11.何故私まで?
「まず君に魔物討伐をさせるつもりはない」
当たり前だ。
イアン殿下の説明に、胡乱げな眼差しのまま先を促す。
「事の発端は、王太子である私の異母兄の婚約者にある」
「リンクザルド公爵令嬢ですか?」
エリザベス・リンクザルド公爵令嬢は、ギルティ王国の筆頭公爵家のご令嬢だ。
とても気位が高く、我儘ですぐに人を見下すので、あまり近寄りたくない女性。
本来ならエリザベス様はイアン殿下を狙っていたらしいが、王妃のたっての希望で泣く泣く第一王子の婚約者となったと聞いた。
だから、私がイアン殿下の婚約者になった時、それはもう、けちょんけちょんに嫌味を言われ、嫌がらせを受けたものだ。
幸い、私はあまりパーティなどには参加しないので、あまり顔を合わせる事もなく、また王宮に来る際も、エリザベス様の苛烈な攻撃は有名なので、私と顔を合わせないようにメイド達も気を使ってくれていた。
「そうだ。そのリンクザルド公爵令嬢が、今回の討伐の遠征についていくと言い出したのだ。
もちろん、みんな断った。当たり前だ。何故魔物討伐に足手まといの令嬢など連れて行かねばならないのかと。
しかし、リンクザルド公爵令嬢は父であるリンクザルド公爵に頼み込み、公爵家の私設騎士団も魔物討伐に協力する事と、討伐隊にかかる莫大な費用も寄付金として半分持つと陛下に申し出たのだ。そしてその条件としてリンクザルド公爵令嬢も連れていくこと。
もちろん公爵令嬢の安全を期して、専属の護衛騎士も別に準備するし、世話をする侍女やメイドも準備するから迷惑はかけないと言ってきた」
「何故そこまでしてエリザベス様は遠征に参加したいのですか?」
そこまで準備するのは大変だろうに、エリザベス様に甘い父親はいとも簡単にその条件を出したようだ。
ならば、何故そこまでして参加したいのか?
全く意図がつかめない。
「令嬢が言うには、王太子があまりに心配で離れたくないらしい。
そんなに仲良くしていたとは知らなかった」
そう説明するイアン殿下に、この人は本当に他人に興味が無いのだなと感じた。
あまり社交していない私でも知っている。
王妃の目の届かないところで王太子を蔑ろにし、いまだにイアン殿下に執着しているらしいことを。
しかしイアン殿下の行動を掴めず、なかなか会えないでいるから、荒れているとも聞いていた。
そして私の事を、イアン殿下にお茶会をすっぽかされ、相手にされていない婚約者だと社交界で噂を広めたのはなにを隠そう、エリザベス様だ。
まぁ本当の事なので、なんの訂正も出来なかったが。
だからもしかして、今回エリザベス様が遠征に参加したいと申し出たのは、なかなか会えないイアン殿下に、ガッツリ会えるためなのではなかろうか?
イアン殿下は全くその可能性に気づいてもいないだろうけどね。
「でも、そんな理由では通らないでしょう? 遊びではないのですから」
私は当然断ったのだろうと思って、そう言ったが、どうやら違ったらしい。
「いや……。公爵家の私設騎士団の協力と寄付金は、正直王家としてもとても有難い申し出なのだ。王宮騎士団を討伐に連れていくにも、王都を守る義務もあるから限界がある。
それに準ずる費用もばかにならないからね。令嬢一人を連れて行くだけで、それだけの協力が得られるのならと、陛下が許可した」
なんて事……。
さすがは筆頭公爵家。無駄に財力があるわね。
しかし……。
「それで、何故わたくしまで一緒に行く事になっているのです?
わたくしの家は貧乏ですので、寄付金も出せないし、伯爵家独自の騎士団もありませんが……?」
私がそう尋ねると、イアン殿下はやはり申し訳ない表情になる。
「もちろん、君の家にそんな事は要求しない。
今回の件は、王妃が言い出した事なのだ。
王太子だけが婚約者を連れていくと、外聞が悪くなるから、私の婚約者も連れていくようにと」
また王妃か!
「王妃様がわたくしの護衛を準備して下さるのでしょうか?」
それは無いだろうと思いながらも一応聞いてみる。
「いや……。私が強いから、自分の婚約者くらい守れるだろうと、そう言われた……」
はーっ!
まっーたく役に立たない婚約者様ですこと!
この人、王妃にやられっぱなしじゃないのよ!
陛下も陛下よ!
何故王妃の暴走を止めないのかしら!?
なにこれ、もしかしてイアン殿下と二人まとめて現地でおっ死んできてこいって事!?
本当に王妃は害悪にしかならない天敵ねっ!
「陛下も公爵の協力は外したくないが、確かに婚約者をただ連れていく事は外聞が悪い。
なので、王太子妃、王子妃教育の一環として、魔物討伐とはどういったものなのかを知る目的で参加させようという事にしたのだ。
だから、君の護衛も世話係の侍女やメイドもこちらで準備するから、安心してほしい。
決して危ない目に遭わせないと約束しよう」
終始申し訳なさそうにするイアン殿下が、何だか気の毒に思えてきた。
いくら眉目秀麗、才色兼備、冷静沈着などと謳われ、剣の腕もたち、魔法技術も凄いと一目置かれる存在であっても、たかだか21歳の若造。
悪の権化の王妃や、体裁を気にする陛下にそう言われれば、何も言い返せないだろう。
ここは、前世をいれると47歳の大人の私が折れてあげるわ。
「分かりましたわ。イアン様のせいではないので、もう気になさらないで下さいませ。
これも勉強だと思って、参加させて頂きますわね?」
にっこりと笑ってそう言った私を見て、イアン殿下はようやく一息ついたのだった。