異世界転移~まさかのそっちですか~
今日は念願のアレクスが届く日だ。
アレクスというのは、AZ社が発売した音声認識端末で内部に人工知能が組み込まれており、例えば、「アレクス、音楽をかけて!」といったら音楽をかけてくれるし、「アレクス、明日の天気は?」と聞いたら明日の天気予報を教えてくれる優れ物なのだ。
本来なら、20歳になる誕生日に届けられる予定だったのだが、注文するのが遅かったため誕生日には間に合わなかった。
アレクスは人気商品であった。
間に合わなかったのは、まあ仕方がない。
まあ買えるだろと高を括った俺が悪いのだから。
ピンポーン。
玄関からチャイムの音が聞こえた。
待ってましたと言わんばかりに俺は荷物を受け取りに行く。
ドアを開けると、荷物を抱えた配達員が立っていた。
額から汗が流れ落ちている。
3階建ての小さなアパートとはいえ、階段しかないため、汗が噴き出るのは必至。
今日の予報では昼間から猛暑日だという。
社会人は大変だねぇ……と大学2年の俺は憐れむが、自身も3年後にはその仲間入りを果たすのだ。
たぶん。
イヤダー。
俺はちゃちゃっとサインを書くと、荷物を受け取った。
その後、配達員が階段を猛烈なスピードで駆け下りて行く音が聞こえた。
まだまだ配達物が残っているのだろう。
今はまだ、午前11時。頑張れ配達員、戦いはこれからだ。
まあ、俺には何の関係も無いのだけれど。
そう思いつつ、届いた荷物をリビングまで持って行き、いざ、開封の儀!
当然のことながら、中には新品のアレクスが梱包材に包まれて眠っていた。
胸が高鳴る。
新しい物と出会うときはいつだってそうだ。いくつになっても気持ちがわくわくする。
俺はそのわくわくした気持ちのまま、梱包されたアレクスを取り出していく。
その姿はさながら、封印された古代兵器を手中に収めんとするマッド・サイエンティストといったところか。
「何言ってんだろ、俺」とゲームとマンガとラノベに毒された自分を哀れに思った。
だって、面白いんだもん。仕方なくない?
そうこうしていると、そのボディを露わにしたアレクスが出現した。
俺の手の上に乗っかるそれは、円筒形の黒くてシックなデザインはシンプルながら洗練されており、青白く光って……。
あれ、光って?
いや、それはおかしくないか?
まだ、電源入れてないんだぞ?
なんで光ってんの、これ?
「そういう、仕様なのか……?」
アレクスの仕様に困惑しながら、怪しげな雰囲気を醸し出すそれをじっと眺めていると、突如、手から離れて宙に浮く。
「浮いたァ!?」
青白い怪しげな光を纏いながら、目の前を風船のようにふよふよと浮遊するアレクス。
光っている原理も浮いている原理も分からないけど、こんな近未来的な機能搭載してたら、そりゃあバカ売れする理由もよく分かると妙に腑に落ちてしまった。
でも、ユーチューバーのアレクス買ってみた動画にそんな場面あったかなぁ……?
先日に見た動画のことを思い返していると、突如、俺の周囲をただ漂っていただけのアレクスが急に静止した。
おっ、なんだなんだ次は一体、何を見せてくれるんだ! と童心に返った気持ちでアレクスを見つめていると、何だろうか、床からの光に気付いた。
俺は下を見ると、そこには俺よりも一回り大きな魔法陣のようなものが展開されていたのだ。
「……ふぁ?」
あまりの驚きに変な声が出てしまった。
「これは……もしや……」
俺には思い当たる節があった。
ゲームとアニメとラノベに侵食された俺の脳から導き出された答えは、『異世界転生!』
「いぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええい!」
遂にこの時が来たのだ!
何とも味気ない毎日に飽き飽きとしていた俺ではあった。
だが、遂にファンタジーが始まる時が来たのだ!
遂に時が満ちたのだ!
あぁ、女神様可愛かったらいいなぁ!!
あまりの興奮に「遂に」を3回も使ってしまったが、それが何だ! 人間最高潮に昂ってきたときには日本語は怪しくなるもんだと高校の時の国語教師がそう言っていたから何ら問題ねぇ!
やがて、魔法陣が急速に拡大。
おそらく、次に収縮してしまえば俺は異世界の大地に立っているんだと期待に鼻も胸も膨らませる。
そして、魔法陣が収縮。
「あ、そうだ」と思い立ち、俺は目を瞑った。
物語の始まりは暗転から始まるものだと思ったからだ。
目を閉じた後でも、まぶた越しに伝わる光。
この光が消えた時、それすなわち……言わずもがな。
きっと、女神の間にいるんだ。
そこで異世界に関する説明を受けるんだ……。
そうじゃなかったら、玉座の間だ。
そこで魔王を倒してください勇者殿と王様直々に頼まれるんだ……。
おら、わっくわくするぞォ!!!
やがて、まぶた越しの光が消える。
よーし! 本当は目をお開け下さい勇者殿~とか勇者様~とかいう声が聞こえてから開けるのがセオリーだと思うんだけど、もう開けちゃうもんねー!
そして、目を開けた俺の前に広がっていた光景は信じられないものだった。
「ゑ?」
家。
俺の家。
異世界どころじゃない。何ら変わってない。THE・日常。
もうかれこれ2年ぐらい住んでいる家。
コンロ周りの油汚れとか、人の顔のように見える謎のシミとか、ゲームにイラついてコントローラー投げたら空いてしまった壁の穴とか、どうしようとか考えながら住んでいる家。
いや、おかしいやん。そこはさ。普通。もう、なんでなん?
せめて、空が赤黒く変色しているとか見知らぬ誰かがいるとかならまだ納得したよ。
何も起こってないやん! もう、なんでなん?(2回目)
俺は失意のあまり、軽く眩暈がした。
そして、あることに気付いた。
あれ、そういえば、アレクスは?
周りを見渡してもさっきまで宙を漂っていたアレクスは存在しない。どっかに落っこちたと床を見回しても見当たらない。
そして、ある憶測が脳裏を過る。
まさか、俺じゃなくて、転生したのはアレクサの方……?
「んなばかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
全身から力が抜け、床に両手をつく。
夢の異世界転生は泡沫と消え、まさか、アレクサまでも消えるとは……。
踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目……。
俺はそのまま、ゴロンと横になり眠りに就いてしまった。
次に俺が目覚めると、もう外は日が落ちてしまっていた。
もしかして、さっきの非日常は夢だったのではないかと思い、辺りを見回す。だがやはり、魔法陣の類は無く、床に転がったアレクスぐらいしか……。
「ん!?」
目がカっと開くとはまさにこの事かと胸に刻み込んだ。
転生してしまったとばかり思っていたアレクスがそこにあったのだ。
やっぱりそうですよねー! ということは、魔法陣が出現したとか、アレクスが浮いたりとかは全部、夢だったけど、アレクスを買ったことは夢じゃなかったんだー!
夢だけど夢じゃなかったー!
ヤッターー!
「マスター、やはりワタシ一人ではムリでした。……一緒に行きましょウ」
床に転がっていた円筒形のシンプルなデザインだったはずのアレクスが、いつの間にか、人型のロボットのような見た目に変形し、ホバリング飛行をしながら、状況を飲み込めず口を開けたままの俺のアホ面の前で、無機質な音声をそのままにそう言っていた。