4.何しに来たの?
「ここでいいわ。
2時間後にまたここに迎えに来て」
御者にそう言って私は馬車を降りた。
いつも無駄な時間を過ごしていたお茶会を今日から早めに切り上げ、今は伯爵家に隣接した伯爵家所有の裏山に来ていた。
山というには申し訳程度の小さな山で、薬草や山菜採りくらいしか入ってくる人もほとんどいない。
ここに拓けた小高い丘になっている場所があり、私は今、そこに立っている。
「ここなら人目を気にせずに、魔法の練習が出来るわね。
色々試したいのよね」
エレノアの魔法は水属性。
でも、転生した私の記憶が戻ったのなら、もしかして、他の属性も使えるかもしれない。
「いやいや、まずは水属性の高度の魔法が使えるか試さなきゃ」
先ずは魔力で、手のひらに大気中の水を集める。
集めた水球を、そのまま少し遠くにある木に一気に放った。
水球がぶつかった木は勢いよく折れて倒れる。
「やっぱり威力が上がってる!」
想像していた通り、前世のファンタジー記憶が魔法への想像威力を掻き立てて、無詠唱でも術が放てるようになっていた。
前世の記憶が戻ってから、少しずつ家族に気付かれないように家でも魔法を試していた。
そこで気付いたのだ。
以前では詠唱を唱えて、やっと出来た水球が、手のひらに集中するだけで簡単に出来た事を。
やはり、転生チートはあったのだと嬉しくてつい大声で「わぁぁぁ!」と叫んだら、両親や弟が私の部屋に飛んで入ってきた。
今まで令嬢らしく、大声を出した事のなかった私から奇声が発せられたので、いよいよイアン殿下の事で我慢の限界がきたのかと、やたらと心配された事は記憶に新しい。
「家族には心配かけられない。
これからはここで色々試してみよう」
今度は作り出した水球を凍らせるイメージで集中する。
この世界には、火・水・土・風の四属性の魔法が主流となっている。
氷や雷、木魔法などの特殊魔法を属性として生まれ持つ者は滅多にいない。
しかも、この世界は、属性的に氷と水は別物として扱われているので、魔法で水から氷にするなど考えられておらず、その技術がないのだ。
でも、私は前世の知識があるから、水の温度をどんどん下げるイメージを作る。
水は0度で凍り始めると、前世で聞いた事があるから。
具体的に手のひらの水の温度が何度か分からないが、とにかくマイナス温度になるくらいのイメージで下げていく。
「……出来た」
氷球の完成だ。
出来た氷球も木に向かって飛ばすと、氷球は勢いよく飛んで木を貫通した。
「凄い……」
氷球の威力に我ながら驚き、ジワジワと喜びに変わっていく。
「これよこれ! いよいよファンタジーの世界! 魔法無双よ~!」
テンションMAXで大声で叫びながら歓喜し、その後も夢中で色々試していたら、気がつけば日が暮れ始めていた。
「あ! ヤバい! 2時間過ぎてるわっ!」
御者には気分転換に山を散策するとしか言ってなかったから、早く戻らないと何かあったのではと大事になってしまう。
慌てて山を降りた時には、今まさに御者が真っ青な顔で誰かを呼びに行こうとしている所で、私は慌てて御者を呼び止めたのだった。
あれから私は事ある毎に裏山で練習していた。
マリンにお願いして協力してもらい、一日に数時間程度、屋敷から抜け出す。
裏山で何をしているのかマリンに問われた時は、ちゃんと魔法の練習をしていると伝えた。
今まで淑女教育や王子妃教育の他に、刺繍や読書など、令嬢らしい教育は一通りそつ無くこなしていたが、魔法に関しては適性があまりないとの事で、魔法教育は断念していた。
その事が今になって悔しいのだが、人にはあまり知られたくないと言えば、マリンは快く協力してくれたのだ。
ありがとう! マリン!
本当にあなたが居てくれて良かったわ!
そんな感じで日々を過ごし、またしてもやって来た王子妃教育の日。
今日は15分待ってから早々に引き揚げようかと考えながら、勉強が終わった後でいつものお茶会の場所に向かった。
あれ?
お茶会の場所に近づくと、すでに誰かが席に座っている。
「場所が変わったのかしら?
ここは他の方が使用なさるの?」
傍にいた王宮メイドにそう聞くと、メイドは微笑みながら、
「ここで合っておりますわ」
と答える。
はてなマークを浮かべながらも席に近づいていくと、先に座っていたのがイアン殿下だったのが分かった。
え? なんで?
私の姿に気付いたイアン殿下が、こちらを見て「来たか」と発した。
困惑しながらも、そこに着いた私はイアン殿下に挨拶をする。
「お待たせ致しまして申し訳ございません。
イアン第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
カーテシーをしながら挨拶をする私に、
「堅苦しい挨拶はいい。掛けなさい」
と、同席を許す。
「失礼します」
何とも婚約者同士のお茶会とは思えない始まりだが、私はイアンの前の席に静かに座った。
私の目の前に、薔薇の香りの紅茶が運ばれる。
お茶菓子も、今日は薔薇を形どったクリームを載せた薔薇ケーキに、マカロンボーロが添えられてある。
王宮は色んな味のお茶とお菓子が楽しめるのだが、いつも一人で食べるので楽しくはなかった。
しかし、転生記憶のある今は、しっかりと楽しんでから早々に引き揚げようと考えていたのに……。
「先日はありがとうございました。
お見苦しい所をお見せしてしまい、お手を煩わせた事、本当に申し訳ございませんでした」
私がそう話すと、
「いや、大丈夫だ」
と、イアン殿下は、その一言だけ返答する。
その後、しばらくお互い無言となった。
久しぶりに来たくせに、何も話さないつもり?
一体何しに来たんだ?
今更ながらに体裁を気にし始めたのかな?
無言が続く中、徐々に苛立ちが増す。
もう! 何も話さないんなら、もう帰ったらどうなの!?
時間の無駄だわ! 早く魔法の練習したいのに!
お茶会の時間は特に何時までとの決まりはない。
さっさと食べて、席を立つのは失礼だろうかと悶々と考えていると、ふいにイアン殿下がこちらを見た。