30.策略
「失礼致します」
ドアをノックし、許可と共にそう言いながら部屋に入ると、イアン様はソファに座ってお茶を飲んでいた。
イアン様は笑顔で顔を上げたが、私達二人を見た途端、無表情になる。
「何故ギアス殿がここに?」
不機嫌さを隠そうともせず、そう言ったイアン様にギアス様は笑顔で挨拶をする。
「ちょうど先程まで、エレノア嬢と商品開発について話し合っていたのです。
イアン第二王子殿下におかれましては、ますますご健勝のことお喜び……」
「そんな大袈裟な挨拶はいい。先日もここで会ったではないかっ」
「そうでしたっけ?」
この2人は顔を合わせればこのような調子だ。
はぁ~と、溜息をこぼしてから私も挨拶をした。
「ようこそお越しくださいました、イアン様。本日はどのようなご用件でしょうか?
お約束はしていなかったかと存じますが……」
そう言った私に、バツの悪そうな表情をして謝ってくる。
「先触れもなく来てすまない」
「あ、いえ。ここは商会ですし、先触れなく来られるのはギアス様も同じなので」
私がそう言うと、イアン様はギアス様に向き直り、
「ギアス殿! 貴方はここに入り浸りすぎなのでは!? 魔術師団本部の副団長としての仕事があるんじゃないのか?」
と、厳しく諭した。
「大丈夫ですよ。ここに来ると刺激がもらえて、新たな発見が出来るので、団長からも許可は出ています」
イアン様の様子とは真逆の笑顔で、ギアス様はそう返答する。
牽制し合う二人に構わず、イアン様の前の席に座って、出されたお茶を飲む事にした。
ひとしきり二人は攻防を繰り広げた後、ギアス様は今日はこのまま帰って行った。
「疲れた……。ようやくちゃんと話せる」
そう言ってイアン様は、今日来た理由を話し始める。
「エレノア嬢、少し厄介な事が起こるかもしれない」
イアン様にそう言われて、私は首を傾げる。
「王妃が貴女の周りを調べている」
「え?」
イアン様にそう言われて、私はますます疑問に思う。
「王妃様が? 何故わたくしを?」
「原因は君の家が急に栄えてきた事にあるだろう」
イアン様にそう言われ、なるほど、と納得してしまった。
王妃様の考える、イアン様の婚約者の条件から、最近の私は大きく逸脱してしまったのだろう。
「君の商会の扱う商品について、これから色々と難癖をつけてくるかもしれない」
イアン様は、そう言って私を真剣な目で見てくる。
そうか。私はまだイアン様に何一つとして、自分の力について話した事がない。
多分イアン様も、何か勘づいているのだろう。
むしろ、今までよく何も聞かずに黙っていてくれたものだ。
「イアン様」
私も真剣な目でイアン様を見つめ返す。
そろそろこの人を、ちゃんと信じていいかもしれない。
いや、とっくにイアン様に信を置いていたが、自分の能力を話す勇気が出なかっただけだ。
でも、ちゃんと向き直らなければ。
「貴方にお話ししたい事があります」
私は、前世の記憶という事は話さず、それ以外の事を全て話す事にした。
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「聞きまして? ファクソン商会の保冷商品に、魔物の肉を使っているらしいですわよ!」
「まぁ! なんて恐ろしい! 使ったら病気とか感染するんじゃありませんの!?」
「あのファクソン伯爵家の裏山にある自然氷室は、元々は王家の土地だったそうじゃないか。貴重な物が見つかったのなら、王家に返上するのが当たり前ではないのか?」
「その通りだ! 欲張ってそれで商売しようとするなんて、なんて図々しいんだ!」
最近、このような噂が王都中を賑わせている。
それと共に売り上げも半減し、返品も続出していた。
「どうしましょう、あなた。このままでは商会が立ちいかなくなりますわ」
「根も葉もない噂だ! あの裏山は代々うちの土地だし、氷室だってエレノアが作ったものなのに!」
私は両親がこの噂に憤慨しているのを横目に、どうしたものかと考えていた。
「イアン様の言う通りになったわね……」
もう王太子に決定しているのはダミアン様なのに、いつまでもイアン様を推す勢力があるという。
それはダミアン様が、いつまで経っても頼りなく、オドオドしているから。
あの遠征の時に見せた、頼りがいのある、しっかりとしたダミアン様の方が珍しかったそうだ。
いつもは、常に王妃様の顔色を窺い、か細い声で、言われた事にそのまま頷くだけだと聞いている。
「これはダミアン様にも頑張ってもらわないとね……」
ダミアン様の事は、イアン様が何とかしてくれるだろう。
私は、近々王妃様に呼ばれるであろう日に備えて準備をしていた。
そんなある日、とうとう王宮からの呼び出しがかかった。