42.最終話
勇気を振り絞って、イアン様に声をかけようと口を開き掛けた時、イアン様は徐に立ち上がって、私のそばまで移動し、跪きながら私を見上げた。
えっ? どうしたの!?
ビックリして立ち上がろうとする私を、イアン様は優しく制する。
「そのまま座っていて?
エレノア嬢。また貴女に怒られるかもしれないけれど、何度も貴女に私の気持ちを伝えたいんだ」
そう言ってイアン様は真剣な表情で私を見る。
「エレノア・ファクソン伯爵令嬢。
どうか、私と結婚して下さい。
一生、貴女のそばで、貴女と共に、これからの人生を一緒に過ごしていく栄誉を私にお与え下さい」
そう言って、イアン様は優しく私に手を差し伸べる。
そういえば、イアン様はいつも私に手を差し伸べてくれていた。
私はその意味も考えず、何度も気軽にその手を掴んできていたのに、何故もっと早く返事をしなかったのだろう。
「はい。
イアン様、こちらこそよろしくお願い致します。
一生貴方のそばにいさせて下さいませ」
そう言って、イアン様の手を取る。
この手を、もう絶対に離さない。
イアン様はホッとした表情で、それでいて少し余裕のある笑顔で私の顔に手を近づける。
「また泣いて……。
案外泣き虫だよね、エレノア嬢は」
そう言って、私の涙を拭ってくれる。
どうやら私はまた涙を流していたようだ。
恥ずかしいけれど、それでも嬉しくて、幸せで、次から次へと涙が溢れてきた。
そんな私をイアン様は優しく抱き寄せて、背中をさすってくれる。
まるで、大丈夫だから安心してと、私を丸ごと包み込むように。
それがまたむず痒くて、でも幸せで。
暫く私は涙が止まらなかった。
****
前の婚約期間が長かったためか、今回は婚約と同時に結婚式の準備が始まり、私たちの結婚式は、急スピードで行われた。
私の両親は、とっくにイアン様に心を開いており、何と私に内緒で、イアン様と相談しながら結婚に必要な準備を進めていたらしい。
その事に私が文句を言うと、
「お前がいつまでも、イアン様からのプロポーズの返事を待たせているのが悪い!」
「エレノアの返事を待っていたら、その頃にはわたくしはおばあちゃんになってしまいますわよ!」
と、逆に怒られた。
商会に来ていたギアス様にも、
「ようやくかぁ! 思った以上に素直じゃなかったね」
と笑われてしまった。
王都内では、王太子妃の妊娠に加えて、ようやくリンゼル公爵様の結婚が決まったと、お祝い気分一色だ。
どうやら誰もが、いつになったら私たちがちゃんとくっつくのだろうと、ヤキモキして見ていたそうな……。
そして私は今日、晴れてイアン様のお嫁さんになる。
お父様やお母様、そして、イアン様には感謝しても仕切れない。
私の性格をちゃんと把握してくれていたからこそ、こんなに早く今日という日を迎える事が出来たのだから。
白地に白銀色のレースを纏わせ、ダイヤモンドをふんだんに散りばめたベルラインのウェディングドレス。
またしてもイアン様の色で作られたドレスだが、あの就任パーティの時のような気持ちとは違い、嬉しくて仕方がない。
「あぁ、本当に綺麗だ……」
ウェディングドレスを身に着けた私を見て、イアン様が眩しそうな表情をしながらそう呟いた。
イアン様は、薄い琥珀色のタキシードに身を包み、薄緑色のタイを付けている。
「素敵……」
私も同時にイアン様に見惚れて、そう呟く。
二人してお互いに見惚れ合っているのに気付き、顔を見合わせて笑った。
****
私、イアン・リンゼルは、今、とても幸せな毎日を送っている。
私たちが結婚してから一年が過ぎた。
私達は結婚してから、暫くリンゼル領に住んで、領地開拓に力を注いだ。
その甲斐あって、リンゼル領は瞬く間に栄え、王都でも人気の観光名所となりつつあった。
そして今日は久しぶりに、妻のエレノアと共に王都に戻る事にしたのだ。
「エレノア、準備は出来たかい?」
「あ! 旦那様! ええ、もういつでも出れましてよ?」
そう言って、階段を駆け降りて来る。
「! エレノア! そんなに早く駆け降りてきて、万が一落ちたらどうするんだ! それにお腹にも響くから、胎教によくないだろう!」
そう言って、私は階段下で素早く妻を抱き留めた。
「は? これくらい大丈夫なのに。ちょっと大袈裟過ぎません?」
エレノアは呆れたような表情で、大した事はないといった感じで、そう言っている。
「大袈裟じゃないだろう? 君はこの前も、ウォーキングだとか言って、早足で歩いていたではないか。
見ていて肝を冷やしたんだぞ?」
「あんなの、早足のうちに入らないのに、本当に大袈裟だわね。
妊婦だからって、全然動かないとかえって身体に良くないのよ?
適度に身体を動かすのは、安産のコツなんだから」
そう言って、軽く私をあしらってくる。
リンゼル公爵として、皆に尊敬され頼られており、いまだに王都内でも人気を誇っていると聞いている私だが、この妻にだけは頭が上がらない。
でも、そんな関係が心地よく、妻の笑顔を守れるなら、それでもいいと思っている自分は、たぶん一生、妻には勝てないのだろう。
今も、身重の妻をハラハラしながら、そばに付いている私を見て笑っている妻を見て、こんな日がこれから先もずっと続く事を願っていた。
~完~