5.沈黙には耐えられません
「その……体調は如何か?」
イアン殿下が、こちらを窺うように話しかけてきた。
きっと、この前の柱にぶつかって気を失った事を言っているんだろう。
「あ、はい。おかげさまで、すっかり良くなりました」
「そうか」
し~ん……。
うん、さっさとケーキ食べて、帰っていいよね!?
この沈黙は我慢出来ないわ。
私は徐にケーキを食べ始めた。
あぁ、このマカロンボーロもサクッとしてて美味しいわぁ!
あ、この薔薇のクリーム! ちゃんと薔薇エキスが入ってるのか、微かに薔薇の匂いがする!
さすが王宮のデザートは一味違うわね~。
あら? この紅茶も、薔薇の匂いが?
あらあら、凝ってるわぁ!
しかも、とても美味しい!
この紅茶、何処で売ってるのかしら?
家でも飲みたいわ~。
「……そんなに美味いのか?」
ハッ!
イアン殿下の声に、ハッとして勢いよく顔を上げる。
そうだった。目の前にイアン殿下が居たんだった。
ついケーキに夢中になって、忘れてたわ。
「あ、このケーキ、とても美味しいですわ。
流石は王宮のケーキですわね?」
今更だが、微笑みながら上品そうに話す。
「そうか、それは良かった」
イアン殿下はそう言って、自分もケーキを食べ始めた。
「……甘い」
ケーキを一口食べたイアン殿下が、一言そう話す。
当たり前でしょ。ケーキなんだから、しょっぱかったり、辛かったりしたら大変だわよ。
つい冷めた目をしながら、そう考えてしまうのは許して欲しい。
本当に、今更何しに来たんだ? この王子は。
特に話すわけでもなく、楽しそうでもない。
う~ん、もしや、今までお茶会をすっぽかしすぎて、王妃様か側妃様から何か言われたのかしら?
別に、今となっては気にしないのに。
早く帰れる分、魔法の練習が出来るし、今後も来なくていいんだけどな。
そのように思いながらイアン殿下を見ていたら、イアン殿下がまたこちらをジッと見てきた。
「今までお茶会に来なくて申し訳なかった。
その都度、2時間程待たせていたなんて知らなかったのだ。
今後はなるべく来るようにする。来れない時は予め伝えるようにしよう」
イアン殿下はそう言って立ち上がった。
「申し訳ない。これからまた政務に戻らなくてはならない。これからもあまり時間は取れないが、時間が許す限りは来るようにするので、それで許して欲しい」
イアン殿下は私を見ながらそう話す。
「はぁ……」
「では、失礼する」
呆けている私の返事を受けて、イアン殿下はそのままこの場を後にした。
「なんだったの……?」
全くもって何がしたいのか分からない。
元々イアン殿下とはほぼ面識がなく、婚約者とは名ばかりなので、為人は分からなかったけど、噂に聞く限りでは、自他共に厳しく硬派なイメージだ。
もしかしたら、人と会話するのが苦手なのかな?
だったら、無理して来なくてもいいんだけどな……。
何故来たのか分からないまま、エレノアは王宮を後にした。
「おや、今日は珍しくお茶会に行かれたと思ったら、もう戻られるのですか?」
少し離れた所で待機していたオーウェンがイアンに話しかける。
「うるさい。今から執務室に戻るぞ」
イアンは煩そうな顔をしてそう言いながら、オーウェンを見た。
「どういう風の吹き回しです? あんなにすっぽかしていたお茶会に行くなんて。
期待させる方が酷なんでしょう?」
オーウェンは気にせずイアンにそう言った。
「……2時間」
「はい?」
「いつも私がすっぽかしていたお茶会に、彼女は2時間待っていたから……」
イアンは罪悪感から、つい話してしまった。
「あぁ……前の時にメイドが言ってましたね」
オーウェンは、遠慮なくイアンにそう言い返す。
「……」
無言になってしまったイアンに、オーウェンは溜め息を零す。
「はぁ……。しかも婚約してから3年間も……。お気の毒に……」
オーウェンの言葉に、更なる罪悪感が押し寄せる。
婚約してからもう3年間も経っていたのか。
婚約した事を今まで頭の隅に追いやり、意識していなかったから気づかなかった。
「もう少し配慮すべきだったか……」
つい独りごちると、オーウェンがその言葉にすぐに反応してきた。
「私は前からそうお伝えしていたはずですが?」
「そうだったか?」
「はい。全く聞いて頂けてなかったようですが」
真顔でオーウェンが、そう言ってくるが、全く記憶にない。
多分、完全に聞き流していたんだろう。
しかし、今日のお茶会は思ったより悪くなかった。
私が知っている令嬢達は、いつも私を獲物を狙うような凄い目で見てくる。
我先と自分をアピールし、一方的に話しまくる。
私の顔色を窺い、それでいて、私があまり話さないと泣き出すのだ。
殆どの令嬢はそんな感じで、普通の会話など成り立たない。
だけど、彼女はとても自然体だった。
私には目もくれず、ケーキに夢中になって食べていた。
そんな彼女の態度が私にとって、とても新鮮に感じられたのだ。
「これからは出来るだけお茶会に参加する」
イアンがそう告げると、オーウェンは目を丸くしていた。