26.すれ違い
「わたくしからもお話があります」
私はこれ以上、話が拗れる前に、早々に話を切り出した。
「3年前、王妃様の命により、全く面識のなかったわたくしとの婚約を宛てがわれ、イアン様も困惑された事でしょう。
まして、うちの家はイアン様をお支えする力もない貧乏伯爵家。
ご不満に思われていた事は、十分に理解しております。
わたくしは、イアン様が望まれるなら、何時でも婚約解消に応じるつもりでございます。
なので、無理にわたくしに気遣って頂かなくても大丈夫でございます。
これまで通り、イアン様はご自分の信じる道にお進み下さい。
わたくしは決して、イアン様のお決めになった事に逆らったりは致しません」
一気に想いを伝えて、ホッと息をつく。
これで、もしイアン様がこれから誰かと恋に落ちても、私を断罪しようとせずにすぐに婚約解消に動いてくれるだろう。
エリザベス様と王太子様の事は、成り行き次第で見守りたいとは思うが、まずは自分の不安要素は回避しておかないと。
今日のパーティに参加して改めて思ったが、やはり、私ではイアン様とは不釣り合いだ。
周りの反応が、その証拠だ。
誰もが、私をお飾りの婚約者と、蔑んでいるような目で見ていたもの。
これで、イアン様の肩の荷も降りるはず。
「イアン様。いえ、イアン殿下。
わたくしはこれで失礼させて頂きますわ」
そう言って、イアン殿下に背を向ける。
これでいい。
明日からはいつもの生活に戻り、婚約解消までに少しでもお金を貯めて置かないと。
多分イアン殿下に婚約解消されたら、次の婚約者は見つかりそうにないものね。
弟に迷惑をかけずに、領地の隅で商会の手伝いをしながら、静かに生きていくのが目標だ。
私は早々にパーティから辞して、屋敷に戻る事にした。
「殿下」
「……」
「イアン殿下!」
「……あ?」
護衛騎士ではあるが、今日はパーティにて伯爵令息として参加していたオーウェンが、イアンに話しかける。
「いつまで呆けているおつもりですか?
もうとっくにファクソン伯爵令嬢は帰りましたよ?」
その言葉に、イアンはハッとする。
なんて事だ。この俺が思考停止するなんて……。
しかし、まさかエレノア嬢にあんな風に思われていたなんて思いもしなかった。
確かにお茶会をすっぽかしていた時は、そんな風に思われていても仕方ないと思う。
だけど、エレノア嬢を医務室に連れて行ってから以降、自分なりにエレノア嬢と交流を深めてきたはずだ。
遠征では、ギアスにヤキモキしたが、それでも空いた時間は彼女に話しかけ、遠征から帰って来てからは、花束を贈って私なりの気持ちを伝え、婚約者らしい関係を築こうとした。
でも、それもこれも全部彼女には伝わらなかったという事か?
「オーウェン……私はどうすればいいと思う?」
武術や知識、魔力の向上など、自分を磨く事に集中し、その道ではそれなりの自信はある。
しかし、女性の扱い方は分からない。
第二王子の立場として、子を成すことで争いの基になるのではと、結婚は気が進まなかった。
しかし、エレノア嬢との会話は思いの外、心地いいと思い始めてから、このまま結婚するのも悪くないと思うまで、そんなに時間がかからなかったのは、やはり私はエレノア嬢に惹かれたからだろう。
自分の気持ちに気付いてから、今までの自分の行動を恥じるようになり、これから挽回しようと思っていたのに……。
あれは完全に私を拒絶する言葉だった。
「イアン殿下。3年間は決して短くはありませんでしたよ?
イアン殿下がファクソン伯爵令嬢と向き合ったのは、たったの数ヶ月です。しかも遠征を除くと、王子妃教育の後のお茶会の数回のみ。
殿下の気持ちを伝えるには、圧倒的に努力が足りません」
「お前はいつも遠慮なく言ってくれるよな」
「では、これからは言わないようにします」
「……いや、これからもちゃんと指摘してくれ」
私の言葉に、オーウェンはニヤッと笑って
「御意」
と返答する。
全く、この幼なじみは痛いところを突いてくる。
しかし、全部本当の事だな。
私は、圧倒的にエレノア嬢に対して努力が足りなかった。
婚約解消する気は毛頭ないが、このままなし崩しに結婚してはエレノア嬢に失礼だ。
私自身、エレノア嬢とはちゃんと向き合っていきたい。
「まずは先程の、エレノア嬢の誤解を解かなければならないな」
私はすぐにパーティ会場を抜けて、馬車乗り場に向かう。
馬車乗り場が見えた時、丁度エレノア嬢が馬車に乗ろうとしているところだった。
「エレノア嬢!」
大きな声で、彼女の名前を呼ぶ。
私の声に気付いた彼女は、目を丸くして私を見た。
「イアン殿下?」
「待ってくれ。家まで送る!」
何とか間に合って、一緒の馬車に乗り込む。
そして、彼女と向き合って再度頭を下げた。
「すまない!」
「え?」
「君に嫌な思いを3年間もさせてきたのに、君の気持ちも考えずに軽々しく許してほしいだなんて、虫が良すぎる話だった。
君が許せないのも当然だ。
でも、私は君と婚約解消するつもりはないんだ。
いや、厳密には、つい最近まではそのつもりだったが、君と話しているうちに、婚約解消を考えなくなったんだ。
遅いかもしれないけど、これからちゃんと君と向き合いたいと思っている」
エレノア嬢は、ポカンとした表情で私を見ている。
その顔も可愛いと思ってしまう自分は、どうやら重症だ。
「だから、改めて私に挽回のチャンスを与えてほしい」
私はエレノア嬢にそう言って、再度頭を下げて、彼女に縋った。