23.イアン殿下の色
「このドレスは一体……」
私は今、非常に困惑している。
イアン様から贈られてきたドレスを着ているのだが、この色は……。
「まぁ! エレノア! イアン殿下の色ね! とても綺麗だわ! よく似合っているわよ」
母が私のドレス姿を見て、とても感激していた。
新緑色のエンパイアドレスで、胸下の切り替え部分からダイヤモンドを散りばめたプラチナ色のレースがあしらわれている。
アクセサリーもそれに因んで、エメラルドとダイヤモンドのプラチナネックレスや、イヤリング。
そう。つまりはイアン様の色のみで作られていた。
当日まで、ちゃんと確認しなかった私が悪い。
悪いけど、誰も教えてくれなかった。
「マリン!? 採寸合わせの時のドレスって、これだった!?」
私付きのメイドのマリンにそう聞くと、
「お嬢様に当日喜んで頂きたかったので、採寸の時は、別のドレスを用意しました。
それを元に贈られてきたドレスをお直ししようかと思いましたが、思いの外ピッタリだったのです。
流石は一流どころを揃えている、王宮のお抱え仕立て屋ですわね」
と、穏やかに返答した。
くっ! マリン……。あなただけは私の味方だと思っていたのに……!
このドレスでパーティに向かうと思うと、もうすでに帰りたい。
いや、まぁ、まだ家から出てもいないけど……
すでに疲れ果てていた私の元に、もうすぐ着くというイアン様からの先触れが届いた。
イアン様、びっくりするだろうなぁ。
きっと、イアン様はこのドレスの色を知らないんだろう。誰かに適当に依頼して作らせたドレスに違いない。
でないと、こんな色のドレスを選ぶはずないもの。
こうなれば、イアン様にも恥ずかしい思いをしてもらおう!
人任せにしてドレスを贈った報いを受けるがいい!
半ばヤケクソでそう考えていると、イアン様が到着したとの連絡が入った。
「エレノア、お着きになったみたいよ。
さぁ、行きましょう」
母がそう言って、私をエントランスホールまで連れていく。
階段下のエントランスホールでは、先に父がイアン様のお出迎えをしていた。
そこに降りて行くと、父と話をしていたイアン様と目が合う。
「イアン様、本日はお迎えに来て頂き、ありがとうございます」
「……」
カーテシーをしながら、イアン様に挨拶をするが、返事がない。
そうか。やっぱりこのドレスの色を見て、引いてるんだ。
私だって好きで着ているわけじゃないんだからねっ!
イラッとしながら、顔をソッと上げる。
すると、イアン様は今にも沸騰しそうな程真っ赤になって、口元を手で押え、とにかく今まで見た事のないなんとも言えない表情になっていた。
もしや、あまりの色に怒っているのだろうか?
こちらに怒られても困る。
このドレスは貴方の名前で贈られてきたものなのだから、怒るならこれを注文した人か、人任せにした自分に怒ってほしい。
そう思いながら、声がかかるのを待っていると、イアン様の慌てた声がかかった。
「あ、エレノア嬢。と、とても似合っている。
綺麗だ」
うん、かなり動揺してるわね。
でも、自業自得だわよ?
これを身に着けている私の方が余程恥ずかしいんですからね?
そう思いながら笑顔で返答する。
「素敵なドレスを贈って頂き、ありがとうございます。このドレスに合う宝飾品も、とても気に入りましたわ」
「そ、そうか。それは良かった。
……では、エレノア嬢、行こう」
イアン様は顔を真っ赤にしたまま、そう返答して私をエスコートする。
あらあら、耳まで真っ赤。
これは余程怒りを必死で抑えているわね。
このドレスを注文した人、後で大丈夫かしら?
そんな事を考えながら、イアン様のエスコートで王宮に向かった。
「ねぇ、旦那様。イアン殿下って、あんなに分かりやすい方だったかしら?」
「いや……。あんな殿下は初めて見たよ。
この3年間、全くエレノアに興味を示さなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」
「きっと、この前の遠征でエレノアの魅力に気付いたのよ。
あの子は見た目は平凡だけど、中身は磨けば光る原石だもの! きっと、エレノアの非凡な才能にも気付いたはずよ!」
「そうか! そうだな!
あの才能と商才は、我々も最近知ったばかりだ。きっと殿下もようやく分かったのだろう!
だから急に花束を連続で贈ってきたり、今回パーティに誘ったりしたのだな!」
「あのドレスの色、殿下の色一色だもの!
あれ程独占欲が強い方だとは思わなかったわ!」
「ああ、それは私も意外だった。
この縁談は全く気乗りしなかったが、案外上手くいくかもしれないな」
「ええ! エレノアには幸せな結婚をしてもらいたいと思っていたんですもの。
今の感じだと、きっとイアン殿下がエレノアを幸せにして下さいますわね!」
エレノアの両親が、嬉しそうに2人を見送りながらそう話していたのをエレノアは知らない。