12.遠征出発①
あれから数日経ち、あっという間に遠征に向かう日となった。
「本当に大丈夫なのかい? こんな王子妃教育があるなんて、聞いてなかったのに!」
「そうですよ! 王妃様と側妃様も討伐に参加したなんて聞いた事ありませんでしたわ!」
父と母がそう言って怒っている。
そりゃ、聞いた事ないよね?
無理やりのこじつけだから。
しかも私なんて、ただ巻き込まれただけだから。
でも、それは言えない。
言ったら余計に父も母も、力のない自分達を責めるだろうから。
「大丈夫ですよ。実際にわたくしが討伐するわけではないのだから。
見学をしに行くだけだから、気楽なものですって。
だから安心してください」
私がそう言うも、二人とも不安そうな表情のままだ。
「失礼します。イアン第二王子殿下がお迎えにお見えになりました」
我が家の執事長がそう伝えてきたので、改めて父母に挨拶をする。
「では行ってまいります。心配いりませんわ。
わたくしが帰ってきたら、笑顔で迎えて下さいませね」
私はそう言って、玄関に向かった。
ちょうど迎えに来たイアン殿下が扉前まで来ていたようで、扉を開けると殿下の姿があった。
イアン殿下は私をチラリと見た後、後をついてきた父母に向かって挨拶をする。
「ファクソン伯爵、伯爵夫人。
この度は王家の事情でご息女を遠征に参加させてしまう事となり、申し訳なく思います。
必ず無事にご息女はお返しする事を約束するので、安心してください」
それは真摯な態度で。
王族であるイアン殿下が、伯爵である私の両親に敬語でそう挨拶した事に、私を始め、父母も周りも驚いていた。
しかし、そんな周りの視線も気にせず、礼節を保ったままのイアン殿下に、私は初めて意識してしまった。
たかだか21歳の少年とタカをくくっていたのに、自分の両親を大切に扱ってくれる姿勢を見た途端に意識するだなんて、私はなんて簡単な人間なんだろう。
「娘をどうかよろしくお願いします」
「お任せ下さい」
そ、そのやりとりは!?
まるで結婚する時の相手と父とのやり取りみたいじゃないの!?
見当違いの想像をしている私に、イアン殿下は心配そうに話しかけてきた。
「顔が真っ赤になっている。まさか、熱でもあるのか!?」
どうやら今の私は、顔が真っ赤になっているらしい。
ついでにあなたのせいで、動悸すらしてますわよ!?
「いえ、大丈夫ですわ。皆様をお待たせしては申し訳ありませんので、早く行きましょう?
では、お父様お母様。行ってまいりますわね」
そう言って、迎えの馬車に向かう。
あー、ビックリした。
まさか、意識したの、バレてないよね!?
早く平常心に戻るべく、なるべくイアン殿下の方を見ないようにしていたのに、私に追いついた殿下が、馬車に乗る時に手を差し伸べてきた。
「あ……りがとう、ございます」
だから、不意打ちはダメだって!
貴方からの優しさに私はまだ慣れてないんだからねっ
こんな感じで、討伐終了までの期間、私は無事に何事も無く過ごせるのだろうか……。
とても不安な気持ちで馬車に乗り込んだ。
一度王宮で集合し、公爵家の私設騎士団との対面式を終えた後で出発となる。
王宮に着いた私は、イアン殿下のエスコートで馬車を降りると、そこには待ち構えたようにエリザベス公爵令嬢が立っていた。
「イアン殿下! お久しぶりですわ! 殿下ったら、いつお訪ねしてもご不在なのですもの! でも、今回の遠征ではずっとご一緒出来ますわね!」
イアン殿下の姿を見た途端に駆け寄り、早口でそう話すエリザベス公爵令嬢に、私の考えは当たっていたと確信した。
やはりイアン殿下目的だったか。
イアン殿下と共に馬車から降り立った私に気付いたエリザベス様が、さっそく嫌味を繰り出してくる。
「あら、あなた、まさかイアン殿下に迎えに来るよう強要したの!?
いくら相手にされないからと言って、この機会にそういう手を使うだなんて、厚かましいとは思わなくて!?」
「いえ、そのような事はしておりませんわ」
私が否定した事が気に入らなかったのか、エリザベス様の目がより一層つり上がった。
「何ですって? イアン殿下が勝手に迎えに行ったとでも!? あなたはこの遠征ではオマケなのよ? ちゃんと分を弁えなさいよ!」
あなたこそ、イアン殿下の前でそんな強烈な姿を見せて大丈夫ですかー?
そんな事を思いながら、エリザベス様を冷静に見ていた。
何せ、エリザベス様は今の私と同じ歳だとしても、私の実際の人生経験値は47年分だ。
娘と言っても過言では無い程の若い娘が吠えてても、あまり気にならない。
私は気にならなかったけど、気になった人物がここに居た。
「リンクザルド公爵令嬢。そこまでだ。
私が自分の考えで迎えに行ったのだ。婚約者なのだから当然だろう?
それに、オマケとは随分な物言いだな。
王子妃教育の一環として参加を認めた陛下を侮辱するつもりか?」
冷たい視線でエリザベス様にそういうイアン殿下を見て、久しぶりに初めて会った時のことを思い出した。
そうだ。最近、色んな面を見せるイアン殿下と関わるようになったから忘れていたけど、本来は常に冷たい印象で、誰もあまり寄せ付けず、特に女性に対しては嫌悪感すら持っているような人だったと。
イアン殿下の発言に、エリザベス様は顔を真っ青にして言い訳を始めた。
「い、いえ! 陛下を侮辱だなんて、そんな事有り得ませんわ!
わたくしはあくまでそこの者に言ったまでで……」
「そこの者? 私の婚約者だぞ? 私の婚約者を侮辱するのは、ひいては私を侮辱する事と一緒だが?」
「イアン殿下を侮辱するつもりなど、微塵もありませんわ!
怒らないで下さいませ、イアン殿下!
わたくしはイアン殿下に嫌われたくはありませんのよ」
泣きながらイアン殿下に縋るエリザベス様を見て、私を始め、周りの騎士達がすでに疲れた顔で見ている。
分かるわー。
初めからこれじゃ、幸先が不安にもなるわよねー。
他人事のような目で二人のやり取りを見ていた私に、突然エリザベス様が私に注意を向けた。
「エレノア伯爵令嬢! 貴女からもイアン殿下に気持ちを収めるよう言って下さいませ!」
何故、私が?
そんな事、よく私に頼めたわね?
冷めた目でそんな事を考えている私を見て、イアン殿下が更にエリザベス様に怒り出す。
「君は自分が悪いとは思っていないのだな?
何故、そんな事を簡単にエレノア嬢に言えるんだ?
討伐前にこんな騒ぎを起こすなら、取り決め通りに、君の参加はなかった事にしよう」
王家は何も、公爵家の言うがままになった訳では無い。
ちゃんとエリザベス様を連れていく条件として、道中迷惑をかけない、騒ぎを起こさない、討伐の邪魔をしないなどの条件を出したのだ。
エリザベス様の性格上、これを守ってもらわないと、討伐の失敗の恐れがあり、最悪死者が出る。
この条件に反した場合は速やかに令嬢のみの退去を命じ、討伐参加の私設騎士団の協力や、寄付金はそのまま王家に献上する事となる。
そういったやり取りを全て呑んで、エリザベス公爵令嬢はこの遠征に参加したのだった。
かくいう私も、一応同じ条件だが、あくまで表面上の事。
まぁ、その条件自体、エリザベス様に向けてのみ当てはまるものだものね。
私は大人ですもの。
当然迷惑をかけたり、騒いだり、討伐の邪魔をするなんて事、しませんわよ?