35.意味深な言動
私は今、ファクソン商会の中の商品開発部に来ていた。
あの謁見での出来事の後、わが商会が取り扱う保冷商品に関して、安全性を認めたとの公式発表が王家から成された事で、また売れ行きが戻ってきたのだ。
冷菓もまた順調に売れ行きを伸ばし、一時的に悪化した経営もまた上昇し始めた。
「お嬢様、第二王子殿下と魔術師団副団長様がお越しになっています」
「え? また?」
メイドのマリンからの報告を受け、ついそう言ってしまう。
あの謁見の時から、この二人は何かとここにやって来るのだ。
魔術師団の特別団員として任命を受けたが、魔術師団に毎日赴く事はなく、必要に応じて、団長からの呼び出しが掛かった時に出向いたら良いとの事だった。
なので、いつも通り商会にて、氷魔法で冷菓を作ったり、角氷などを作ったりしていたのだが……。
何故かこの二人は示し合わせたように、二人連なって連日のようにやってくる。
来たものは仕方ないので、部屋に入ってもらい二人を出迎える。
「ようこそお越し頂きました。イアン様とギアス様におかれましては、お忙しい中、本日はどのようなご用件でございましょう?」
ほぼ連日同じ挨拶だが、毎日来るなという意味も込めてあるので仕方ない。
「今日も来ちゃったぁ! だって、私は魔術師団副団長として、氷魔法の伝道師であるエレノア嬢を守らないといけないからね」
にこやかにそう答えるギアス様に対して、イアン様がムキになる。
「何を言っている! 私が! 私の婚約者を守るようにと兄上から言われているのだ!
ここは私がいるから、ギアス殿は不要だ!
それに、人の婚約者の名前を気安く呼ばないでもらおうか!」
イアン様は最早、あの遠征での崇高な鬼神の面影など微塵もない。
思えばこの二人も、だいぶん馴れ合ってきているなぁ。
二人とも、息がぴったりよ?
そんな事を思いながら、お茶の準備をマリンに頼む。
マリンは私がほとんどここで過ごしているから、屋敷から一緒にここに来て、私の世話をしてくれていた。
「マリン、いつもありがとう」
突然の訪問にも関わらず、マリンはきちんと対応してくれる。
「いえ、もうすぐ来られるかと思って、準備しておりましたから」
だよね~。
全く二人とも、本分を忘れてはいないだろうか?
お茶の準備が整ったので、いつものように3人でお茶を飲む。
すると、徐にギアス様が私とイアン様を見比べ、首を傾げた。
「なんだ?」
不機嫌にギアス様に問いかけるイアン様に対して、ギアス様は遠慮なく問う。
「いえ、お二方は婚約して三年経っているのですよね?
いつ結婚なさるのかなぁと思いまして」
その質問に、私とイアン様は同時にむせ返る。
「な、なにを突然⁉︎」
イアン様が慌てて口元を拭きながら、反応した。
「う~ん、二人が結婚するイメージが湧かないんですよね。
もし、婚約解消とかされるなら、私がエレノア嬢の次の婚約者に立候補しちゃおうかな~って考えてまして」
「「はぁ~~⁉︎」」
ギアス様の言葉に、私とイアン様が同時に叫ぶ。
「えっ⁉︎ ギアス様って、結婚してなかったの⁉︎」
てっきりすでに結婚しているものだと思い込んでいた私は、思わず素で聞き返してしまった。
「やだなぁ、私に妻がいるように見える?
私は今まで研究一筋で、結婚とかまるで興味なかったから、婚約者もいないよ?
ちなみに私はまだ27歳だから、エレノア嬢とは釣り合うよね?」
そうにこやかに言ってくるギアス様に、色んな意味でびっくりする。
今まで結婚に興味なかった人が、私とは考えられるの⁉︎ そんな目で見られていたなんて思いもしなかった!
それにそういえば、まだ27歳だったわ!
魔術師団の副団長になるくらいだから、てっきり30代後半だと思い込んでいて忘れてた……。
あまりの事に言葉が出てこない私を隠すように、イアン様が私の前に出てギアス様に怒り出した。
「ふざけるな! 私達は婚約解消などしない!
兄上より先に結婚するのは憚られるから、時期を考えているだけだ!」
そう叫ぶイアン様にもびっくりした。
「えっ⁉︎ そうなのですか⁉︎」
思わずそう叫んだ私を見て、ギアス様がニヤリとする。
「なんだ、全然二人とも疎通が取れてないじゃないか。
イアン様、結婚は二人で行なうものですよ?
片方の意見だけで決めると、この先不幸な結婚生活が待ち受けているかも知れない。
エレノア嬢、この際よく考えてみて?」
笑みを崩さず、余裕のある態度でそう言うギアス様に、少し違和感を感じながらも、
「当家から断れる立場ではありませんので」
と答える。
その私の言葉に、ショックを受けた様子のイアン様は、
「今日はこれで失礼する……」
とだけ言って、フラフラと帰っていった。
その様子を見ながら、ギアス様はクスクスと笑い始める。
「いや~、イアン殿下、いいね! あんなに面白いキャラだとは思わなかったよ!
凄くからかい甲斐があるね!」
そう言って、笑い続けている。
「ギアス様、もしかしてイアン様をからかっただけですか?
王族であるイアン様に対してそんな事すれば、不敬罪に問われても知りませんよ?」
先程感じた違和感の意味が分かり、ホッとしながらも、私自身も揶揄われた事に少しムッとしてそう言った。
「大丈夫だよ。実は団長からイアン殿下をけしかけるように頼まれたんだ。
イアン殿下は、素直じゃないヘタレだからね?」
団長という事は、サイラス大公様か。
イアン殿下が素直じゃないヘタレって、どういう意味?
首を傾げる私を見て、ギアス様はクスッと笑った。
「君もまた素直じゃないのかな? その上とても鈍感だ」
はぁ~っ⁉︎
いきなり喧嘩売ってきたのか⁉︎
私はイラッとした表情を隠しもせずに、ギアス様を見ると、ギアス様はやはり余裕のある笑みを浮かべていた。
「あぁ、私にとってはとても分かりやすくて良いんだけどな……」
少し寂しそうな表情をしながらそう言うギアス様に、
「今日のギアス様は少し変ですよ」
と返す。
「そうだね。じゃ、私も今日はこの辺で失礼するよ」
そう言ってギアス様は立ち上がり、部屋のドア前まで行くと振り返ってこちらを見る。
「じゃ、またね」
そう言ったギアス様は、いつもの元気なギアス様で、私は安堵しながら送り出した。