37.婚約解消
「え? ファクソン伯爵令嬢との婚約を解消したい?」
陛下が驚きながら、私に聞き返してきた。
「はい。元々この婚約話は、王妃より強引に決められたもの。しかし、今や王妃は静養中の身にて、私の婚約話に興味などない事でしょう。
なので、これを機にこの話は解消して頂きたいのです」
私は陛下にそう伝えた。
王妃が繋いだ縁は切っておく。
そして今度は、自分の想いで縁を繋ぎたいと考えたのだ。
「イアンはファクソン伯爵令嬢を気に入っているように見えたが、違ったのか?
本当に婚約解消していいのか?」
陛下は、不思議そうに首を傾げながら、そう言ってくる。
「はい」
「そうか、分かった。ファクソン伯爵家には私から伝えておこう。
て、イアンよ。次の婚約者はどうするのだ?
居ないままではあるまいな?」
第二王子の立場として、年齢的にもこのまま婚約者なしというわけにはいかないだろう。
「陛下。それに関してですが、お願いがあります」
私は陛下に、自分の思いを告げた。
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「え!? 婚約解消!?」
ここは、ファクソン伯爵家の家族で過ごす団欒の部屋。
今日は商会には行かず、家でゆっくり過ごしていた私に、父が血相を変えて入って来て、開口一番、
「婚約解消だそうだ!」
と叫んだのである。
「そうだ! 婚約解消だ! 最近、エレノアと仲良くしてると思っていたのに、まさかの婚約解消とは!」
青白い顔でそう叫ぶ父に、母もビックリする。
「エ、エレノア? 大丈夫? ほ、ほら良かったじゃない! これで王族のイザコザから解放されるわね?」
「そ、そうだな! やっと解放されるんだ。
この3年間、我慢した甲斐があったな?」
父母がそばで、私を慰めようと必死で言葉を紡ぐが、呆然として言葉が耳に残らない。
え? どういう事?
イアン様との婚約が無くなった?
まさかの展開についていけない。
つい、先日まで毎日のように商会に来ていたイアン様が、ここ数日来なくなったので、不思議には思っていた。
何だかそれが物足りなくなって、商会に行く気になれず、今日は家でゴロゴロ過ごしていたというのに……。
呆然としたまま、実感が湧かない。
イアン様、何故前もって教えてくれなかったんだろう?
そういえば、最後に会った日は、急にフラフラとなりながら帰っていってなかったっけ?
色々思い浮かべてみるが、分からないままだ。
でも、そうよ。これで王族と関わらなくてすむ。私には分不相応だったのよ。
「お父様、お母様。わたくしは大丈夫ですので、そんなにお気に病む事はなさらないで下さいませ」
とりあえず、父母に安心してもらうように笑顔でそう言うが、何故か心の奥にチクリとした痛みのようなものを感じた。
イアン殿下と私の婚約解消の話は、瞬く間に社交界を駆け巡っていった。
誰もが「やっぱり」といった感じで、イアン様の次の婚約者は誰になるのか、話は盛り上がっていく。
未婚の令嬢達はもちろん、自分の娘を売り込もうと名のある貴族達が、こぞって名乗りをあげ始めた。
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「ちょっと! どういう事ですの!?」
何故か屋敷にエリザベス様がやって来て、いきなり私にそう言ってくる。
「落ち着いて下さい、エリザベス様。
いきなりそんな事言われましても……」
「何、悠長に構えてるの!? 本当にイアン殿下と婚約解消していいの!?」
エリザベス様とは、あの遠征の時以来、何故か時々お茶をする仲になっていた。
エリザベス様は、遠征の時にダミアン王太子殿下の事を意識し始め、ついには王妃様にはっきりと自分の気持ちを伝え、決別した事で、完全に見直したそうだ。
それからは、王太子殿下といい関係性を築きつつあると聞いている。
だから、イアン様の事はキッパリと諦め、私を応援すると先日言われたばかりだ。
いや、応援って別に……とは思ったが、悪い気はしなかったんだけど……。
「知りませんよ。わたくしは何も聞かされないまま、突然婚約解消を言い渡されたほうなので」
モヤモヤした気持ちを何とか抑えながら、そう返答する。
「あら、そうなの? でも変ね? イアン殿下はあなたの事、絶対気に入っていると思ったのに……」
不思議そうにそう話すエリザベス様を見ながら、胸のモヤモヤが苛立ちに変わる。
ええ! 私もそう感じていたわよっ! だからちゃんと向き合う事にしたのに、まさかの手のひら返しって、どうなの⁉︎
これだから権力者は信用ならないのよ!
「とにかく、もう手続きも終わりましたし、わたくしはもうイアン殿下の婚約者では無くなりましたわ。
エリザベス様のお力になれず、申し訳ありません」
将来、このままイアン様と結婚したら、エリザベス様とも親戚になるんだなぁって、漠然と考えていた自分が恥ずかしいわ。
あ、なんかイアン様の事を考えたら、腹が立ってきた。
何なの?
3年間放置したくせに、急に人を惑わせ、更にはこの勝手な婚約解消という仕打ちはっ!
そうしてエリザベス様が帰った後も、私はずっと苛立ちが続いていた。
明日より毎日一話ずつの投稿になります。
最終話は8/19の予定です。