27.転機
「何故です?」
結局一緒の馬車に乗り、家まで送ってくれる事になったイアン殿下に聞いてみる。
何故そんなに必死で謝るのか、分からない。
あまり深く関わらず、静かにフェードアウトしてくれないかなぁ。
でないと、決心が鈍ってしまう。
最近の殿下は、とても優しくて私を気遣ってくれるから、情が湧いてきているのだ。
これ以上は危ない。
「わたくしへの気遣いは無用だと申し上げたはずです。挽回などする必要は……」
「君に好意を持っている」
イアン殿下は私の言葉を遮って、衝撃的な発言をした。
「え?」
「君に好意を持っているんだ」
聞き返した私に、もう一度イアン殿下は私の目を見ながら、はっきりとそう言った。
「だから、このまま、また君と距離を置く事はしたくない。
だから、私にチャンスを与えてほしい」
真剣な表情でそう言ってくるイアン殿下に、私は言葉を失った。
そしてイアン殿下を見ながら私は思う。
これは誰?
イアン殿下は、こんな事を言う人だった?
硬派で冷静沈着で有能だと評判の高いイアン殿下は、女性を寄せ付けず、孤高の人というイメージだった。
ダミアン王太子が即位した暁には、臣籍降下すると専らの噂で、そうなれば、私は婚約破棄されるのだろうとも陰で言われていたのに。
今のイアン殿下の言葉を、そのまま鵜呑みしてもいいのだろうか?
「君は先程、私に信じるままに進んで決めていいと言ってくれた。
この私の気持ちを信じるままに、進んで行きたいと思っている。
しかし、こういう事は一方的に決める事ではないだろう?
だから、君にも私とちゃんと向き合って、私との未来を決めてほしい。
お互いをもっとよく知り、その上で君の答えを尊重したいと思う」
真摯にそう伝えてくるイアン殿下を、もう簡単に突き放す事は出来なくなった。
乙女ゲームの世界かもしれないという不安要素だけで、イアン殿下を拒絶するのは違うのではないか。
記憶が戻ってから、自分が傷つきたくなくて、イアン殿下との距離を置いていた。
でもそんな私の考えは、こんなに真剣に考えてくれているイアン殿下に対し、あまりに失礼だ。
「分かりました。
イアンでん……イアン様。それでは、少しずつこの3年間の空白を埋めて行きませんか?
そして、今後私達がどうしたいのか、一緒に考えていきましょう」
もしかしたら、この決定が後になって後悔する時が来るかもしれない。
しかし、イアン様とちゃんと向き合わなければと強く思った。
「ありがとう、エレノア嬢」
ホッとしたような顔で、そう伝えてくるイアン様に、鼓動が激しくなっているのを必死でかくしながら、頷いた。
パーティの日以降、イアン様は宣言通り、お茶会の日以外でも、時間があれば私の所に会いに来てくれた。
一緒に市井に買い物に行ったり、少し遠出をしてピクニックに連れて行ってくれたり。
花束の贈り物はかかさず、買い物に行った際は、私が気に入ったものなどをこっそりと買って後でプレゼントしてくれたりと、サプライズも忘れずに。
その私達の姿は多くの人たちに目撃されており、いつの間にか(相手にされない婚約者)から、(仲睦まじい婚約者)として認識されるようになった。
同時に、私はファクソン伯爵家の新しい商会を立ち上げ、冷菓の売り出しや、それに使用する保冷剤も試験的に活用する事にした。
そして商会が経営する店を開店させ、私も出来る限り店に行っては、領地の特産品や、それを使った冷菓などの売れ行きを確認する。
店の中ではイートインスペースがあり、そこでかき氷やシャーベット、アイスクリームなどの冷菓の提供はもちろん、ゼリーやプリンなど一部の持ち帰り可能な商品は、保冷剤を開店サービスとしてつける。
その際、保冷剤は魔法で決して中身を開けられないようにしているが、万が一を考えて、絶対食べ物ではないことの説明は欠かさず、次回からは保冷剤にもお金を貰うようにした。
何とこの保冷剤に扱われているスライムゼリー、氷魔法で凍らせると通常で3日、冷暗所で保管すると1週間は凍ったままの状態を保持するのだ。
王都の中で初の冷菓が食べられる店として、開店後、瞬く間に噂が広がり、連日大勢の人達が食べに来てくれたり、購入してくれた。
保冷剤の浸透とともに、保冷枕や、冷却タオルなど、スライムゼリーを活用した保冷グッズも売り出した。
冷蔵庫のないこの世界。
まして氷室を持つ家などは、1割にも満たない。
なので、溶けてしまった保冷グッズは水に漬けてもひんやりとするため使えるが、溶けた保冷グッズを商会に持ってきてもらうと、その商品の3割のお金で買い取るシステムを取り入れた。
その工夫があってか、売れ行きはうなぎ登り。
王都に一大ブームを巻き起こし、ファクソン伯爵領も今までにない活気を見せ、領地全体が潤いを見せ始め、それと共に貧乏だったファクソン伯爵家は復興していった。