暖節の宴での出来事
連載の方がスランプに陥ったのでリハビリに。
「ルリア・マイトファーレン公爵令嬢、我々はあなたを断罪します!」
コードウェル王国において、雪解けの季節に毎年開催される暖節の宴。
この国は長い冬の間は雪によって行動が制限されるせいか、暖かくなってきた時にはそれを祝う催しが国内でいくつも開催される。
各都市では飲めや歌えやの大騒ぎ。
コードウェル王国の王都でもそれは変わらない。いや、王都では各貴族や各界の著名人なども招待される王宮主催の宴があるせいか、規模は国内最大級だろう。
そんな暖節の宴の会場、その中でも年若い子息令嬢たちの集まっている区画において空気を読まない声が響き渡った。
会場で楽しくお喋りしつつ軽食をつまんでいた若者たちはその声の主を一斉に見た。
そこには、神経質そうな顔立ちのひょろりとした青年を筆頭に数人の男たちが集まり、一人の女性と対峙していた。
「この宴を邪魔するなんて、何を考えているんですか?」
酷く冷静な、呆れを隠そうともしない声音で、断罪するなどと叫ばれたルリア・マイトファーレン公爵令嬢は目の前の集団を非難した。
銀糸のように光り輝く髪を見事に結い上げ、春に相応しいドレスに身を包んだ彼女はとても美しい。
この国の貴族の最高位に位置する公爵家の長女であり、この国の王子の婚約者に相応しい知識と教養、なによりも慰問や交流会を行い王国民に絶大な人気を誇る彼女。
そんなルリアの言葉に会場にいた者たちは一斉に同意した。
「見た限りではお酒を嗜み過ぎたという訳ではなさそうですが……」
「私は素面です」
「……ならばさっさと病院にでも行きなさい」
「なんだと!?」
ルリアからすれば酒に酔ってしまったというのならまだ情状酌量の余地があったが、素面だというのならばもうダメだ。
頭が沸いているとしか思えなかった。
「ここは楽しい宴の場。寝ぼけた事を言うのなら退出しなさいカイル・バートン」
目を眇めてルリアは目の前の集団、その先頭に立つ神経質そうな男へ命じる。
彼女は公爵令嬢。
さすがに貴族家当主には無理だが、子息令嬢相手ならば上位者特権として命令することが可能だ。
だが、
「ふん、そうやって威張り散らせるのも今の内だ。行くぞお前たち!」
話を聞く気もない彼は気炎を上げ、周囲にいる仲間たちに声をかける。
その仲間たちも「応!」とやる気を出した。
思わずため息を吐き出すルリアは目の前の集団を呆れたまま見渡す。
宰相の息子であるカイル・バートン。
騎士団長の息子であるバラック・ドンガー。
新興の商会の子息であるアフラー・クララック。
著名な研究者の祖父を持つイレウネス・ファウラー。
その外にも様々な家柄の子息たちが集まって、公爵令嬢に敵意をむき出しにしているこの状況。
ただでさえ頭が痛くなるというのに、集団の中から一人の令嬢が顔を出したことで鈍痛がしてきた。
彼女の名はエメリリア・ファンジー。
可愛らしい外見をしている少女で、今は宴に相応しいドレスアップをしているお陰で普段以上に可愛らしい。
「カイル・バートン、ひとまず話があるのなら」
「今ここで貴女の所業を白日の下に晒す!」
「聞きなさい」
とにもかくにもこの宴には相応しくない状況だったのでルリアは場所を移そうと提案をしようとしたのだが、カイルは金切り声を上げて強引に話を進め始めた。
「貴女は公爵家の家格を振りかざし、純粋無垢なエメリリアへ暴言を吐き続けた! そんな事を続けるような女を我々は支持できない!」
「王都の民を守るのが騎士! だから俺はエメリリアを守る! エメリリアの敵は俺の敵だ!」
「あなたと違ってエメリリアは見る目がある。僕の勧めたものをゴミと断じたあなたと違って! 確かな目を持っている!」
「僕の研究は無駄なものではない。この国を豊かにする。無駄なのはお前の方だ」
集まっている、総数十八人の集団はカイルの叫びを合図に口々に主張をしだす。
その内容は聞くに堪えないものだ。
要は、
(私が気に入らない)
ただそれだけだ。
そもそも何故この集団とルリアが対立しているのかといえば、その原因は男たちの集団の中にいるエメリリア・ファンジーだ。
彼女は可愛らしい。妖精と言われる程で、男たちから小さな頃から甘やかされ、褒められ続けてきた。
結果、出来上がったのは天真爛漫な少女だ。
天真爛漫すぎて、話が通じない。
十代半ばになってまで世界を好き嫌いの二元論で判断し、ルリアたちが常識としているものを無視して自分が好きな事や物以外は価値無しとする。
要は図体の大きな赤ん坊だ。
大人しく座っている事ができない。一瞬で興味の矛先が変わり続ける。勉強はつまらないと逃げ出す。街に出てはあっちこっち勝手に突撃する。お腹がすいたら無銭飲食を繰り返す。招待していないのに勝手に他家の敷地に侵入する。何か気に入ったものがあれば自分の物だと言わんばかりにポケットに入れる。茶会などをしていればいつのまにか飲食している。お茶が熱ければ盛大に癇癪を起して暴れる。お菓子が気に入らなければ皿ごとひっくりかえす。追い出そうとすればお茶やお菓子、食器などを投げつけてケタケタ笑いながら逃げ出す。
これらは彼女の所業の一部分だ。
常識的な人間たちは彼女を嫌悪する。子供たちは関わりあいたくないと逃げ出し、大人たちは苦言をエメリリアの家へと告げる。
しかし一向に事態は改善しない。
何故ならば、エメリリアを甘やかす男が一定数存在し続けたからだ。
エメリリアの母親は彼女を矯正しようと奮闘を続けていたが、父親はただただ甘やかすだけ。さらには従兄弟たちも。
そして、カイル・バートンたちのように彼女を可愛らしいと思い、庇護欲をそそられた男の多い事。
今ではもうエメリリアの矯正は大多数から諦められ、彼女の母親は離縁して実家に戻ってしまった。
ファンジー家は今ではエメリリアを甘やかす男たちの憩いの場になり、元ファンジー夫人は多くの人から同情されつつ心を休めている。
しかし、それでもエメリリアに対して苦言を呈し、矯正を続けたのがルリアだ。
彼女はこの国を愛している。
国民が健やかに暮らせることを願っている。
例え目に余る行動しかしないエメリリアだとしても、この国の民だからと諦めずに常識を説き、このままではいけないと考えつく限りの方法を行ったのだが……。
(この男たちは、何も見えていない)
未だに騒ぎ立てる男たちを冷めた目で見据える。
多くは同年代の子息。
その中でキョロキョロと周囲を見渡し、なにかを探すエメリリア。
そんな彼女をどこにもいかないように肩を抱いて自分に密着させようとする彼女の父親。
「はぁ……」
ルリアは頑張った。
そもそも彼女にエメリリアを矯正する義務はないが、エメリリアの将来を思って、やるべきこと、為すべきことの多い彼女はほんの僅かな空き時間を使った。
それが今目の前にいる男たちには気に食わなかったのだ。
ルリアはいつしか自分たちから可愛いエメリリアを奪う巨悪という認識になっていた。
だからこその、断罪という台詞。
だからこその、非難の言葉。
人のためを思って為した行動が、ただ気に入らないという感情論で否定されることに、ただただ疲労を覚える。
公爵家の娘として、王太子妃に相応しくなるようにと研鑽を積んだとはいえ、ルリアもまだ十代半ばのうら若き乙女だ。
多くの大人のように見限っても誰も文句は言わないのに、それが出来ない。
まだまだ人生経験が不足している。
「我々は貴女を認めない! 王太子の伴侶に相応しいのは彼女のような女性だ! 今すぐに──」
「口を閉じろ下郎」
自分の無力さと、聞き分けのない男たちからの非難に、心も体も重くなっていったルリア。
そんなルリアへと鼻息荒く、感情の赴くままに止めの言葉を口にしようとした男たち。
そんな状況が、たった一言で止まった。
静かな一言だった。
だが、重い一言でもあった。
「この宴は祝いの場だ。邪魔をするならば出ていけ」
いつの間にか、エメリリア親衛隊と対峙するルリア、そしてそれを囲うように人垣ができていたが、その人垣の最前列に一人の男が立っていた。
金髪碧眼、しなやかに鍛えられた肉体を礼服で包んだ美丈夫。
名をファンデル・コードウェル。
この国の第一王子にして王太子。そしてルリアの婚約者。
「王子! そうですもっと言ってやってください!」
何を思ったのか、エメリリア親衛隊が王子を歓迎し始めた。
ルリアは思わず彼らの正気を疑い、正気ならばこの場でこんな事はしないな、と自己完結した。
ファンデル王子も目を眇め、何言ってんだこいつら、と内心呆れた。
「お前らに言っているんだ」
ファンデルはそう言いつつ、ルリアの隣に来ると、やさしく肩を抱いた。
「すまん、遅くなった」
「いえ、心強いです」
労わるような声音と暖かな手に、ルリアは安堵する。
「王子!?」
「何故そちらへ!?」
「何故だと? 私が最愛のルリアの味方をするのは当然だろう」
より密着するように身を寄せられたルリアは、小さく笑いながら自らも王子に密着した。
「王子! その女は──!」
「きゃー! 王子だー!」
なおも何かを言いつのろうとした男たちだが、甲高い女の声に遮られてしまった。
その声の主は王子をキラキラと輝く目で見つめ、じたばたともがいていた。
父親が必死な顔でエメリリアを抱きしめて行動を制限しているが、そうしなければ無遠慮に王子へ突撃してきたことだろう。
ただ、父親が娘の行動を制限している理由は、王子に無礼を働くことよりも自分の傍から離れるのを嫌がったためなのが大きいのだが。
「ねー! 王子ー! きゃー! ちょっとー! はーなーしーてー! 王子ー!」
エメリリアは今まで黙っていた、というより周囲の煌びやかな内装を見るのに忙しくて静かだったが、見目麗しい王子が真正面に来たので意識がそっちに持っていかれた。
もはや超音波と言っても過言ではない甲高さでキャーキャー喚くせいで、多くの者が耳を塞いだ。
「はーなーしーてー! 王子ー! もー!」
「痛ッ!」
なんとエメリリアは自身の邪魔をする父親の手にか噛みつき、その束縛から解き放たれた。
「きゃー!」
まさかの蛮行に親衛隊も固まってしまい、奇声を上げて走り出したエメリリアを止めることができずにいた。
ファンデル王子は速やかにルリアを庇うように立ち位置を入れ替える。
「ひゃー!」
抱き着こうとしたのか、両手を広げて爆走するエメリリアは、会場に配置されていた近衛騎士たちによって流れるように捕縛されて猿轡をかまされて床に転がされた。
「ご苦労」
王子の労いに、近衛騎士は軽く頭を下げる。
「な……王子! あなたと言えどエメリリアにそのような蛮行を!」
「黙れといったぞ下郎」
捕縛されたままむーむー喚くエメリリアの姿に、親衛隊が再び喚きだすが、ファンデル王子はばっさりと切り捨てた。
「たとえ多少の無礼が許される宴の場とは言え、王族に対してあのような行動は許されるわけがなかろう」
「そんな!?」
「大体、先ほどから何なのだ? このような娘を大人数で囲って、さらには私の婚約者に言いがかりをつけて」
「言いがかりではありません! あなたはその女に騙されてる! 本性を知ればエメリリアの方がいいはずだ!」
言葉が通じないとファンデル王子は早々に諦め、近衛騎士に排除を命じようとしたが、抱きしめていたルリアが「む」と小さく不満を示したのを感じ取り、考えを改めた。
この場で潰そう。
「お前ら、先ほどルリアに何か世迷言をほざいていたな?」
「ええもちろんです!」
親衛隊たちは王子に話を振られたからか、再び好き勝手に自己主張し始めた。
曰く、ルリアは八方美人で裏では可愛いエメリリアを迫害する極悪人。
曰く、騎士として守る価値もない女。
曰く、最高の宝飾品をゴミ扱いする見る目のない女。
曰く、この国とって必要な研究を必要なしと切り捨てる頭の足りない女。
曰く、エメリリアに劣る女。
「さらに──」
「もういい」
「おお! 分かってくださったか!?」
「お前らの馬鹿さ加減がな」
「はぁっ!?」
愛しの婚約者の抱擁を解き、ファンデル王子はエメリリア親衛隊と対峙する。
「そもそもお前らにルリアを非難する資格などない」
「わ、我々は宰相や騎士団長、高名な研究者の──」
「だから何だ」
「そもそも、宰相と言ってはいるが、過去には文官のトップがそう言われていたが、現在は内務大臣を筆頭とした部署が王宮内でそう呼ばれているだけだ。それに、お前の父は内務担当官の一人に過ぎんだろう。彼の働きぶりは素晴らしいが、お前が威張り散らす理由にはならん」
「騎士団長の息子もそうだ。お前の父は第三騎士団のリーダーであるが、正式な騎士でも、ましてや見習いにすらなっていないお前が偉い訳でもなかろう。虎の威を借る狐か。民を守ると言った口で民を蔑ろにするな。恥を知れ」
「最高の装飾品と豪語しているが、それは工芸の都とまで言われる友好国一番の職人が丹精込めて作ったもの以上か? ただの硝子細工が? そもそもお前は完成した物を手に入れただけで造った訳ではあるまい。真贋を見極める修業を一からやり直してこい」
「お前の祖父は確かに素晴らしい研究成果を世に発表した。しかし今はそれを元にしたさらなる理論が生み出されている。お前は祖父が研究しつくした部分をいつまでもなぞっているだけだろう。以前お会いした時に言っていたぞ? 復習ばかりで足踏みしていて一歩をいつまでたっても踏み出さないと」
「お前らはこの娘が大事と言ってはいるが、どうにも一人の人間としてではなく愛玩動物のように扱っているようにしか見えん。それに、そんな大事なら何故この娘を助けに来ない? ファンジー、何を立ち尽くしている」
王子の威圧マシマシの言葉に、先程まで喚いていた親衛隊は歯を食いしばって俯いた。
結局の所、この親衛隊は頭が沸いているだけの愚か者の集まりだ。
外見だけはすこぶる可愛い娘に心を奪われ、愛でているだけ。さらには何か話をすれば何も考えていない娘に「へーすごいねー」と肯定された、褒められたと勘違いして増長し、心酔し、依存し、世間の常識を投げ捨て歪んだ自己陶酔にのめり込んだ結果がこれだ。
「これ以上、何か言うことはあるか?」
威圧が殺気に変わっていけば、親衛隊は顔を青ざめさせて震えだす。
ようやく自分たちがまずい状況にいると悟りだしたのだろう。
だが、遅い。
「この馬鹿どもを連れていけ」
王子は容赦なく全員を地下牢へ送った。
*****
宴から数日後、ルリアはファンデル王子の私室でソファーに座っていた。
「そういえば、あの集団はどうなったんですか?」
「ん~? なんのことだ~?」
「宴で私に突っかかってきた者たちですよ」
「あ~、いたな~」
ルリアの質問に、ファンデル王子は気の抜けすぎた声で答えた。
今現在、四人掛けのソファーの端に座ったルリアに膝枕をされて寝転がっている王子は気を抜いていた。
普段は覇気を纏い、王族然とした王子とは別人のようだ。
「とりあえず、全員、あの娘と引き離して土木工事に従事させている。まずは現実を理解させてからじゃないと話にならんからな。それに人手はいつもたりないんだ」
「そうですか」
膝枕をされたままキリッ! とした表情に戻った王子はルリアの豊満な部分を視界に納めつつ説明する。
エメリリア親衛隊の罪状は大まかに王子の婚約者に対する罵倒、宴の邪魔の二点。
この時点で死刑が確定するが、頭が沸いて現実ではなく妄想に生きる者たちとは言え肉体は健康そのもの。
どうせならばと国内で人手が常に不足している土木関係の仕事に従事させてしまおうという声が上がって採用された。
ぶっちゃければ、死刑でもいい連中だから、どうせなら限界まで使いつぶしても何ら問題はないのだから、きつい場所に配置しとくか、ということだ。
今頃は全員、移送されている頃だろう。
「では、あの令嬢は?」
「あれは、もう矯正は不可能だ」
「そう、ですか……」
王子はどうなったか、を口にはしなかった。
それだけでルリアは察する。
こういった場合は、ひっそりと葬られているという事だ。
彼女は国を愛している。そこで暮らす民を愛している。
だからこそ、全員が穏やかに暮らしていけるようにと理想を胸に行動している。
しかしながらそれが通用しないことは往々にして存在する。
そういった場合、非常ながら切り捨てる選択をすることも上に立つ者には必要なことだ。
害を与える者にかまけて、利を与える者に被害を与えることはあってはならない。
「……そんな顔をするな。俺だってこういったことは基本的にはしたくないとは思っている。だが、あいつらはルリアではなく、あれを俺に相応しいなどと妄言を吐いたのが許せなくてな」
そういうと、王子は仰向けから横を向いた。ルリアのお腹に顔を埋めるように。
その耳は、ほんのり赤くなっていた。
「そういう事は、だらしない態勢をやめてから仰ってくださいな」
苦笑しながらルリアは言うが、王子が起き上がる気配はない。
「い~や~だ~、おれはもっとゆっくりしていたいんだ~」
「ん。もう、くすぐったいですよ」
お腹に顔を埋めて喋られているせいで、変な振動がきたルリアは王子の顔を剥がそうとするが、王子は断固として動かない。
なんとかしようとするが、王子は断固として動かない!
先ほどまでのシリアスな空気は完全に恋人たちの甘い空気に塗り替えられた。
「もう、王子がそんなことでどうするんですか。ヒュナだって見てるんですよ」
自分の名を呼ばれ、壁際に控えていた年かさの侍女は苦笑した。
「いいんだ~。おれがこんなすがたをみせるのはかぞくとこいびとのまえだけだ~。ルリアはおれのこいびとで~ヒュナはうばだ~。だいにのははなんだからかぞくだ~」
王子の言葉に、ルリアはヒュナをみやる。
彼女は音もなくハンカチを目元に当てていた。
「それに~、おうじらしくないのはいまさらだ~。ものつくったり~、うったりしてるしな~」
そう、この王子、実はものつくりを趣味にしていたりする。
とは言え、王子としての公務があるので自分で造るよりは設計やアイデアを出して職人たちに開発を依頼しているというのが正しい。
王子の依頼で造られた物は、地味に売れていて王子の個人財産として計上されていたりする。
例えば、部屋の隅に控えている侍女のヒュナ。
彼女は立っているように見えて実は座っている。
数年前、侍女は立ちっぱなし→立ち続けるのは疲れる→座るのは駄目→ならば立っているように見える椅子はどうだ! と思い立った王子が主導で開発されたのが、侍女や侍従用の椅子だ。
一見、壁際にある洒落た飾りを施されたポールだが、伸縮させて位置を調整し、座面にもなる柔らかい素材のクッションにもたれるように座れるようになっている。
その名も「立ち見君」。どうしてそうなったかは王子のみぞ知る。また、世継ぎが生まれたら絶対に王子には命名させないと満場一致で可決した。
これにより、ヒュナのような年かさの者は足腰への負担が減り、体が大分楽になった。以前は仕事終わりには膝や腰が痛くてマッサージや痛み止めの軟膏を塗っていた。
中にはまだ働きたいけれど、立ち続けるのは厳しいので退職した者もいたので、これは好評された。
普通なら侍従にそんなものを与えるなんて、と言われそうだが、主導したのが王子で、王子が侍女のために造ったということから貴族たちも文句は言えず、お布施代わりに買い求めたら自分の家の侍従や侍女に絶賛され、口コミでいつのまにか国外にまで噂が広がり、今では貴重な輸出品にまで成長したりしている。
いまでは他国へライセンス生産の契約をしていたりもするのだから王子は笑いが止まらない。
「ご歓談中失礼します。そろそろお時間が」
「あら、もうそんな時間? ファン、そろそろシャッキリしてくださいな」
「いやだ~もっとだみんをむさぼるんだ~」
「ほら」
手のかかる子供にするかのようにルリアが促せば、渋々、本当に渋々とだがファンデル王子が身を起こす。
そのまま立ち上がらせればヒュナがテキパキと動いて身嗜みを整えていく。
これから他国からの客人を迎え入れなければならない。
コードウェル王国は豊富な雪解け水とそれが運んでくる栄養のおかげで大地が肥えていて、空気も水も、ご飯も美味しい自然豊かな国だ。
農業や畜産も盛んで食料の輸出で外貨を稼いでいるが、その自然を生かした観光業も営んでいる。
各地には国ごとの別荘地があり、他国の王侯貴族が休暇を楽しむことができる。
また、病弱な者が療養目的で滞在することもあり、結果的にコードウェル王国は中立国であり、他国からは不可侵領域であると認識されている。
今回は産業革命が起こり、急速に金属需要が増大した帝国の皇族がやってくる。
帝国は各地で金属加工のための炉や工場が建造されて稼働したせいか空気が悪く、皇族の末姫が肺を患ってしまった。
その療養のため、末姫と兄皇子、護衛や世話役たちがもうすぐ到着するのだ。
「す~は~、す~は~。ん、よし、行くか」
「はい。行きましょう」
ようやく王子モードに至ったファンデル王子。エスコートするべく腕を差し出せば、ルリアも優雅に手を添える。
「行ってらっしゃいませ」
ヒュナに見送られ、二人は颯爽と部屋を出た。
*****
「それで? 我が息子と婚約者との間に亀裂でも入ったか?」
「ふふ、そんなことはありませんよ。あ、動かないで」
「うむ」
王妃の柔らかな言葉に、コードウェル王国の国王は鷹揚に返事をして微動だにしなくなった。
「まったく、この穏やかな国でもあのような輩は一定数出てくるのだから、他国は推して知るべしだな」
「……その穏やかさを守るために、苦労しているのですがね」
「仕方あるまい。それが我ら王族の使命よ」
「あ」
「ぬうっ」
頷いたせいで、耳かきの手元が狂って耳に痛みがきた国王は呻く。
自業自得である。
「国王陛下、王妃殿下、お時間です」
「分かりました。あなた、いきますわよ」
「ぬぅ、相分かった」
耳を抑えつつ、王妃に促された国王はすぐさま公務モードに移行し、誰もが認める雄々しい国王の姿になる。
「相も変わらず、素早い変わり身ですね」
「我が国の伝統だ」
「言い切らないで」
この国の直系王族はどうも怠け癖があり、伴侶にはしっかり者の女性が必要なのだ。
「では、今回もきちんと対応しなければな」
「ええ」
国王と妃は歩みだす。
・結果
オチがない。
盛り上がりがない。
何を言いたいのかわからない。