子も喜んでいるのだろうか。まわりの子どもたちに目をやってみる。どの子も真面目な顔で正面を見据え、背筋を伸ばし、すわっていた。子どもたちはどんなことでも、大人の言うままに従っているだけだ。大人だってたいして変わらないように思える。本心を隠して装っているだけなのかはわからない。指導者以外、みんな無表情で目の前の仕事を淡々とこなしているのだから。多分、それがドームでは当たり前のことなのだろう。だがダイズは違った。新しい出来事が欲しかった。刺激と興奮に胸躍らせたいと思った。     

 自分が変わった子というより異端児なのではないか。最近そんなふうに感じ始めている。だれにも見破られてはいけない。だから他の生徒たちとはなるべく距離を置かねば。少しでも違う行動を取れば、指導者の耳に入ってしまう。それは、指導者会議にかけられることを意味する。時には罰せられることもある。自己否定文、謝罪文の提出はもちろん、数日から数週間の軟禁状態になることもあるのだ。そうなればいい地位にはつけない。最悪の場合、追放させられたりもするのだ。

 だから、自分の好奇心を抑える訓練をずっとしてきた。十二才のプレゼントに布地や裁縫道具を希望したのは確かにリスクがあった。だが幸運にも会議にはかけられなかった。ミス・ジンジャーのおかげだろうか。時折自分だけに見せるやさしい表情は、安心感を与えてくれた。ミス・ジンジャーと心が通じ合っているように思えてしまう。かつてこの世界に存在したという母の姿と重ねてしまうのだ。もちろんミス・ジンジャーに確かめることなどできはしない。


 エアカーのドアが開いて、ダイズたちは乗り込んだ。ミズナが当然のようにダイズの横にすわる。

「楽しみって思ってるでしょ」

 ミズナがささやく。

 ダイズは窓から外をながめるだけで、返事をしなかった。

 席は通路をはさんでふたつずつ、縦に並んでいた。

 ミス・ジンジャーはみなが席に着いたのを確認すると、運転席についた。キューンと音がし始め、振動しながら車体がゆっくり宙に浮く。そしてビルの高さを越えたところでスピードをつけ、エアカーは一路南口へと向かった。

 官庁街の上を通り、最高指導者と各庁の指導者たちやその下で働く管理者たちの仕事場が見える。その先に広がるのが、管理者たちの集合住宅、さらにその向こうにあるのが、工場地区だ。ドームで必要なものはすべてここで作られている。

 そしてそこで働く労働者たちの住居が、ドームの一番外側に位置していた。ドームの住人たちは階級によって住み分けられている。支給される制服も違う。最下層の労働者たちは住居や仕事場から自由に官庁街へ来ることは許されていない。

 ほかの階級の人間たちも、住んでいる場所と職場とは程近いところにある。だから個人的な乗り物など必要なかった。個人的という言葉は、ドームでは限られた指導者たちにしか使われることはないのだ。

すべては決められ、みな行動を共にする。同じ時間に起き、エネジンを飲み、仕事をし、またエネジンを飲み、同じ時間に寝る。それがこのドームの規則だ。自由な時間は仕事、あるいは学校が終え、総統のメッセージが放送された後、消灯までの二~三時間だけだ。ドーム内の「エネルギー」は常に節約されねばならない。


 エアカーは中心街から離れ、工場地区の上空を飛んでいた。このあたりにはもう高いビルはない。せいぜい四階までだ。そのかわり、どの建物も細長く縦に伸びている。

 ダイズは延々と続く工場群をひたすら見つめていた。もし自分がここに生まれていたとしたら、どんなふうに思って生きていただろう。何の疑問も抱かず、余計なことも考えずにいただろうか。それは良きことなのか、悪しきことなのか。答えは見つからない。フッとため息をもらす。

「あんたまでつまらなそうな顔しないでよ」

 ミズナが窓の外を見ながらいった。 

 十分ほどの飛行のあと、やがてエアカーは、南出口に着いた。


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