episode8〜金色の閃光〜
鋭い裂帛と共に剣を振るう。
体重を乗せた重たい一撃だったが、剣の軌道を遮るようにうねる鎖が迫ってくる。
硬いっ⁉︎
腕にビリビリと痺れるような衝撃が走る。
邪魔な鎖ごと破壊してやろうとぶつかっていったが、あまりの硬度にこちらの剣が弾き負けしてしまう。
「……緩いな」
ハンスが鎖を操作する。
すると、俺の攻撃をガードするところとは別の部位が稼働。
まるで生き物のように意思を持ったようにしなり、不規則な角度で折れ曲がる。
俺の視界を混乱させたところで、先端が一気に攻めに転じてくる。
「くそっ!」
すぐさまその場を飛んで鎖を避けようとするが、間に合わない。
鋭利な切っ先が俺の腹をかすめる。
制服に付着した返り血とは別に、俺の腹部からほとばしる赤い鮮血が地面を汚す。
「ぐっ……」
続いて襲ってきた痛みに視界が霞むが、それでもギリギリのところで意識を保つ。
いままでの疲労が積み重なり、いよいよレッドゾーンへと突入する。
早急に決着つけないとまずいな、これ。
「なんなんだよいまの攻撃……慣性の法則を完全に無視してやがるじゃねぇかよ」
「……ドロスチェーン。我が所持する古代秘具だ」
「所有者の意思に沿って自由自在に曲がり、操縦できる鎖型の古代秘具ってわけか。随分と単純なネタだな」
「……ネタが単純だがらといって甘く見るなよ。牢ッ‼」
「なにっ!」
ハンスがなにかしらの指示をした途端、地面に突き刺さっていた鎖が己の意思でうねうねと動き始める。
所有者の意思を明確に読み取る鎖は、俺の退路を塞ぐように周りをぐるりと囲いながら高く上昇する。
あっという間に完成する鎖の檻。
複雑に張り巡らされた鎖の網が俺の逃げ道を絶つ。
「閉じ込められた!」
「……殺ッ!」
ハンスの指示が変わる。
すると、鎖の内側からナイフのようなものが無数に伸び、それを中央で囚われる俺をターゲットに射出。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
四方八方からの連続遠距離攻撃に俺は為すすべがなかった。
全方位から飛んでくるナイフが俺の制服を裂き、肉体を穿ち、肩をえぐる。
狭い檻が噴出された俺の血で赤く染まる頃にはナイフが尽き、攻撃が止まる。
檻から解放されたが、ガクガクと膝が震え立っていることさえままならなくなる。
次第に全身から力が抜け、瞼が重くなる。
「ち、ちくしょう」
蚊の鳴くような声で悔しさを吐き出すと、俺は地面へと倒れ伏せたのだった。
◆
「……終わった、か」
連理が力尽きると、その亡骸を確かめるようにのそりのそりとハンスが彼の元に近づく。
「……しぶといな」
だが、連理はまだ呼吸をしていた。
大量の血を流し、既に瀕死だがギリギリのところで命を繋ぎとめている。
「……致命傷となる攻撃のみを剣で弾き、ガードしたか。なんという戦闘スキルだ。これなら部下があれだけ殺られるのもわかる」
傷口の箇所から、ハンスが予想する。
連理の圧倒的なセンスは彼らにとっても脅威的なものとなる。
そうハンスの直感が告げる。
「……恐ろしい少年よ。だが、我の勝ちだ!」
トドメを刺そうと、隠していたナイフを心臓へと突きつける。
「ネビュラスフレイムッ‼︎」
連理の命が奪われる寸前、彼を守るように氷の壁が出現する。
厚い氷の壁は迫るナイフを正面から弾き、そしてへし折る。
「……何者⁉︎」
乱入者の登場に、反射的に身を引くハンス。
そんな彼の声に応えるように、空からひとつの影が降ってくる。
背が低く小柄な影は、漆黒のマントで素顔を隠している。
右手には炎の剣、左手には氷の剣を携えハンスの前に立ちはだかる。
「……貴様。そうか貴様が噂の黒き灯火」
「あら、もうバレてしまいましたか」
マントの奥から聞こえてきた声は女性のものだった。
彼女は、フードを外し素顔を公開する。
フードが外れると、その奥に隠れていた金色の髪が暗黒の地になびいた。
焼けついた街に、童顔ながら気品を感じさせる清楚な顔立ちが推参する。
「わたくしは、ユキノ。あなたのいう黒き灯火の一員ですわ」
ユキノの自信に満ち溢れた青い瞳がハンスを捉える。
「……自ら正体を晒すとは、中々の度胸だ」
「あら、残念ですがわたくしの名前を知った時点で無事に帰すような真似はしませんわよ」
2人の強者が正面から対峙する。
言葉の掛け合いが終わり、ここから先は互いに命を賭した殺し合いとなる!
生き残るのはどちらか一方だけ……。
「……牢ッ!」
先手を打ったはハンスだった。
連理の動きを封じた鎖の牢を生成しようとチェーンを操る。
剣を携え佇むユキノ目掛けて鎖が飛ぶ。
「……動きを封じた後に貴様もこいつと同じようにしてやる」
必勝パターンなのか、ハンスの思考にわずかだが油断が生じる。
ユキノはその微細な隙を決して見逃さない。
鎖が自身の周囲を包囲していくその瞬間に地面を蹴る。
一気の加速し、鎖と鎖の間にできる小さな隙間を器用に潜り抜け、ハンスに肉薄する。
「……なにっ⁉︎」
「チェックメイトですわ」
上品さな口調とは裏腹に、大胆かつ精細な立ち回り。
好機が訪れるギリギリまで粘る忍耐力に、チャンスを見落とさない鋭い観察眼。
そしてそれに反応する瞬発力。
ユキノという人物は連理とは違う意味で圧倒的な戦闘センスが備わっていた。
「暗殺剣技ーー烈火氷乱舞ッ‼︎」
接近したユキノによって繰り出される剣技。
右手の炎と左手の氷が互いに交差し、灼熱と氷結の渦を生み出す。
「……がはっ!」
ユキノが剣を収めると、ハンスの体から赤い鮮血が迸り、素顔を覆うガスマスクから血が滴る。
「解説は死亡フラグですわよ」
沈黙するハンスにユキノがふっと、微笑みながらいう。
「さすがはわたくし、今日も絶好調ですわねっ⁉︎ ……あら、なにか忘れているな……って、そこのあなた大丈夫ですの⁉︎」
ユキノは思い出したかのように倒れている連理に駆け寄る。
「とりあえず止血をーー」
連理にそっと左手をかざすユキノ。
すると辺りの空気が急激に冷え、パキパキと血が垂れる連理の傷口に氷の血栓ができる。
透明な氷に連理の血が赤く滲むも、出血自体は止まっていた。
「これで応急処置は完了ですわね……倒れているので助けましたが、この方は一体何者なんでしょう?」
徐々に呼吸のリズムが整いつつある連理に向けて、ユキノは素朴な疑問を口にするのだった。