戦闘検査
〈第三話〉戦闘検査
一対一、二対一、三対一と全部倒すと一体追加される形式で戦闘検査なるものは行われている。現在は六対一の戦闘が始まる直前である。
「そろそろ攻撃をくらい始めたな。なんだかんだそんなに動きは遅くないんだよなぁ。的確に攻撃してくるし、ほんと、連携して攻撃してこないだけが救いだな」
「じゃあ流影君、再開するよ。今の感じで戦っていって、君の戦闘体エネルギーが0になったら終了するからね。存分にタイラントを倒してくれ!」
(そうは言うけどさぁ、一回終わるごとに回復されてるし。長くなりそうだなぁ)
葉蘇さんの合図とともに六体のタイラントが出現し、僕は剣と銃を握りしめた。‥何故だろう銃と剣を持っている今の方が心は落ち着いている。
(一時間くらいずっと戦っているような気がする。タイラントの量は十三体にまで増えた。囲まれることが多くなり、仮想空間をいっぱいに使って逃げながら一体一体減らす戦法をとることで何とか戦えている。それに結構攻撃をくらっているのに痛みが無いから精神的にも多少は安定していると思う。ただ10体を超えてきてから考えることが多くなって大胆に行動できなくなっている。攻撃手段もスパロー(ハンドガン)に頼りきっていて、剣で攻撃するために接近するのが怖くなっている)
「流影君、一応言っとくと十二対一をクリアできたのは、ここでは二人目だ。おめでとう」
「あ、ありがとうございます。もうそろそろ疲れてきたのですが‥」
「そうだよね、でももう少し頑張って欲しい。じゃあ‥‥最後に現在までに確認されているタイラント以外のコイド化生命体も入れて、リアルの戦闘を少し味わってもらおうかな。まずは、ロフーザー。スライムみたいな見た目通り、対象を捕らえるように動く。落ち着いて真ん中のコアを壊せば容易に倒せるんだけど、実際の現場だとやっぱり焦ってしまうらしいよ。次にドロック。犬のような見た目のこいつは、タイラントよりも機敏な動きで翻弄してくる。野生の犬って思えば分かりやすいかな。タイラント3体にこの2種類を2体ずつ追加して戦ってもらうよ。」
「マジですか‥‥。まぁこれで終わりなら‥‥、集中するか」
戦闘が始まってすぐにドロックと呼ばれるものが2体共飛びかかってきた。花爪で応戦するがスピードが速いため、思考力と視野を制限される。引き気味に戦いながら、前方に敵全部を見えるように位置取りを図った。しかしそれは一瞬ですぐに視界の両端にタイラントとロフーザーは消えていった。この2種もドロックと比べれば遅いだけで、人がランニングするくらいのスピードだ。決して余裕があるわけではない。俺はまずドロックを始末する方針に切り替えた。接近戦は苦手だが、この状況では近距離で素早い2匹を先に倒す必要がある。剣で受けて、銃でコアを壊する基本的な戦闘方法は変わらない。そしてドロックのコアは分かりやすく頭にある。おでこ辺りが光ってるから狙いやすい。俺は前方に踏み込んで、片方を剣で吹き飛ばし、そのままもう片方の体を切った。コイド化生命体はコアが破壊されない限り再生し続ける。胴体が二つに分かれたドロックのコアをハンドガンで打ち抜いた。急いでもう一体を殺そうとしたが、もう周りにタイラントとロフーザーが集まってきていた。一度体勢を立て直そうと後ろに下がるとそこにはロフーザーがいて俺は捕らわれてしまった。
(しまった!! 確認しきれてなかった、くそっ‥やるなら今だな)
そう素早く頭を切り替え、右腕を上げた。葉蘇さんは指示通り装備を樹角とKブーツに変更してくれた。段違いの重さだけどロフーザーが僕を固定し支えてくれているため、バランスを崩すこと無く手を離さずにすんでいる。向かってくる敵をギリギリまで引きつけて僕はブーストと叫んだ。するとブーツの爆発的な加速に樹角が合わさり、体は横回転しながら敵を一刀両断していった。コアごと真っ二つにされたコイド化生命体たちは光の粒となって消えていった。発射台になってくれたロフーザーだけがそこにいて一瞬の沈黙の後、それもブーストの威力でコアが破壊されていたらしく僕を見つめたまま消えていった。
(‥自分でも何が起こったか分からなかった)
「流影君お疲れ様。これで戦闘検査は終了だ。長く付き合ってもらってありがとう。家まで送るから戻ってきて」
カプセルから出て、鋳箱さんからスマホをもらい戦闘体を解いて僕は本体へと戻った。少しばかり興奮が残りつつリビングに帰った。そこにはもう誰もいなかった。葉蘇さんに促されまた対面して座った。
「今からそのスマホは君のものだ。戦闘体の主導権も君に託された。この力の使い方はよく考えてくれ。あと、君がJSAOの人間であることは絶対に人に知られてはいけない。そのときは君が消えるか、相手が消えるかだ。そのスマホを持つという大きな責任を忘れないように‥‥。‥大体のことはそのスマホを見れば分かるから、任務内容や連絡など活用してくれ。改めてこれからよろしく!君は山梨第8支部の隊員だ。」
期待と不安が入り交じった今の心情はきっと入学式と同じだろう。どんな困難にも耐え、乗り越えられるという淡い希望、戦闘に対するセンスの自信、自分を必要としてくれた、迎え入れてくれた人からの信頼の言葉。僕はもう戦える力を持っている。最悪の状況にも抗える。正しく使おうと心に決めた。そして、もう二度と会えない家族を想いながら、帰路についた。
大学の試験期間も終わりを迎え、僕たち瑠虹大学の学生は夏休みに入った。試験はパソコンの操作に少し手間取ったが、内容や問題は特段難しいなんてことはなかった。ただ一つ英語のレポート課題の難易度に驚いたものはあった。レポート課題であり、パソコンによる情報取得の容易さを考慮したと教授は連絡していたが、明らかに調整をミスったと思われる。一文に一つは知らない単語があらわれる。そんな文章は読んだことなかったので逐一確認している間に、提出時間ギリギリとなり中途半端なまま送ることになってしまった。オンライン試験で感じたのはざっとこんなもんだ。対面じゃないため試験が終わればそれで終わりなのだ。試験後の教授の話を聞くなんてこともないのだ。案外その話が一番好きだったりするのだが。
以前までのように夏休みの課題が与えられるわけでもなく、友人と盛大に遊ぶ計画を立てるわけでもなく、実感の湧かないまま長期休暇を過ごすこととなった。強いて予定があるとするなら、JSAO関連のことだ。山梨第8支部に加入することとなり、任務用のスマホを受け取ってからというもの葉蘇さんから連絡は無かった。しかし大人たちは任務に追われていたらしく戦闘記録やインカムを使用した履歴が残っていた。スマホにはそれぞれ個人チャットができるものや自分の装備や武器タネ、討伐数を確認できるようになっている。もちろん戦闘体のオンオフも音声やタッチで可能らしい。少し気になっていたことといえば、山梨第8支部ということ。第8ということは、他にもいくつか支部があると思っていたが、そのような情報は見つけられなかった。僕がいじってみた感じだとこれくらいだが、その他にも何かあるかもしれない。
(試験も終わったしそろそろ支部に顔だそうかなぁ)そう思いながら外出の支度をした。最近外に出たのはスーパーに食品を買いに行ったくらいだったので、なぜだか少しそわそわした気分で着替えた。
第8支部は僕のアパートから歩いて三十分くらいの場所にある。決して近くはないが、その道中は様々な景色に溢れている。川、滝、畑、商店街、小中高大の校舎、大型ショッピングモールなど山梨県らしい田舎な風景と人々が賑わう街の端を通って、山を背にし木々で囲まれた中にそれは構えている。初めて歩く道なので、道中こんなところにこんな建物があったのかと何度も思った。支部の敷地内の駐車場には普通車の他に、ジープや大型二輪が止まっていた。(え、誰がこんなごついの運転すんの)
「おじゃまします」自分の居場所であるのに僕はかしこまった言葉で扉を開けた。玄関には靴がいくつかあり、支部長と鋳箱さんの他に何人かもう来ていたことが分かった。リビングのドアを開けると知らない顔が一人いた。
「初めまして私は龍岡葵。大学二年生です。私も最近ここに所属することになりました。この前は大学で授業があって挨拶できなくてごめんね。これからよろしくね!」
気持ちの良い挨拶と共に差し伸べられた手に僕も手を重ねて握手をした。
「初めまして流影䙥獅です。よろしくお願いします」
「流影君もこれで第八のメンバー全員と顔を合わせられたかな。いやぁ今日二人とも来てくれて良かったよ。まだ二人にはやってもらわなきゃいけないことがあるんだ。早速それをやっちゃっていいかな?」
「「はい」」
「じゃあまずはこの前の戦闘検査の結果を伝えるよ。僕と鋳箱そして本部の分析から、隊員としての役割がここに記されている。あくまで現時点の解析であるし、戦闘の中でそれに固執しすぎるのも良くないと個人的に思う。ただ、大抵この結果は間違ってない場合が多い。まぁ参考までに聞いてくれ。龍岡葵、君はクロスレンジアタッカー(近接攻撃手)が適性である。ここでいうと雅隆や清香のようなタイプだね。特にKブーツを使った接近戦が得意であると分析されている。戦闘検査のときの戦いぶりは僕もびっくりしたよ。初めてであそこまで体を動かせるならすぐに任務に就けると思うよ。ってまぁこんな感じのことがこの封筒の中に書かれているから時間があるときに読んでね。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「次に流影䙥獅。君はオールレンジオールラウンダー(万能手)が適性である。第八だと僕のようなタイプだね。だけど、オールラウンダー系は人によって結構変わるんだ。アタッカー寄りの人だったり、ガンナー寄りだったり、後方支援寄りだったりと人それぞれなんだよね。だから僕もクロスレンジオールラウンダーだから少し教えられることがあると思うけど、たぶん流影君も自分のスタイルを自分で決めるだろうなぁ。『万能手』っていうのは知っている限りだと二人ぐらいしか知らないし、彼らに会うのも大変だからなぁ。でも、君のような人材は貴重だからうちに入ってくれて嬉しいよ。細かいことはこれに書いてあるから読んでおいて」
「あ、ありがとうございます。頑張ります。」
その後、この前していなかった、給料のことや個人情報のことの契約書を書いて、支部内にある自室の鍵をもらった。JSAOスマホの使い方なども教わり時刻は5時を回っていた。やるべきことは終わったので荷物を片付けて帰ろうとしたとき、任務から帰ってきた緒賀さんと三露さん、唯越さんが部屋に入ってきた。さっそく緒賀さんに声をかけられた。
緒賀:「あれ流影君、帰っちゃうの? 夏休みでしょ、泊まっていきなよぉ。」
流影:「泊まる、ですか?部屋の鍵はもらいましたけど、ベットとかまだ置いてない、と、」
葉蘇:「そうそう、その話もしなくちゃね。ベットと机とクローゼットはもともと付いているから、一応すぐに寝泊まりはできるよ。あと時間があるときに書いて欲しいんだけど、二万円以内なら好きなだけ家具が買えるから是非有効に使ってくれ。代金は全部JSAO本部が出してくれるんだ。さすがだよねぇ」
流影:「なるほど、分かりました。ありがとうございます。」
三露:「緒賀さんみたいにパソコン周りのものばかり買ったら不便ですから、ちゃんとした家具を買うことをお勧めします」
緒賀:「違うよぉ、あれは仕事道具なんだから悪口言わないであげてぇ」
鋳箱:「そういう華凜ちゃんも、この前すごく大きい人形を買ってたましたね」
三露:「あれは‥ずっと欲しくて‥自分の部屋を持ったら絶対に置こうって思ってたものなのでいいのです!」
龍岡:「皆さん結構自由に使ってるんですね。私もどうしようかなぁ」
葉蘇:「まぁ、節約すれば個人の支出は結構抑えられるし、自分の部屋をアレンジしていくのも任務を頑張るモチベの一つだよね」
緒賀:「それで流影君、泊まっていくよねぇ?」
流影:「え、あ、ど、どうしよう。緒賀さんに襲われそうなので帰ろうかな」
鋳箱:「今日は初めて山梨第八支部の全員が揃う日なので、少し豪華なご飯を用意する予定です。私としても是非一緒に食べたいのですが。夜に歩いて帰らせる訳にもいかないので私が家まで送りますよ」
流影:「じゃ、じゃあいただこうかな」
皆で部屋のことや家具のことについて話していると、高屋さんと蘭護さんが部屋に入ってきた。
蘭護:「ただいま~。あら、三人とももう帰ってきてたの。ごめんなさいね、買い物が長引いてしまったわ。これから準備だから皆も手伝って」
高屋:「勇斗、流影、荷物があるから手伝ってくれ」
緒賀:「お!いいねぇ」
流影:「は、はい!」
三人で食材を運んでいるとき案の定緒賀さんに声をかけられた。
緒賀:「流影君、今戦闘体になれる?」
流影:「え、はい大丈夫ですけど、どうしてですか?」
緒賀:「戦闘体なら身体強化がはいるから、重い荷物も楽にできると思うよ」
意外にもセクハラじみたことではなく、僕の体に気を遣ってくれた。アドバイス通り僕は戦闘体に換装した。すると緒賀さんは驚いた顔をしていた。
流影:「どうしたんですか?」
緒賀:「いや、戦闘体が変わってなくてびっくりした。一応言っておくと、その服は女性用なんだよね。男用はこの通りズボンなんだよ。まっでも似合ってるから僕はその方が良いと思うよ」
流影:「えっ!!! そうなんですか!?すぐに変えてください!!」
緒賀:「変えるなんてもったいないよ、まぁ、髪色も黒のままだし明日は戦闘体のカスタマイズをした方がいいね」
流影:「そんなこともできるんですね」
緒賀:「ほんとゲームの世界みたいだよね。この体なら何度でも死ぬことができるし合法で武器持って戦えるし、それでお金が入ってくるわけだし普通の生活なんか分からなくなるよね」
流影:「そうですね、ところで任務って大変ですか?」
緒賀:「ん~今日は三露ちゃんの練習のつもりだったけど、タイラントすら出なかったからただの散歩で終わっちゃた、みたいな日もあるから結構ムラがある。僕がここに入ったのは五月の半ばだったけど、一番苦労したのはタイラント6体同時出現だったね。その時は僕含めて三人で戦ったし、今よりもタイラント自体の力が弱かったからなんとかなったかな」
緒賀さんとの話に夢中になっていると高屋さんが僕たちを見に来た。
高屋:「二人ともなにサボってんだ。しかも戦闘体じゃねーか、緒賀ぁ、また流影に手を出してるのか。流影、お前も怒っていいんだぞ、その戦闘体にしたのはこいつだからな」
緒賀:「似合ってるんだから良いじゃんね?流影君も気に入ってくれてるんだから」
高屋:「いいから手を動かせ。戦闘体は解除しておけよ、支部長に怒られるぞ」
緒賀:「はいはい分かってるよ」
僕と緒賀さんは戦闘体を解いて食材運びを再開した。
僕らが荷物を運んでいると同時に女性陣は料理を始めていていた。作業途中リビングから時折、手巻き寿司やローストビーフ、チョコフォンデュというような言葉が聞こえ、俄然やる気が出て重い荷物も頑張って運んだ。食材以外のものもあったと思うが、段ボールの中が怖くて聞くに聞けなかった。誰かが買った家具や自室に必要なものだろうと解釈した。そういうものならなおさら聞いてはいけないとも感じた。
料理は鋳箱さんと蘭護さんが担当して、三露さんと龍岡さんは二人のサポートやテーブル作りを担当していた。支部長と唯越さんの姿を見なかったが、あの二人はあの二人で忙しいのだろう。葉蘇さんは支部長だし、唯越さんも普通に任務に参加しているところを見ると身体面ではあんまり心配ないのかもしれない。僕たち三人は荷運びを終えるとリビングに戻り、少し休憩をとり、女性陣の手伝いをしながら雑談をして料理が完成するまでの時間を過ごした。僕の戦闘体が女性用の服から変わっていないことが話に上がり、恥ずかしい展開になったりもした。
皆がテーブルに集まったのは時計が8時を回ろうとした頃だった。9人が囲むテーブルの上には、聞こえたとおり手巻き寿司、ローストビーフの他に唐揚げやポテトフライ、カルパッチョなんかもあった。パーティのような食卓に僕は嬉しさでいっぱいだった。こんな人数で食事をすることもいつぶりだろうか。一人でご飯を食べることが当たり前になっていた為少しばかりの緊張もあったが、それでもこれから家族のような存在となる人達と同じ時を過ごせることが何よりも身にしみた。乾燥しきった心が潤い、涙として溢れる前に僕はそのことを考えないように葉蘇さんの話に耳を傾けた。
葉蘇:「さぁ!今日は山梨第八支部の9人が集まれた最初の日だ。これから共に戦う仲間との親好も深めながら楽しんでくれ、乾杯!」
「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」