第一章 朝
SFを書きました。
世界規模の気候変動や地震により、地中に埋められていた核廃棄物が流出し、地球は汚染され人類存亡の危機に襲われる時代を描きました。その時、地球外生物が現れ、ドームを人類の為建設。
ところが……
ダイズはテレスクリーンがオンになる少し前に、すでに起きていた。ベッドの中で、カーテンのすきまから部屋にいく筋もの光が差しこんでくるのを見つめていたのだ。美しいと思う。
ダイズたちが十二歳になったとき、最高指導者からお祝いとして、それぞれ希望するものがプレゼントされた。やっとひとりひとりがそれぞれ違う何かを所有できたのだ。ダイズは布地と裁縫道具を手に入れた。いぶかしげな指導者達の表情は今でも覚えている。
カーテンというものが、古めかしく不要なものだと承知している。ドームができる前、世界がまだある程度の秩序が保たれていた頃、家の窓にかかっていたカーテンというものを作ってみたかったのだ。布地は制服と同じ灰色だったが仕方ない。ドームにはこの色しかないのだから。このドームでカーテンを持っているのは、間違いなく自分ひとりだろう。それが誇らしかった。ミズナが初めて見たとき、ばかにしたようにカーテンのはしを揺らしていたのも、気にならなかった。
ベッドからはだしのまま窓に行くと、カーテンを思い切り強く引いた。足の裏に感じる冷たさが、一瞬のまぶしさにかき消される。あたりが真っ白になり、やがて落ち着いた目の先に、外の景色が広がってくる。整然と立ち並ぶ同じ高さのビル群、どれも直方体の箱のようだ。壁はシルバーに輝き、無数の大きな四角い窓は、日の光を反射して光っている。もうじき人々の姿が見えてくるだろう。
ビルの上に見える空はドームの薄い膜を通して見える。膜といっても、まったく目にすることはできない。今日の空はひときわ明るく青く澄みわたっていた。ダイズはその青色が好きだった。そんな朝は、こうしてほんのひととき空を見上げ、窮屈で変化を許さない生活になにかが起こるかもしれないと夢想する。
逆に荒れ模様の空を眺めていると、ゆううつになってしまう。ドームの中も薄暗くなり、さらに陰気な雰囲気に包まれるからだ。季節のうつろいや風、雨を体験したこともないのに、天気によって気分が変わる自分を不思議に思う。
ドームは地球の自然を締め出し、人工物しかない無味乾燥な色彩のない世界だった。外は放射能で汚染され、人間は住むことができない。そう教え込まれている。
テレスクリーンからは朝のニュースが流れている。おきまりのドーム賛歌もだ。
ダイズたちの住む官庁街はドームの中心部にあり、縦横に交差する通りが放射状に伸びている。そして、行き着くところはドームと外界を遮る灰色の壁だ。
シャワーをさっと浴び制服に着がえると、ボトルの水とエネジンを取り出す。ダイズの手の平に乗っているのは小指の先ほどの赤、黄、緑の錠剤ふたつずつと、白い三つの錠剤、 それらはエネジンと呼ばれている。ドームで唯一美しい色を持っていて、まるで宝石のようだ。ダイズは見入ってしまう。たしかに貴重な物には違いない。唯一の食糧なのだから。
ぬれたダイズの黒い髪は耳の下あたりできれいに切りそろえられ、前髪がおでこにくっついている。細い身体にぴったりとした制服。それ以外に与えられた洋服はパジャマだけだった。ドームの人々は制服も靴も、靴下から下着まで二セットずつ同じものを持っている。ドームが作られた時代から、ずっとこのような生活が営まれてきたと、ミス・ジンジャーにおしえられていた。
ベッドをきれいにし、部屋を見渡した。奥にバスルームがあるだけの小さな部屋。窓から差す光の中でも、灰色の床や金属性のベッド、デスク、椅子はどれもひんやりして見える。居心地の良さなどとは無縁の部屋なのだ。だがひとりでいられるのが救いだと思う。
寝るところまで他の生徒たちといっしょなんてごめんだわ。
この前、見学に行った労働者たちの住居には一人部屋などなかった。大きな部屋に、ベッドがずらりと並んでいただけだ。ダイズは自分が指導者のひとりとして生まれたことを、だれにも感謝などしなかったが、当然だとも思っていなかった。偶然のなせる業。それでも、様々な恩恵を被っていることはありがたかった。
ドアのセンサーが反応している。隣の部屋のミズナだ。
べつに頼んでもいないのに、ミズナは毎日ダイズの部屋の前に立つ。六才の時からだ。来年の九月には上級クラスへの編入テストがあるが、ミズナはそのあともそばにいたいと思うだろうか。クラスが上がるたびに、大人になってからの階級がはっきりしてくる熾烈な競争があるからだ。
ドームには最高指導者がひとり、総統と呼ばれ、その下に八つの庁があり、それぞれ長官と副長官がいる。その下にはさらに各部署の指導者たちがおり、能力によって与えられる部署が決まるのだ。指導者たちの中にも階級があり、待遇は大きく違っているらしい。管理者たちは指導者の手足となって働き、労働者たちは底辺でドームを支えている。厳しい階級制の布かれたドームだが、安定維持を最優先する姿勢だけは、だれもが忘れることはなかった。すべての住民がそれぞれの仕事を果たすことで、ドーム
は存在しえるのだと総統は何度も力説している。
センサーを点滅させたまま、ダイズはぼんやりドアの前に立っていた。
ミズナの遠慮のなさや妙に馴れ馴れしい振る舞いを煩わしく思うのだ。もしかすると、自分を探っているのかもしれない。そんな風に疑ってもしまう。
「いつも、ごくろうさま」
ダイズが手をかざしドアを開け、皮肉を込めてあいさつをする。これも毎日の決まり文句だ。ミズナはそういわれても気にも留めない。茶色の髪を長くたらしているミズナは、目も茶色で肌はダイズより白かった。
ふたりは並んで廊下を歩く。靴音がドアの前を通るたびに重なってくる。どのドアからも子どもたちが出てくるからだ。子どもたちの顔立ち、髪や肌の色はまちまちだった。ずっといっしょに暮らしてきたが、打ち解けているわけでもなく、だからといって差別意識があるわけでもなかった。ここではどの階級の人間であろうと、肌や髪の色、顔つきは様々であり、そのことで非難されることはなかった。
子どもたちは二列になり、同じ方向に進んでいく。殺風景な廊下の両側に部屋が五つずつある。どの部屋も同じ作りだ。子どもが十人、男子、女子共に五人ずつ住んでいる。彼らは、やがては指導者となる子どもたちだった。ダイズたちは同じ時期に地下の胎児室で生まれ、幼児室からの顔見知りなのだ。年を取るごとに、上の階へと進み、今十二階に住んでいる。あと六年もすれば、違うビルへ移り住むことになる。そこからは大人に混じって、本格的に仕事を学習していくのだ。
教室はエア・コリドーでつながっている隣のビルにあった。子どもたちの住むビルにはどの階にもエア・コリドーがあり、今、子どもたちの移動がはじまっていた。
先頭の男子が近づくと、ドアは小さな金属音をさせ開いていった。ビルの外に出ても風はなく、あたりの空気の匂いも変わらない。子どもたちはそのままマーチをするかのように、整然と黙って歩いている。
突然ダイズはわざと列を乱し、へりに寄って下をのぞきこんだ。ミズナが「またか!」というようなため息をあげる。子どもたちは関心も示さずそのまま歩いていく。
通りには灰色の制服を着た管理者があふれ、それぞれのビルへと進んでいた。ここからだと小さすぎて人間たちとは思えない。昔いたという虫たちも、こんなふうにうごめいていたのだろうか。
みんなは何を思って仕事をしているの?
ダイズは心の中で尋ねる。しばらくたたずんでいたが、今日が課外授業の日だったことを思い出し、気分を直して列に戻った。
隣のビルのドアが開くと、やはり廊下がつづいていた。片側にはドアがいくつもあった。個別の勉強部屋だ。反対側は大小のホールがあり、今日は小さなホールで、十二才の子どもたちだけに、課外授業の説明とエストラゴン総統の話がされる予定になっている。大型のテレスクリーンが前に置かれ、その横に指導者用のデスクがある。向き合うように、生徒たちの小さなデスクも並んでいる。
ホールにはひとりの女性が待っていた。灰色のジャケットと細いパンツに身を包んだ指導者のひとり、ミス・ジンジャーだ。両手を胸の前で組み、体重を右足にかけて立っている。手足がすらりと長く、短く切った髪と褐色の整った顔は、朝の光のなかでいっそうきりりと見えた。教育管理庁長官、(GEA)これがミス・ジンジャーの役職名だ。
灰色の制服は同じだが、ミス・ジンジャーが着ているとなぜか違ってみえる。
ミズナの目もうっとりしていた。ダイズは顔をしかめる。だがすぐに、だれにも悟られまいと呼吸を整える。
席についた子どもたちは、ミス・ジンジャーが話し始めるのを静かに待っていた。
もう一度、ミズナを見つめる。ミズナが不思議そうにダイズを見返す。ダイズは知らん振りをして、話に耳を傾けることにした。