八.覆水の家路
「お忘れ物ございませんよう、ご注意ください」という鼻にかかった声のアナウンスを聞き流しながら、私は白線を踏み越え電車を降りる。
スーツを着た男性やキャリーケースを持った外国人に揉まれながら改札をくぐり、私はすっかり暗くなってしまった街へと踏み出した。
「じゃあ、また。いつか会おうね、茜ちゃん」
エスカレーターが隣接した階段が四方にある駅の連絡路で、前を歩いていた祈里が突然振り返る。涙ぐみながらも必死に笑顔を作ろうとしている祈里を見てはじめて、祈里にとってはこれが今生の別れになるかもしれないのだという事に気が付いた。
「ん、またねー」
とは言っても、私は祈里のよく行くカフェは勿論、最寄りのコンビニ、果ては自宅まで知っているので、会いたくなったらいつでも会える。その時に連絡先を交換するなりなんなりすれば良いと思っているので、私は軽い気持ちで返事をした。それにしても、往来の多い駅の真ん中で独りでに涙ぐむ女子大学生とはこんなに近寄りがたい存在なのか…。
大学生と思しきカップルが「あの子振られたのかな?」と耳打っている横を通り過ぎ、駅を出る。
薄雲に見え隠れする淡月が照らすアスファルトの上は、人の数の割には静かだった。
カツカツと革靴が地面を叩く音がよく響いており、視界を覆うマンションの灯りは一つも付いていない。
赤く夜風に吹かれる居酒屋の提灯だけが、焚火のように煙を吐いていた。
青になっても赤になっても今は音の鳴らない駅前の信号機の白線を跨ぎ、家の方を向く。当然だが行きと違う方法で帰っているので本当にこの道で合っているのか若干不安だが、最悪水を被れば良いだけなので努めて気にしない事にした。
ただ、なんとなく、出来れば歩いて帰りたかった。
旅の終わりの疲れも寂しさも旅の醍醐味だと、何処かで聞いた気がする。それでなくても、リスポーンで『はい帰宅』ではやはり味気ないと思った。
駅の面する通りを歩き出すとすぐ、車のライトが白く尾を引いて私を追い抜いていく。
瞳孔が存在しないのに暗所に慣れた目にはそれが眩しくて、私は目をぱちぱちと開閉する。その度にガードレールが見え隠れした。
…なんか、さっきから視界の端に白線がちらつく。
疲れが溜まったのかと、私は指で目頭を押しながら、ぎゅっと強く目を瞑った。
目と周りの筋肉で水流がぐるぐると渦を巻くのを感じながら、眼球を上下左右に動かし、目を開ける。
私の右横を、白い何かがすごいスピードで通過していった。
「…あれって!」
と呟くよりも先に私は腕を振り、足を出していた。
見えたのは一瞬で、だから確証は持てなかったが、私の想像通りであるならば、私はそれを追いかけなければならない。
そんな使命感に駆けだした足も、目的の物が夜闇に紛れてしまっては止まってしまう。
「どこいった!?」
大小入り混じった泡を腰から吹き出しつつ、私が首を振りながら探していると、ひゅん、ひゅん、と、今度は左右から同じものが通り過ぎていく。
その後も、それを見失う度に、いや、それが出てくるペースは段々と速くなり、今では目に見えるどこかしらでそれが飛んでおり、真っ直ぐにどこかへと向かっている。
私はそれを追いかけ、衝動のまま走り、息を切らしながら走った。
そして、その白い物体、いつか見た、白い仮面の向かう先に、
彼女がいた。
「暁」がいた。
『私』が、いた。
『私』は学校の制服を着て、ひどく簡素な白い仮面を胸に抱いていた。ただ、『私』の顔は以前見た時のように完全に仮面で覆われている訳では無く、右目付近以外は私本来の顔をしている。仮面と肌があまりにもシームレスに繋がっているので、私には完成間近の彫刻のように見えた。足元には同様の白い仮面が無数に散らばっており、また飛んできた仮面が『私』に当たってそのそばに落ちた。
積み重なった仮面に足元を埋め、仮面を抱きながら、飛んでくる仮面にその身を打たれる少女。
そんな異様な『私』が、点滅する信号機の向こう、既に閉店した寿司チェーン店の看板の横に佇んでいた。
…ほんと、ロケーションって、大事だね。
「おかえり、『私』。楽しかった?」
赤信号を挟んで、『私』が、炭酸少女である私よりもはっきりとした輪郭を持った唇を開く。仮面部分はピクリとも動かないが、そこ以外は柔和な雰囲気だった。
「うん、楽しかったかな。色々見れたし、あったし」
私は喉で声をぶくぶくと響かせながら答える。まるで水中で喋った時のような、ぶるぶると震えた声になってしまったが、『私』にはしっかりと聞こえたようで、「それは良かった」と笑顔を深くした。
「…」
「…」
上手く会話を続けられず、『私』の顔の右側が、点滅する信号機に合わせて明滅するのをただ眺める。くたくたになって若干足取りの覚束ないスーツ姿のおじさんが私の横に並んだ。
「あ、「あのね、」
と、私と『私』の声が被さる。流石『私』と言うか、意を決して話し始めるタイミングもほとんど同じだ。
私も言いたい事はあったが、それ以上に『私』が何を言うのか気になり、「先に言って」と手を伸ばした。
『私』は「じゃあ」と、仮面を強く抱きなおしながら視線を泳がせる。でも最後にはぎゅっと目を瞑り、しっかりとこちらを見てきたので、私の意識も自然とそちらへと寄せられた。
「えっと、話したい事は色々あるけど、まずは、ごめんなさい」
…何が?
先程の祈里に引き続き、『私』も深く頭を下げながら私に謝るが、やはり私は『私』が何に対して謝っているのかいまいちピンと来ていない。
「私ね、『私』があの時怒ってた理由が分からなかったの。『自分らしく』っていうのが何なのか、分からなかった。実は、今もよくわかってない。『私らしさ』っていうのが何なのか、私には分からない。ごめんなさい。でも、そんな事を考えてたら分かったの。私はきっと、『私』が思うようにできて無かったんだって。だから、あの時、私に怒ってくれたんだよね?」
……
…え、違うけど。
あの時、とは図書館で『私』と別れた時だろう。その時に私が怒っていた理由について一生懸命考えてくれていたみたいだが、見事に違う。
第一、あの時私が怒ったのは全体的に私が自己中心的だったからであって、『私』は特に悪くない。
「ええと、
「私、もっと頑張るから、『私』の思った通りにできるように、もっと頑張るから。『私』が窮屈だなんて感じないように、私、頑張る」
あれ全然止まらない。
どうやって『私』の内省モードを止めようかと思案していると、涙目になりながらも私を見つめている『私』よそに、目の前の信号機が青に変わる。
信号が変わったのだから当然ではあるが、おじさんが私の横を通り過ぎて信号を渡りだした。
だんだん小声になりながらもぶつぶつとなんか言っている『私』も、自分が交通の妨げになると思ったのか、「あ、すいません」と道を譲った。ナイスおじさん。
意識が外に向いた今がチャンスとばかりに、私は話しかける。
「聞いて!えぇと、取り敢えず、あの時怒ったのはほんとごめん!あなたは全然悪くないの!」
「うん、分かってる。励ましてくれてありがとう、私もっと頑張る」
ああもう全ッ然伝わってない。
私は髪の毛を両手でばしゃばしゃと掻きまわしながら現実逃避気味に天を仰ぐ。白い仮面が流れ星の様に頭上を横断していった。
「はぁ…」
そういえばこの仮面、どこから飛んできているのだろうと私は振り返る。しかし、私が振り返ると仮面は飛んでこなくなった。
そのくせ後ろではからからと仮面が床に落ちる音が鳴っているので、これもおそらく炭酸少女あるあるである、『私が見てる/見てないから』案件なのだろう。もう慣れた。
そんな事を考えていたからだろうか、私は『私』の変化に気付くのが少し遅れた。
今まで、飛んできた仮面は『私』の体に当たるとまるで運動エネルギーを無くしてしまったかのように一瞬静止し、重力に従って『私』の足元に転がるばかりだった。
しかし、私が『私』の方を向きなおすと、先程と状況が変わっていた。
『私』が仮面に埋まっていた。
それは不自然な埋まり方だった。普通あのような状況で埋まる場合、全体は成層火山のようになるはずだ。だがそうではなく、滑らかな裾は膝下までで、それより上は埋まっているというよりも、大量の仮面が体に纏わりついているようだった。
「え、なにあれ…」
丘の上に建てられた直立する変態的な棺のようになってしまった『私』に呆然とする。その間にも『私』に降りかかる仮面の量は指数関数的に増えていき、あっという間に棺も見えなくなってしまった。
取り敢えず、息とか出来ているのだろうか。
「おおーい、大丈夫―…?」
そんな心配をしながら声をかけてみる。
返事が無い。ただの屍のようだ。なんて言葉を思い浮かべたその時。
ごおおおおお!!
という派手な風切り音と共に、視界全てを埋め尽くす程の仮面がまるで津波のように『私』に向かって押し寄せる。
「やばいやばいやばいやばい!」
私は急いで建物の端に隠れ、頭を抑えながら体を小さくする。
やたらと長く感じる数舜の後、がっしゃあああん!!と中心に辿り着いた仮面達がはじけ飛ぶ音を聞きながら思った。
これは私の責任か?
まさかこんな展開になるとは思っていなかった。
私は『私』が交差点に停まっている車を蹴り飛ばし、正面にあったビルに風穴を開けるのをただ眺めながら思った。
[ああ、ごめんなさい!]
と『私』が謝る声は体のサイズに比して高く、私と同じような声音ではあったが、いかんせん音量がバグっている。
ばりばりと空気が震えるのを肺が感じ取り、耳を塞ぐ私と、信号待ちの間にメールの返信をしている男性の隣でガラスが砕け散った。
どんどこ街を破壊し、パニックになってさらに街を破壊するという悪循環によって生きる災害みたいになってしまった『私』が一歩後ずさる。
街を走るバス程の大きさとなった『私』の足が地面に触れた瞬間、ずぅん!とSEでしか聞かないような音が鳴り、これまでどこに潜んでいたのか分からない程の埃が巻き上がる。『私』の足元を爆心地として風が四方に拡がり、居酒屋に入ろうとした二人組の間を吹き抜けた。
長年人々の生活を支えてきたであろうアスファルトが『私』の重みに耐えられず沈降し、焦げ茶色の土が赤裸々に姿を現す。
足場が崩れたことでバランスを保てなくなった私が、それでもこけるまいともう片方の足を素早くスライドさせる。
結果『私』は足元にあった軽自動車を吹き飛ばし、その軽自動車は低空軌道で縦回転しながらホテルのエントランスに突撃。ダイナミック入店した軽自動車は居心地が良かったのかホテルの中で眠りについた。
身じろぎするだけで街が凄惨な事になるとやっと気が付いたのか、『私』がクレーターを作りながら道路脇により、手頃な大きさのビルに手を置いて一息つく。
その足元では、『私』が手を置いた反動で壊れた個別塾の看板ががしゃぁん!と音を立てながら歩行者の前に落下した。
私は目を瞑り、息を吐く。
目を開けても、街は壊れたままだった。
もう一度聞きたい。
これは私の責任か?
いや、実害が無いのは分かっている。この異常事態に際し、周りの人々は余りにも普通に日常生活を営んでいる。
第一、一週間前から夢オチの確定演出が出ているのだ。私が責められることは無いだろう。
ただそれはそれ、私の心象として、責任感を感じ、責任転嫁をしたいのだ。
散々街を壊した後、ビルに寄りかかりながら一息ついている『私』の身長は50 m だろうか。もしかしたら100 m 位あるのかもしれない。余りにも大きなものに対して、その大きさは目測ではなかなか測れないものだと、観覧車を見上げた時と同じような事を思う。
『私』は先程見た時同様、半袖のワイシャツにスカート、長めの靴下とローファーを履いた制服姿だ。偶にちらちらと下着が見えるのがなんだかいたたまれない。
色調は仮面を彷彿とさせる白一色であり、『私』が一切動かなければまるで巨大な大理石の彫像のように見えただろう。
「おおーい、聞こえるー?」
『私』がJK怪獣アカツキンになってしまったのが予想外過ぎて頭からすっぽ抜けてしまっていたが、そもそも私は『私』と話をしようとしていたのだと思い出す。
[聞こえるよー]
という『私』の破裂的な声は、正直ちょっと眠たいとか思っていた私にとって良い目覚ましだ。気を抜くと失神しそうだけど。
とにかく、私の声が聞こえているなら重畳と、私は『私』に話しかける。
「えと、まずは、私が居ない間、現実世界を受け持ってくれてありがとう。本当に、とっても楽しかったよ」
[どういたしまして]
良かった、今はちゃんと会話のキャッチボールができる。
「それと、ごめんなさい。図書室で、あなたに怒鳴ってしまって。あの夜私がああしたのは、私がそうしたかったからなのに、私もそれを分かってなかった。私がそうしたかったからあなたがそうしたのに、私があんな事言う権利無かったね」
私がそう言うと、『私』は白く光沢のある髪をはためかせながら首を横に振った。頭の中で反省するような指示語ばかりの会話でも、他ならない『私』にはしっかりと伝わったようだ。
[私も、あなたがいない間、自分がどうしたらいいのか、どうしたいのかなんて分からなかった。ただ周りに合わせて、それらしく振舞うことしか出来なかった…]
『私』の言葉に、今度は私が首を振る。
多分きっと、皆そうなのだ。どうしたらいいのかなんて見つからず、自分は何がしたいのかも曖昧なまま、日々ばかりが過ぎていくという朧げな罰に焦りながら生きている。
だからこそ、物語の主人公はいつだって魅力的に見えるのだ。
目標に向かって生きる全ての人が、たまらなく格好よく見えるのだ。
だから、それでいい。私は主人公では無いから。意味を見出せない日々を、怖がりながら生きていく。
少なくとも今はそれでいいんだ。
「大丈夫、ちゃんとできてたよ」
と、そこでふと私は思い出し、付け加える。
「あ、でも、数学の問題は当てて欲しかったな」
単なる凡ミスのようだったし。
私のつぶやきに、『私』が少々焦ったように答える。
[え、でも、外した方が私っぽくない?]
よし、戦争だ。
「…だいたい、知り合い全員に挨拶するとかしないから!それも、私が辞めた部活の子とか!相手気まずそうにしてたの気付かなかった訳!?」
[そんなこと無いし!皆笑顔で返事してたし!あなただって、音葉がカラオケ行きたがってるの知りながら、『カラオケちょっとやだなー』って、全然誘わなかったじゃん!]
「それはっ…うぉお!」
逃げる私を追いかける『私』が蹴飛ばしたトラックが真後ろに落ち、アスファルトが剥げた。
その拍子につんのめった私は前転するように二、三回転がり、下半身の形状を崩してまた滑り出す。
「危な!私が死んだらどうする気!」
[どうせ家にリスポーンして終わりでしょ!]
『私』が振り下ろした神の雷槌の如き右足で、歩道が砕かれ土が抉られ、支柱が折れたのか高そうなビルが倒壊する。私は私達の幼稚な口喧嘩で街が壊れていくのに罪悪感と爽快感を持ちつつ、『私』の発言に一理あるなと頷いた。
「…ふふ、あはは!」
[ちょっと、なにが可笑しいの!?]
そして、『私』との距離感に、満足する。
こんなもので良い。
自分なんて、『ちょっと嫌い、でも好き』位な感じで付き合っていけば良い。
上手くいかない事ばかりだ。自分の事すらままならない。思ってない行動を取ってしまったり、思ってないって思いこんじゃったり。
頭の中で文句言い合う位が、私にはちょうどいい。
「ね!楽しいね!」
[煽ってんの!?]
そろそろ潮時だ。私も帰らなければならない。何となくだが、タイムリミットがある気がする。親に言われた門限のように、それを守らないと何が起こるのかは分からないけれど。
そう思いつつ『私』を見上げるが、『私』の足元は大概大惨事になっており、本人もどしんどしん動くので近づくのが難しそうだ。
何かないか、と辺りを見渡す。気付けば私達は、また駅の方に逆戻りしていたようで、人通りも交通量も僅かに増えていた。
影響が無いと知ってはいるだろうが、『私』はなるべく人を踏まないようにしているのか、歩きにくそうであった。もう何人も踏み潰してるんだから諦めればいいのに。
だが、『私』が吹っ切れていないこの状況は紛れもなくチャンスだ。後一手あれば、帰る事ができる。
走り(私の移動方法を走ると表現してもいいのかは疑問だが)疲れた私は、その一手を探しながら膝に手を突く。炭酸の水が地面に落ち、しゅわしゅわと音を立てた。
そして、ふと思い出し、叫ぶ。
「祈里!街並みが綺麗だね!」
叫んでも、祈里には聞こえないのだから意味は無い。そう分かっていても、何だかうまくいくような気がした。
[うわぁ!]
叫んでから五秒、十秒、私が『あれやっぱ流石に無理だったか』とちょっと焦りながら息を整えていると、突如として『私』の膝が折れ、尻餅をつく。私に効いたのだから、やはり『私』にも効果があったようだ。
なるほどこうやって恐竜は滅んだのかと思わせるようなインパクトで数台の車を踏み潰した『私』に、強制硬直脱力の辛さを知っている身としてはかなり申し訳なくなりつつも、動きを止めた『私』に、今度は逃げるのではなく向かっていく。そのまま私は、足の先、ローファーの溝に飛び込んだ。まるで剣が鞘に収まるように、驚く程簡単に私と『私』の境界は消え、通り抜けるように入り込めた。
飛び込んだ瞬間、私の意識はもうほとんど人型を留めていない私の体を離れ、真っ黒の中、私を見る大量の白い仮面、ペンデュラムアートのような規則的な線と、私の周りを飛び回る白く乱雑な言葉の文字列が認識出来た。
〈ローファー〉〈眠い〉〈好き〉〈トラック〉〈ラジオ〉〈下校〉〈恋人繋ぎ〉〈砲丸〉〈電柱〉〈小説〉〈煩さ〉〈幽玄〉〈薫香〉〈疑心〉〈近隣〉〈花火〉〈曙光〉〈スマートフォン〉〈安全〉〈ガードレール〉〈異世界〉〈ライト〉〈土〉〈歓声〉〈清楚〉〈お腹空いた〉〈作詞〉〈必勝〉〈手袋〉〈クッキー〉…
私の体は数多の言葉達にくるまれながら、奥へ奥へと進んで行く。
私がその行先を見ると、渦を巻く、私の体に付いているとは比較にならない程の巨大な言葉の球があった。白線はその球を中心に、脈絡のない惑星の軌道みたいに、黒い世界を分けている。
私の体は中心に近づくにつれ、まるで彗星のように尾を引く、綺麗な青水色の球体へと変わっていった。
そのまま私の体の言葉達がほどけ、私が言葉の外殻に触れそうになると、言葉達は水族館で見た鰯の群れのように避け、球の中心が明らかになる。
そこは静かな世界だった。
線と、言葉の中心。
どこまでも黒く、穏やかな孔。
ぽつねんと空いた空白に、私は速度を落としながら、注がれるようにゆっくりと満ちる。
黒と白の影の中、それだけが青く淡く光っている。
青白色の液はやがて完全な球になり、光沢のある無瑕の宝玉のようになる。その周りを、那由他とも思える言葉達が旋回しながら覆う。さらにその周りを、白線が取り囲んでいる。
その全てを見ながら私は悟る。
これこそが、私だ。