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41.私の問題

 イアン様が公爵となり、一年が過ぎた。


 私達はまだ婚約していない。


 でも、イアン様は私の返事を急かす事もなく、かといって他に目移りする訳でもない。

 約束通り、時間の許す限り私のそばに居てくれる。


 魔術師団も水魔法から氷魔法へと変換していくコツを掴んだらしく、水属性で適性のある者に指導を行なう事で、氷へと変換出来る人が徐々に増え、温暖なギルティ王国の暑い夏を少しは快適に過ごせるようになってきていた。


 ファクソン伯爵家も色んな商品を販売する上で、私の指導の元、氷魔法が使える従業員が増えたので、私が何度も商会に足を運ぶ必要はなくなった。

 

 そして、驚いた事にイアン様のリンゼル公爵領は、なんとうちの領地に隣接していたのだ。

 なので、2つの領地間で協力し合い、お互いの領地の繁栄を目指す約束をした。


 穏やかな毎日が、ゆっくりと流れて行き、イアン様がそばに居る事が自然体になっている。


 わかっている。

 あとは私の問題だ。

 あの時の返事を私がすれば、うまく収まる。


 なのに……。


「う〜! 言えない!」


 そう。私の意地っ張りな性格がここに来て素直になる事を拒んでいる。


 いや、正確には恥ずかしいだけなのだが、何故か、今更私からその話を持ち出す事が、イアン様に負けた気がするのだ。


「もう一度プロポーズしてくれたら頷くのに……。」


 あのヘタレ元王子め。

 律儀に返事をいつまでも待ってるなんて!

 何度もアタックする気概を見せろって言った言葉は忘れてるのよねっ!


 そんな事をブツブツと言いながら、伯爵家の裏山に来ていた。


 ここは相変わらず、誰もいない。


 私も変わらずに、時間が空いている時はここに来て、色んな魔法を試していた。


 「どうすればイアン様から、もう一度プロポーズの言葉を引き出せるのかしら?

 ここは水魔法で自白剤でも作る?

 自白剤で、もしもう結婚する気がなくなったって言われたらどうしよう……?」


 そんな考えが脳裏に浮かんでしまい、全然魔法の練習が出来ない。


「はぁ~……。自分が情けない……」


 そう言って、もう帰ろうかと後ろを振り向いた時、いつの間に居たのか、イアン様が微笑みながら立っていた。



「え? イアン様、何故ここに? 

 いつからそこに立ってらしたの!?」


 私の独り言、聞かれてないでしょうね⁉︎

 もし聞かれていたら、恥ずかしすぎて死ねるわっ!


「今来たところだよ? 屋敷の方を訪ねたら、貴女がここに行ったと聞いたから」


 そう返事するイアン様を見てホッとする。


 良かった。聞かれてないみたいね。


「わざわざ迎えに来て下さったのですね。

 ありがとうございます。もう帰ろうかと思っていたところです」


 そう言ってイアン様のもとに駆け寄った。

 イアン様は、微笑みながら私に手を差し伸べるので、私も笑顔でその手を取る。


 私達二人は、手を繋ぎながら裏山を降りて行った。



 ****



 「いい加減、さっさと結婚すればよろしいのに」


 私は今、めでたく王太子妃殿下となられたエリザベス様を訪ねていた。

 身重となったエリザベス様へのお祝いを渡す為に、久しぶりに王宮に足を運んだのだ。

 そして今は、あの懐かしい王宮の庭園にある四阿で、エリザベス様とお茶をしている。


 もちろんイアン様も一緒に来ていて、イアン様は王太子である自分の兄に会いに行っていた。


「ふふっ。まさかエリザベス様に、イアン様との結婚を勧められるようになるなんて、あの頃のわたくしにはとても想像出来なかったですわね?」


 笑いながらそう言った私に、エリザベス様は、ちょっと焦ったように反論した。


「あ、あの頃は、ダミアン様が今のように頼れる存在とは言えなかったから、つい悔しくて貴女に当たっていただけですわよ⁉︎

 でも、今はとても幸せですわ。結婚って、大変ですけど、それに勝るものがありますのよ? 今まさに、その証拠がここにおりますもの」


 そう言って、エリザベス様は愛おしいといった表情で自分のお腹を見て、優しく撫でた。


 その様子があまりに優し気で、とても綺麗で。


「いいなぁ……」


 気が付けば、そんな言葉が口から滑り出していた。


 あっ! 危ない危ない!

 これでは結婚したくてたまらない女に見えてしまう!

 

 でも、とても幸せそうなエリザベス様を見ると、私まで幸せな気持ちになる。


「本当におめでとうございます、エリザベス様。元気なお子を産んでくださいましね」


「ありがとう、エレノア様」

 

 私達の関係性がこんなにも変わったのは、あの遠征があったから。

 今ではかけがえのない出来事で、そのきっかけを作ってくれたエリザベス様には感謝している。


 まさかこんな風に思う日がくるなんてね。


 エリザベス様と楽しく会話をしていると、王太子殿下と並んでこちらに向かって来るイアン様が見えた。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます」


 私は立ち上がり、カーテシーをしながら王太子殿下に挨拶をする。


「頭を上げて、ファクソン伯爵令嬢。堅苦しい挨拶はいらないよ?

 今日はお祝いに来てくれてありがとう」


 笑顔でそう言ったあと、王太子殿下はすぐにエリザベス様に声を掛ける。


「エリザベス、体調はどうだい?」


「あら、わたくしは何ともありませ……くしゅんっ!」


「なっ!? エリザベス! 外だから冷えたのかな!? すぐに部屋に戻ろう!

 すまないねファクソン伯爵令嬢! 妻を部屋で休ませなければ!」


 たまたまくしゃみをしただけで、王太子殿下は血相を変えてエリザベス様を部屋に連れ帰ろうとしていた。


「え? わたくしは何とも……たまたま鼻がむず痒くなってくしゃみが出ただけで……って、ちょっと聞いてらっしゃいます⁉︎」


 そう言うエリザベス様を、何と王太子殿下は、颯爽とお姫様抱っこして、

「せっかく来てくれたのに、申し訳ない!

 エリザベスを休ませなければならないから、またの機会に!」

と、とっととこの場を去って行った。



「凄い……あんなに行動的な兄上を初めて見た」


 そう言って、イアン様も目を丸くさせている。

 

 もちろん私も開いた口が塞がらない。

 くしゃみ1つ容易く出せないなんて、エリザベス様も大変だわね。


 そんな風に考えていると、イアン様が私の隣りに立ち、

「ここ、久しぶりだね。

 ここから貴女との関係が始まったんだよね?

 せっかくだから、久しぶりに私とここでお茶をしてくれないか?」

と、誘ってくれたので、私も久しぶりにイアン様とここでお茶をしたい気持ちになって、快く頷いた。


 先程までのお茶は片付けられ、また新たなお茶セットが準備される。


 もう王宮には関係のない私達の為に準備してくれたのは、当時ここで私達のお茶会の準備をしてくれていたメイドさん達だ。


 懐かしい顔ぶれのメイドさん達に、心からの感謝の気持ちでお礼を言う。

 メイドさん達も、私達をとても温かい目で見ながら、会釈をして下がっていった。


「つい一年程前なのに、もう随分と久しぶりな気がするね」


 イアン様はそう言って、懐かしそうに周りを見渡していた。

 その様子を見て、心がチクリとする。

 この人は、もとはこんなに早く臣籍降下する予定ではなかったはず。

 ましてや、王妃様が隠居されてからは、王宮内も安全に過ごしやすくなっていたはずだから。


 それでもこんなに早く城を出る決心をしてくれたのは、きっと私を早く王族の縛りから解放してくれる為だったんだろう。


 不器用なイアン様を知れば知るほど、愛おしく感じる。

 こんなにも不器用で、言葉では表さずとも、私への想いを真っ直ぐに伝えて、大切にしてくれているイアン様に、わたしは何か返せているのだろうか?

 

 そう思ったら、今まで意地を張って返事を伸ばし続けていた自分が、とてもみっともないと感じた。

 

 ちょうどここは私たちの思い出の場所。

 ここで、今まで出来なかったイアン様への返事を伝えよう。

 

 私はそう決心した。



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