39.告白
私の目の前に、 突然いなくなったと思っていた元婚約者が立っていた。
何故急に会いに来たのか……。
理由も言わず、一方的に婚約解消して去ったくせに……。
「こちらには、どのようなご用件で?」
挨拶もそこそこに、私はそう聞いていた。
イアン様は凄く嬉しそうな表情で私を見るが、私は全く嬉しくない。
胸の奥底から湧き出てくる苛立ちを、必死になって抑えながらイアン様を見る。
「あ、ああ! 君に一番に知らせたくて急いでここに来たのだ!
あ、まずは座って話さないかい?」
イアン様に促されて、渋々席に着く。
お茶が運ばれてきて、すぐにまた二人きりとなった。
「何だか随分と久しぶりに感じるね。最近特に忙しくてバタバタしていたし、ちゃんとするまではと、来るのを控えていたから特にそう感じるのかな」
一人嬉しそうに話すイアン様に、わたしは訝し気に見る。
「ああ、その視線も久しぶりだ。
君に会えたと実感する」
何こいつ?
婚約解消後にも喧嘩を売りに来たのか⁉︎
「イアンさ……第二王子殿下。
ご用件は?」
婚約解消したのだから、イアン様とは呼べない。
そして、貴方も私の事を名前呼びするのは、もうやめてほしいんですけどねっ⁉︎
心の中でそう言いながらも、笑顔でそう問う。
「あ、ああ。
そ、そうだ! 私はもう、第二王子ではなくなったんだ。
実は以前より申し出ていた臣籍降下が、ようやく認められたんだ。
私は今日から西方にある、リンゼル領を統治する事になった。
公爵位を賜って、リンゼル公爵となるんだ。
だからもう王族ではないんだよ!」
何故かドヤ顔でそう伝えてくるイアン様に、苛立ちが増す。
だから何だって言うのよ。私には関係ないっつーの。
「臣籍降下の件、先程ギアス様にお聞きしましたわ。
念願成就、おめでとう御座います」
そう言った私を見て驚いたあと、イアン様は悔し気な表情をした。
「あいつ……! 私の口から一番に告げたかったのに! 絶対ワザとだな!」
ブツブツと文句を言っているイアン様に、いい加減、苛立ちがピークに達する。
「それで、リンゼル公爵様は、その事を教えに来てくださったのですか?
わざわざ元婚約者のわたくしに?」
苛立ちからつい、そのような嫌味な言い方をしてしまった。
これでは、私の方が未練があるみたいじゃないの⁉︎
後悔したが、今喋るともっと後悔するような言葉しか出ないような気がする。
そう思って、なるべく話さないようにしなければと、気を引き締めた。
「あ……。エレノア嬢? 何か気に障るような事、私は言ってしまったのだろうか?
あ! すまない。
婚約解消の件では、きっと驚いただろう。
エレノア嬢は、私が王族だったから、今まで言いたい事も何も言えず、ずっと我慢させてきただろう?
王妃の件もあるし、王族である私とは婚約解消した方が、エレノア嬢の肩の荷も降りると思って、一旦婚約を解消したんだ。
驚かせてしまって、本当にすまなかった」
「……」
喋ってはダメよ。
今喋ると、自分で自分が抑えられないくらいの悪態を吐きそうだから。
「あ、あの……だけど、ようやく私は王族籍を抜けられた。だから、これでもう、エレノア嬢は王家を気にする事なく、自分の気持ちに正直に話す事が出来ると思うのだ」
イアン様はそう言ってくるが、今更何を言っているの?
正直に喋ったら、ここに来た事を後悔するわよ⁉︎
私がそんな事を考えている事など気付きもしない様子で、イアン様は言葉を続けた。
「そのうえで改めて私は貴女に求婚したい。
貴女が好きだ。
前の時は貴女に色々と失礼な事をしてしまったが、もう二度と同じ過ちを犯すつもりはない。
だからどうか、もう一度私と婚約を結んでほしい。
これからは貴女を大切にし、全力で守ると誓う。
これは私自身の願いであり、誰の力も関与しない。
だから、貴女も正直な気持ちで返事をして欲しい。
王族籍を抜けた私に遠慮はいらないよ。
もちろん、公爵だからとか気にしなくていい。
貴女が嫌だと思うなら……断ってくれても構わない。
貴女にはその権利があるのだから、その時は潔く諦める……かな?
いや! その時はちゃんと諦める!」
「……」
変わらず無言を押し通す私に向かって、あのイアン様が怯みながら聞いてくる。
「エレノア嬢? 怒ってる?
あ、返事はすぐでなくても構わないんだけど……ゆっくり、じっくり考えてからで……。
……って、えっ⁉︎ 泣いているのか⁉︎」
いつの間にか私は涙を流していたようだ。
私の涙を見て、慌ててオロオロしながら、何とか宥めようとするイアン様に対し、とうとう我慢が出来なくなって、私は口を開いた。
「ふざけないでよ!
何をいきなりやってきて勝手な事言ってんのよ!
私の気持ちを全く確かめずに、勝手に判断して勝手に婚約解消して、挙句にまた婚約して欲しいだぁ⁉︎
全く冗談じゃない!
しかも貴方の気持ちは、私が断るとすぐに諦められるほど安っぽいものなの⁉︎
断られても何度も何度も諦めずにアタックする気概もないわけ⁉︎
これだから元王族の坊ちゃん育ちは困るのよ!
いくら武術に優れて強くても、全然気持ちがついていってないじゃないの!
もっと心を強くもって、何を一番に守るべきなのか、何をすれば相手の為になるのか、もっとよく考えて一番いい選択が出来るように、もっと大人になりなさいよ!
貴方に振り回されて、私はもうヘトヘトなの!
本当に私を想うなら、私の心をちゃんと守ってよ!」
涙でぐしょぐしょになりながら、気がつけば一気に言いたい事を吐き出していた。
イアン様は微動だにせず固まっている。
ヤバい。またやらかしてしまった……。