8.それぞれの思い
私ことイアン・ギルティは今、2歳年下の非力な婚約者相手に動揺していた。
ついこの間まで、何の興味も持てなかった婚約者、エレノア・ファクソン伯爵令嬢。
何の変哲もない普通の令嬢だと思っていたけれど、この前のお茶会に初めて参加した私を見て驚いたまでは分かる。
しかし、その後の反応は思ってもみなかったものばかりだった。
明らかに私が来たことで迷惑そうな表情をし、私に興味を持つ事なく目の前のケーキをキラキラした目で見ながら美味しそうに食べていた。
その反応が面白くて今回も参加したが、またしても思いがけないこの反応。
思えば令嬢たちと普通に会話などした事がなかった。
騒がしい令嬢たちなど興味がなかったし、寧ろ関わりたくなかった。
まして王妃の件もあり、母以外の女性全般に苦手意識も持っていたから。
しかし、彼女の反応はいちいち私を刺激してくる。
今も胡乱げな目で私を見てくるこの令嬢に、第二王子殿下などと呼ばれる事に寂しさを感じてしまった。
「エレノア嬢、婚約者なのだから名前で呼ばせて貰う。だから君も私の事を名前で呼んでくれないか?」
気付けば私はそう彼女に告げていた。
私はこんな事を言う人間ではなかったのに。
「はぁ!? ……あ、申し訳ありません。いきなりの事で気が動転してしまいました。
えと、イアン殿下? でよろしいですか?」
プッ。はぁ!?って言った。
私は笑いを堪えながら、
「殿下はいらない」
と答える。
「はぁ……。ではイアン様と」
仕方なさそうにそう言う彼女に、ますます笑いが込み上げる。
私に擦り寄ることもせず、むしろ迷惑そうにする彼女に、もっと私に興味を持たせたいと思ってしまった。
さっき、彼女は婚約者は荷が重いから婚約解消してくれとの意思を仄めかしてきたが、今の私はそんな気に全くなれない。
どうせいずれは誰かと婚約、結婚するなら、このまま彼女でもいいのではと思い始めていたからだ。
「では、改めてエレノア嬢、これからも王子妃教育、頑張ってくれ」
私が満面の笑顔でそう言うと、彼女は明らかにガッカリした表情をした。
「失礼致します。
殿下、陛下の使いの者が至急お伝えしたいことがあると来られていますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
私たちがお茶会をしている所に、メイドがそのように伝えてきた。
「陛下の使いの者? 通してくれ」
イアン殿下がそう答えると、すぐに1人の文官が神妙な面立ちをして入ってくる。
「突然失礼致します。お茶会のお邪魔をして申し訳ありません。
陛下の命令により、イアン第二王子殿下におかれましては、至急謁見室までお越しくださいますようよろしくお願い致します」
頭を下げながらそう告げる文官を見て、イアン殿下は首を傾げる。
「今すぐ? 何かあったのか?」
そう問う殿下に、文官は
「ここではちょっと……お越しいただければお分かりになるかと」
と返答した。
「分かった。すぐに向かう」
文官にそう返答したイアン殿下は、私の方を向き直り、
「申し訳ないが、本日のお茶会はこれで終了とさせてもらう。帰りは誰か部下に送らせよう」
と言った。
「い、いえ! うちからの迎えがありますし、馬車乗り場まではいつも一人で行っていますので大丈夫です!」
私が慌ててそう答えると、
「……そうであったな。
申し訳ない。では、気をつけて。
先に失礼する」
と、イアン殿下はそう返答し、四阿を出ていこうとした。
そして、四阿を出る際に徐に振り向き、
「また次の王子妃教育の時に」
と、言ってから四阿を出た。
え……また、お茶会に来るの!?
ついそう思ってしまった。
しかし、何かあったのだろうか?
婚約者とのお茶会をしている事は知っているだろうに、それを中断させてまで呼ぶなど、余程の事だ。
「まぁ、私の知った事ではないか」
貧乏伯爵令嬢の私には、何も出来ないしね。
「さて、帰りますか」
忙しそうなイアン殿下には申し訳ないが、私は早めにお茶会が切り上げられた事にホッとしながら、城をあとにした。