19.討伐終了
「観測の結果をお伝えします」
ギアス様の説明が始まる。
イアン様らが討伐している間、ギアス様は何も私とばかり居た訳では無い。
ちゃんと本来の仕事をしていたのだ。
私とはその合間の時間で、スライムの研究をしていただけ。
「パルバット山脈には、元よりとてつもない力を秘めた魔物が生息しており、それは予想ではドラゴンであると思われています。
そして、そのドラゴンの生態として繁殖期に入ると、巣ごもりをするための場所を求めて移動するらしいのですが、それが今回の魔物の氾濫に繋がったのかと思われます」
「ドラゴンが移動したから、その周辺の魔物達は逃げたのか?」
ギアス様の説明に、イアン様が質問する。
「そのようです。
魔物達は自分達より圧倒的に強い魔物が近づいた時、本能でそれを察知して、いち早く逃げます。
今回は、ドラゴンが南地区の国境に近しい場所に移動してきた為に、その周辺に生息していた魔物達が急遽逃げ場を求め、結界を通り抜けてしまった。この辺りの結界はドラゴンなどの大型の魔物を対象にした結界で、対象外の中型以下の魔物は、その気になれば結界を抜けられるという欠点がありました。
パルバット山脈に生息する魔物達は、普段なら、それぞれ自分らの縄張りがあり、結界を無理に通り抜けてきて人里近くまで降りてくる事もあまりなく、たまに群れからはぐれて入って来た魔物を、辺境伯領の騎士団が退治する程度で収まっていたのです。
しかし今回はそれが仇となり、中型以下の魔物達が一気になだれ込んできたと推察されます」
「ドラゴンはまだ近くにいるのか?」
今度は王太子殿下がギアス様にそう尋ねた。
「いえ。
魔力感知の観測した結果、どうやら巨大な魔力を秘めた魔物、つまりドラゴンはまた移動し始めたようです。
多分最近、入ってくる魔物達が減ったのは、その影響かと。
巨大な魔力は国境を離れて、またパルバット山脈の奥に向かって移動しております。
なので、それに合わせて周辺の魔物達も落ち着き、以前の状態に戻るかと考えられます」
ギアス様の説明に、みんな安心した様子だ。
終わりのない戦いほど疲弊するものはない。
討伐隊の人数が増え、最初に来た頃は意気込んでいた王都の騎士らも、いつ戻れるかと徐々に覇気を失いつつあった。
そんな中、この報告はみんなに希望を齎したのだ。
「予測では、あとどれ位で終息する?」
王太子殿下の質問に皆がギアス様に注目する。
「そうですね、ドラゴンの動きにもよりますが、多分あと一週間くらいで収まるかと」
その言葉に、会議に参加していたもの達は安堵した。
「皆、あと少しの辛抱だ。
終息したら皆に、褒美が出るだろう。
命をかけて王国の為に頑張ってくれている皆を、誇りに思う」
「現在は当初に比べるとかなり数は減ってきて、討伐も楽になってきている。
しかし、最後まで気を抜かず、皆が全員無事に帰還出来る事を目標にあと少し頑張ろうではないか」
王太子殿下の言葉に続き、イアン様の言葉に皆が歓喜し、また気を引き締めた。
イアン様目的の為だけに付いてきていたエリザベス様も、日々怪我をし、疲弊ししていくイアン様や騎士達を見て、何かを感じていたのだろう。
イアン様に付きまといながらも、食事の準備をする私の手伝いをしたり、騎士の人たちに労いの言葉をかけていたりもしていた。
そしてその様子を優しい目で見ている王太子殿下も……。
そして、私は怪我人の世話をしながら、熱が出た人には、こっそり氷魔法を使って氷嚢を作ったり、冷え○タやアイス○ン枕をギアス様監修のもと、スライムで作って使用したりしていた。
うん、これらもいつか商品化してやろう。
大変だったけど、思ったより有意義な時間を過ごせたこの遠征も、その後、ギアス様の予想通り一週間で終息を迎えた。
「色々とありがとうございました。
両殿下を始めとする皆様のお陰で、この領地の民を守る事が出来ましたこと、心から感謝致します」
車椅子に乗ったサルサローテ辺境伯が、頭を下げながら、そう言った。
今、私たちはサルサローテ辺境伯家のサロンにいる。
討伐終了した事を辺境伯に伝える為だ。
そして、大怪我を負っていたサルサローテ辺境伯も今では車椅子に座って対応出来るまでに回復していた。
「今回の魔物の氾濫は、ドラゴンが移動した事で起こったという事が分かった。
今後もまた起こりうる事を想定して、中型以下の魔物対策の結界も二重で張り巡らせたほうがいいだろう」
王太子殿下の言葉に、辺境伯は頷いた。
「そのつもりです。
結界を作ってもらうまでには時間がかかるでしょうが、今回のような事が繰り返さないためにも、教会に依頼します」
辺境伯の答えに、イアン殿下が王太子殿下に提案する。
「ここだけでなく、他の辺境伯領にも同じような事が起こる事を想定して、国から教会に依頼出来ないか陛下に進言してみましょう」
「そうだね。王都に戻ったら提案してみるか」
「はい」
王太子殿下とイアン殿下はとても穏やかに、その事について話していた。
その様子を見て、エリザベス様が首を傾げている。
「どうされました?」
私がエリザベス様にそう問うと、
「ダミアン様があんなに冷静に話せるなんて知らなかったわ。
だって、いつもオドオドしてたんですもの。
お城でもこんな感じのダミアン様なら、わたくしだって……」
と、やや拗ねたような口調でそう話す。
それから、ハッとして、
「な、何でもありませんわ!」
と、慌ててその場を離れた。
確かに、お城で出会う王太子殿下は、いつもオドオドしていた。
でも、ここでは自然体で過ごし、しかも頼りがいのある、まさしく王太子殿下に相応しい貫禄さえ見せていた事を思い出す。
何故、こうも印象が違うのか。
不思議に思いながらも、誰にもそれを聞くことも出来ずに王都へと帰還した。




