13.遠征出発②
イアン殿下にそう言われたエリザベス様は、慌てて私に向かって謝罪を始めた。
「エレノア伯爵令嬢! わたくしが悪かったわ! どうか許してちょうだい?
わたくし、どうしても遠征について行きたいの!
お願い! 貴女からもイアン殿下に取り成してくださるかしら?
皆様に迷惑をかけることはしないと誓うから!」
必死になって、そう懇願してくるエリザベス様に、びっくりする。
謝り方がちょっとアレだけど、エリザベス様は謝り方を知らないとまで言われているほど、人に謝らない。
そのエリザベス様がイアン殿下に言われると、こうも簡単に人に謝るのね?
私は軽く溜め息を吐いたあと、イアン殿下を見る。
まだ、怒りのままに冷たい視線をエリザベス様に向けているイアン殿下に、私は告げた。
「イアン様、もうその辺にして下さい。
まだ出発前からエリザベス様を外しては、公爵様も納得されないでしょう。
一応謝罪をされました事ですし、わたくしはもう気にしておりませんわ」
私がそう言うと、確かにここですぐにエリザベス様を外すのはあまり良くないと考えたのか、深い溜め息と共にイアン殿下はエリザベス様に告げた。
「リンクザルド公爵令嬢、二度目は無いぞ。
ちゃんと取り決め通りに大人しくしていてくれ。
それと、私の婚約者にもちゃんと敬意を払ってほしい」
最後のひと言で、エリザベス様の眉はピクッと上がったが、そのまま反論するわけでもなく、粛々と受け入れていた。
「ありがとうございます、イアン殿下。
他の皆様にもご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでしたわ」
そう言って頭を少し下げる。
周りの人達も、ホッとした様子で出発の準備を再開した。
それからはエリザベス様はとても静かにしている。
時々鋭い視線を背中に感じる事はあるけれど、真正面から睨んでこないので良しとしよう。
公爵家の私設騎士団も加わり、大所帯での移動となり、それなりに時間を要するが、安心感は抜群である。
しかし困った。
移動時の馬車に乗り込む際、それまで大人しくしていたエリザベス様が、4人で一緒の馬車に乗らないかと提案してきたのだ。
もちろん4人とは、王太子、イアン殿下、エリザベス様、私。
そんなの息も出来ないわと、早々に辞退したが、エリザベス様はしぶとかった。
高貴な方々との相乗りは気が引けるから、私は侍女たちと共に乗ると伝えたが、一応イアン殿下の婚約者である私を侍女たちの乗る馬車には乗せられないと、エリザベス様に言われてしまった。
「困ったね。じゃ、エリザベス嬢と二人で乗るかい? 私たちは兄弟で別の馬車を使うよ?」
そう優しく言った王太子を思わず凄い目で睨んでしまった。
こいつはさっきの私とエリザベス様とのいざこざを見ていなかったのか!?
優しく言えばいいってものではないんだからねっ!?
「プッ! ……あ、失礼。ここは、婚約者同士で乗るのが一番自然ではないだろうか。
さ、エレノア嬢、私たちはこちらの馬車に乗り込むよ」
そう言って、イアン殿下は私の手を引き、さっさと馬車に乗り込むと後に続かれないように扉を閉める。
これはまた、馬車から降りた時にエリザベス様に視線で殺されるのではないのだろうか。
馬車に乗った私は思わず溜め息を零す。
その私の様子を見て、イアン殿下は笑いを堪えているのか、肩がプルプル震えていた。
「別に笑いを堪えなくてもいいですよ」
不貞腐れながらそう言うと、イアン殿下は
「死ぬかと思った! あの時の君の目!
兄上の息が、一瞬ヒュッて止まってたぞ?
空気を読まない兄上も悪いけど、王太子をあんなに凄い目で睨む人は初めて見た!
ちょっと笑いすぎて腹が痛い」
と言いながら、ずっと笑っている。
ちょっと。
笑いすぎではないの?
この人、本当は笑い上戸だったのね。
またしてもイアン殿下の意外な面を見てしまい、どんどん印象が崩れていくと共に、不思議と親しみも覚えていく。
「エリザベス様と二人きりの馬車を想像したら、自然とあのような目になったのですよ」
私がそう言うと、イアン殿下も想像したのか、
「プッ! おいおい、止めてくれ。は、腹が痛い……ふふっ」
と、その後も当分笑っていた。
移動は順調に進んでいき、王都を出発してから二つ目の街に着く。
今日はここに泊まり、また明日からパルバット山脈に向けて移動を開始するのだ。
やはりと言うか、馬車から降りた時、私を凄い目で睨んでくるエリザベス様の視線を感じるが、イアン殿下を盾にさりげなく躱す。
イアン殿下の姿を見ると、たちまち乙女に変身して、凝りもせずイアン殿下に話しかけているエリザベス様は本当に逞しい。
貸し切りにしてある宿屋では、夕食は食堂で食べるようで、食堂に準備されていた。
「さぁ、イアン殿下。こちらにお掛けになって下さいまし。ここの宿は公爵家が管理してある所ですので、味は保証致しますわよ?」
エリザベス様はそう言って、イアン殿下を4人がけのテーブルに連れて行き、椅子を勧める。
そしてその横をしっかりと陣取ってから、私たちにも座るよう促してきた。
このような分かりやすい行動をするエリザベス様を見て、王太子殿下は何を思っているのだろう?
そう思って、チラリと王太子殿下を見ると、私の視線を感じた王太子殿下と目が合ってしまった。
「フッ……多分、君の視線も分かりやすいと思うよ?
大丈夫。私はもうエリザベス嬢の行動には慣れているからね」
王太子殿下は、そう言って微笑む。
「し、失礼致しました!」
私はそんな王太子殿下に申し訳ない気持ちになって、慌てて謝った。
そして、疑問に思ったことを聞いてみた。
「私の視線、そんなに分かりやすいですか?」
「ふふっ。そうだね、とても。
あぁ、馬車の乗り合わせの話の時は失礼したね。
あの時は、目で殺されるとはこういう事かと実感したよ」
そう言って、王太子は笑っている。
あぁ、穴があったら入りたい……。
私は恥ずかしくて、顔を上げることが出来なかった。