episode9〜何者にも負けぬ意思〜
「……ここは?」
失っていた意識が覚醒すると、そこには記憶にない天井が映った。
俺、あのガスマスク野郎の攻撃を受けて、倒れて……なんで生きているんだ?
トドメを刺し忘れた、なんてドジを踏むような相手ではないのは雰囲気から察しがつく。
なのに、どうして?
「ようやく目を覚ましましたわね」
その答えはあっちからやってきた。
「お前は?」
横になる俺は、こちらの顔を覗き込む金髪碧眼の美少女に尋ねた。
「初対面の人にいきなり名前を訪ねるなんて随分と無作法な方ですわね」
「……あぁ」
「まぁ、良いですわ。わたくしはユキノ。最初にいっておきますが、わたくしはあなたに危害を加えるつもりはございませんのでご安心を」
「はぁ……?」
「それであなたは?」
「雨宮連理だ」
「雨宮? あなたこちらの世界の人間ですわね」
ユキノと名乗った金髪の少女は、俺の名を聞くなり若干の動揺が走る。
「こちらの世界? どういう意味だ?」
「そうでしたわね、こちらの方々はその事情を知らないのでしたわね。すみません、忘れてください」
こちらの興味を煽るような言葉を口走るユキノ。
シンクといい、俺を助けるこいつらは一体何者なんだ?
「っか、それよりここはどこなんだよ? 見た感じどこかの部屋みたいだけど、街は全焼しているはずじゃなかったか?」
「それならご安心ください。この辺り一帯の火はすべてわたくしが凍らせましたので」
「こ、凍らせた⁉︎」
「まぁ、信じられないのは当然かと思いますが事実ですので」
驚きはしたが、古代秘具の力ならあり得ない話じゃないか。
「そういえば、あのガスマスク野郎はどうなったんだ?」
「あなたが気を失っている間にわたくしが倒しましたわ」
「そうか……」
「それよりもどうしてあなたはあのガスマスクに襲われていたんですの?」
「襲われたもなにも、あいつと戦っていた」
「はい?」
ぽかん、とユキノが唖然とした表情になる。
己の中でいまの答えを飲み込もうと何度も瞬きを繰り返す。
「し、信じられませんわ! どうしてそのような無謀なことを‼︎ 相手の獲物が見えませんでしたの⁉︎ あれはこちらの世界にある武器とは比べ物にならないような危険なものなんですわよ‼︎」
ユキノが叱責する理由もわかる。
たしかに一般人が古代秘具を持つ者に勝負を挑むなんて無謀を通り越して自殺行為に等しい。
だが、それはあくまで一般人ならの話だ。
「俺にも似た力がある」
取り乱すユキノ相手に、俺は黒銃を顕現させてみせる。
何もない虚空から銃を召喚するなんて芸当ができる者が何者であるかはおそらく彼女が一番よくわかっているだろう。
「こ、これは……古代秘具? 嘘ですわよね……どうしてこちらの世界の人間がこれを持っているんですの?」
驚愕するユキノ。
その勢い尽きぬまま、ベッドで横になる俺にぐいっ詰め寄ってくる。
「あなた、これをどこで手に入れたんですの⁉︎」
「……知らない。白き死神に恋人を殺されたとき、俺の手にこれが握られていた」
「白き死神‼︎ あなたあの方と対峙して生き残ったんですの⁉︎」
「あぁ……俺はあいつの居場所を掴むためエイスという男を探してる」
「エイス! あなた、まさか彼までも相手にする気じゃありませんの⁉︎」
「情報を破るような奴じゃないからな。瀕死にまで追い込んであいつの居場所を吐かせてやる」
ぐっと、拳を固める。
紫苑が殺されたあの光景が脳裏をよぎり、俺の心の奥にある憎悪を呼び覚ます。
憎悪はやがて俺をの体を突き動かす原動となり、俺が生きる意味と目的をくれる。
「助けてくれたことには礼を言う。悪いけど俺はもう行く、ぐずぐずしている暇なんてかいんだ……」
「待ちなさい! あなたその傷でまだ戦う気ですの⁉︎」
ベッドから出て、いまにも外へと駆け出しそうになる俺をユキノが制止する。
「当たり前だ! 俺はあいつに復讐すると、紫苑の仇を取ると決めたんだ」
「死にますわよ」
「死ぬのが怖くて戦えるかよ……それに、俺はもうとっくに人として死んでいる」
黒銃を手に入れ、何人もの兵士を殺してきたあたりから実感していたことだ。
もう俺は平穏な人間には、戻れない。
俺の言葉を聞き、冷静なため息を漏らすユキノ。
そして、重い口を開く。
「ひとつ、聞かせてもらえませんか。先ほど仰っていた紫苑という方が殺された恋人なのでしょうか?」
「……あぁ」
「あなたはその方の復讐のためならいまから待ち受ける数百の兵士にも立ち向かうことができる、と?」
窓の外を見遣る。
するとこちらの居場所こそ把握できていないものの、武器を持った兵士が街の至る所に配置されていた。
死角を潰した、俺たちのいる場所を探るための陣形だ。
「数百だろうが数万だろうが関係ない! 俺は俺の目的を達成するために戦う!」
自己満足かもしれないけど、いまの俺にはこれしか生きる目標を見出せない。
もはや俺の存在意義は復讐しかないと、そう感じてしまっている。
「……そうですか」
ふぅ、と短く息を吐くユキノ。
いつの間にかその両手に刀身のない剣の柄が握られている。
「ネビュラスフレイムッ!」
叫び、一気にそれを解放。
右手の柄からは炎で、左手の柄からは氷でできた刀身が伸びる。
「いいですわ。あなたは己の信念を貫きなさい! そのための道はわたくしが開けて差し上げますわ‼︎」
タンッ、とユキノが駆け出した。
窓ガラスを体当たりで割り、わざと周囲の兵士の注目を自身に集中させる。
勿論ガラスが破壊される音に気づいた兵士は一斉にユキノ目掛けて突進してくるが、
「暗殺剣技ーー業炎旋火ッ‼︎」
ユキノが右手の炎を突進する兵士に投げつけた瞬間、それが竜巻となって一気に兵士を空中へと巻き上げた。
「す、すげぇ」
圧倒的な一撃に思わず感激してしまうが、これで終わりじゃなかった。
炎の竜巻を放ったあと、すぐさま竜巻の被害から逃れた兵士の元まで肉薄し、今度は左手の氷を振るう。
「暗殺剣技ーー氷魔七連舞ッ‼︎」
瞬斬とはまさにこのこと。
剣の軌道を視覚で捉えたときには、ユキノは次のターゲットへと移動、そのまま氷の剣を振るう。
それを繰り返すこと7回。
斬りつけられた兵士はそれを認識する暇も与えられず、胴体が飛ぶ。
「……いまがチャンスか!」
ユキノの派手な技により統率が乱れたタイミングで俺も銃を両手に外へと躍り出た。
「もう一人出てきたぞ!」
いくつかの兵士には目撃されたが、束でかかってこない分始末は楽だ。
すぐに叫ぶ兵士の頭を弾丸で消し飛ばすと、俺は赤く染まる街を疾走する。
ユキノの対応に戦力を当てなければならない兵士たちは予想通り俺の対応まではできず、運悪く遭遇してしまった兵士も2、3人と少人数がほとんどで、通り様に排除できる。
そして、10分ほど街を走ったところで、俺はようやく目的の人物の元に辿り着く。
「やはりわたしの元まできましたか」
焼けつく道路を悠然と歩くエイスと遭遇し、銃口を突きつける。
正直、街の一箇所に留まってくれないおかげで勘を頼りに探す羽目になったが、すぐに見つかってよかった。
「ザンの居場所を教えろ! 答えなければ瀕死にして問い詰める‼︎」
「あなたはなにか勘違いをなさっているようですね」
「なにっ?」
エイスの瞳が力強く揺れる。
「それは格下の相手に使う脅し文句であって、格上の相手にはまったく効果がないっていうことを!」
バンッ、と俺はトリガーを引く。
銃口から放たれた弾丸は狙い違わずエイスの胸へと着弾。
だが、
「なっ⁉︎」
銃弾を当てられたはずのエイスの体だったが、その姿が霞がかり霧散する。
「消えた……」
いや、気配はある。
感覚を研ぎ澄ませ。
いままでの何十倍も鋭敏にして、気配を察知するんだ⁉︎
「そこだっ!」
2時の方向。
60メートルほど先。
そのポイント目掛けて俺は剣を振るう。
「なにっ!」
今度はエイスの瞳が驚愕に揺れる。
誰もいないはずの空間から、エイスが飛び出してきて俺の剣をスレスレのタイミングで躱す。
「貴様っ……」
位置を見破られ忌々しそうにこちらを睥睨するエイス。
そんな奴に、俺は剣の切っ先を突きつける。
「いっただろ? 瀕死にしてザンの居場所を吐かせるって」
「いいでしょう。この私も本気で相手をしてあげましょう」