40.元サヤ?
ヤバいとは思ったが、それでもまだまだ言い足りない。でも、さすがに元王族で現公爵様に、これ以上は……。
涙でぐしょぐしょのまま、そんな事を考えていると、イアン様が恐る恐る私を見ながら、ソッとハンカチを渡してきた。
遠慮なく受け取って、チーン! と鼻を思い切り噛む。
あ、王家の紋章入りのハンカチだ……。
でも、もう要らないよね?
少し冷静になって、チラリとイアン様を見る。
相変わらず動きはぎこちないけど、何とか私を宥めようとアタフタしている様子を見て、少し溜飲が下がった。
「あ、え~っと、その……。
エレノア嬢? 本当にすまなかった。
貴女がそんなに怒るのも当然だと思う。
私はもっと貴女の気持ちを大切にし、貴女の心を守るべきだった。
どう償えばいいのか分からないけど、貴女の為になる事なら、私が持てる力を全て貴女に捧げるから。
だから、もうこれ以上、悲しまないでほしい。
私の存在が貴女を苦しめているのなら、貴女の前から姿を消す。陰から貴女の力となり、償うと誓うよ。
貴女には、これからずっと幸せに、笑って過ごしてもらいたいんだ」
そう言うイアン様の顔は、とても真剣で。
きっと私が願うなら、本当に私の前から姿を消して、陰から私を支えようとするんだろうなと、容易に想像出来てしまった。
「本当に私が願うなら姿を消すおつもりですか?」
「貴女をこれ以上苦しめたくないんだ。貴女がそれを望むなら、貴女の前に姿を現さないと誓うよ」
「姿を消せば、償いになると?」
「すまない。貴女に償える方法が分からないんだ。どんな事でもする。だから出来るなら教えてほしい」
悲壮な表情をしながらも、真摯にそう告げるイアン様を見る。
うん、もういいか。
私がこれからちゃんと手綱を引いていけばいいんだものね。
「では、そばに居て下さい」
「えっ?」
「わたくしのそばで、わたくしの心を守って下さい」
「いいのか……? 本当に?」
イアン様の言葉に、私は静かに頷く。
「で、では、婚約を結び直してくれるんだね⁉︎」
パッと表情を明るくし、期待を込めてそう言うイアン様に、私は改めて言う。
「それはまだです!
先程イアン様がおっしゃった言葉が、どれほどのものなのか、ちゃんと信じられるようになるまで、返事はお預けです!」
私の言葉に、怯みながらもイアン様は頷く。
「わ、わかった」
「本当に分かってらっしゃいます?
わたくしが信じられると感じなければ、再び婚約など結ばないと言っているのですよ? それはいつまでかかるか分からないのです。
それでもいいのですか?」
「返事はいつまででも待つよ。
貴女のそばにいられるだけでも満足だから」
そう言ったイアン様の表情はとても素敵で……。
ヤバい。簡単に頷いてしまいそうになった。
甘い顔をしてはダメなんだからね。
気を引き締めて、ちゃんとイアン様を私好みのステキ男子に育てよう。
私が心の中で、楽しみだとほくそ笑んでいたことを、イアン様は知らない。
****
「な~んだ。結局イアン様を許しちゃったのかぁ」
またまた商会に来ているギアス様が、先日のイアン様の告白の結果を知って、残念そうにぼやいていた。
「なんだ、文句でもありそうだな? ギアス殿の付け入る隙はないぞ!」
そんなギアス様を牽制しながら、イアン様は私を自分の方に引き寄せる。
「ちょっ! イアン様! 邪魔です!」
私は新しい商品開発をする為、色々と試している途中だった。
扱うものによっては、急に動かすと危ないこともある為、神経を尖らせているというのに、ギアス様が来ると、イアン様は子供っぽくなってしまう。
普段は気遣いが出来るようになったのに、本当に残念な人だわ。
「あ! すまない! 大丈夫かい?」
慌てて私に怪我はないかと、あちこち私を見回している姿を見ると、これ以上怒れない。
「大丈夫ですよ。今度からは気を付けて下さいね?」
そう優しく言うと、嬉しそうな表情でイアン様は頷いている。
そんな私達を見て、
「あー、本当に残念」
と、笑いながらギアス様は言った。
「まぁ、いいや。エレノア嬢、これからも商品開発の合間でいいから、魔術師団にも協力してね? もっと、色んな面で魔法技術を上げられるか試してみたいからさ」
ギアス様は笑顔でそう言って、帰っていった。
「エレノア嬢?」
イアン様が私に真剣な表情で声を掛けてくる。
「はい?」
「その……ギアス殿の事、どう思ってる?」
「ギアス様? いい人だと思いますよ?」
「いや、その……。
異性としてはどうなのかなと……。
ギアス殿が以前に言っていただろう? 私と婚約解消したら、立候補しようかと。
あれは、どうなったのか聞いてなかったなと思って……」
ああ、そう言えばそんな事言っていたわね。
でも、あれはイアン様を揶揄う為だったんだけど、そうか。イアン様は途中で帰ったから、その後の事を知らなかったんだ。
「あれは、ギアス様の冗談ですよ。
イアン様を揶揄いたかったようですね。
本当、いい性格してますよ」
そう言って笑っている私を見て、
「ギアス殿も気の毒に……」
と、何故かイアン様は、ギアス様に同情していた。