episode5〜風の刃〜
コツコツ、と静寂とした廊下に相応しくない足音が響く。
土足厳禁であるはずの校舎内にブーツで入り込んできた輩は、油断なく警戒の糸を張り巡らせながら保健室を目指し進んでいく。
相手からちょうど死角となる階段の陰に身を潜めながら、チャンスを伺う。
あと数メートル。
そうすれば射程圏内だ。
「そこっ!」
「なっ‼︎」
相手の視線が俺の隠れる階段へと突然捉える。
刹那、腕を横に薙ぎ払われる。
「なにを……っ!」
いやっ、違うっ!?
意味不明な行動に反射的に動きを止めるが、すぐに本能が危険を察知する。
咄嗟に身を投げて、自ら敵の前へと躍り出る。
わざわざ敵に姿を晒したのは、正解だったようだ。
俺を隠していた壁になにかが着弾し、硬いそれが容易く貫通した。
破壊というよりかは切断。
硬さと厚さを誇るコンクリートの壁に平行な切り跡が生まれていた。
仮にあの場に留まっていたら、真っ二つになっていたのは俺の胴体の方だろう。
いま、こいつ何を飛ばしたんだ⁉︎
飛ばされた得物の正体がまるでわからない。
そもそも物体で攻撃を仕掛けてきたのか?
それすらも定かではない。
攻撃の正体を冷静に分析したいが、相手はそんな悠長に構えてはくれなかった。
ブーツの底を鳴らし、ゆっくりと近づいてくる。
「どうやらこそこそと隠れていたネズミが出てきたようですね」
エイスを彷彿とさせる紳士口調。
スラッとした立ち姿に派手な飾りのないシンプルな軍服。
「わたしはエイス様の側近の部下であるウィンと申します。エイス様のご命令によりあなたを抹殺しに参りました」
「わざわざ自己紹介どうも。だけどお生憎様だ、眠るのテメェだぜ!」
こうなったら分析なんて後回しだ!
仕掛けられる前に仕掛ける!
相手に動く暇すら与えない不意打ちで発砲する。
一直線の廊下だ、そう簡単にこの一撃は避けられないだろう。
「相手が無防備となるわずかな隙をついては躊躇いなく殺しにくる残虐さ。エイス様より話を聞いていましたが、あなた本当にこの世界の人間ですか?」
「少なくとも俺の知っている人間は空を飛ばないんだけどな」
完璧なタイミングで仕掛けた攻撃だったが、意図も容易く避けられてしまった。
まさか空中に浮いて弾丸を回避するなんて思いもしなかった。
なんだよこの超常現象は。
相手は超能力者とでもいいたいのか?
「ちっ、今度は外すか!」
浮いているウィンに狙いを定め、発射。
黒銃から放たれた光の弾丸は先ほどとは比べ物にならない速度で敵の胸元を穿とうとする。
だが、
「単純ですね」
ひらり、と空中を散歩するかのような軽やかな足取りで俺の攻撃を躱すウィン。
宙に浮いているだけでなく、そこから自由に移動できるのか‼︎
透明な足場にでもいるのか、やつはきちんと足を踏みしめて俺の弾丸を避けていた。
「いい加減、そんな卑怯な真似してないで降りて戦えよ」
「合理的に考えこのまま空中から仕掛ける方が勝率は高いでしょうが、いいでしょう。あなたの安い挑発に乗ってあげましょう」
ゆっくりと、空中から地面に足を降ろすウィン。
「そうだ、これで殺りやすくなっーーっ⁉︎」
今度こそ仕留めてやろうと銃口を向けるが、研ぎ澄まされた感覚が危険信号を発した。
ほとんど反射的に身を低くすると俺の頭上をなにかが通過した。
目に見えないものであったが、それが鋭利なものであることはわかった。
それが通過した後の窓ガラスが残さず真っ二つに切れている。
割れているのではなく横から極薄の刃で切断されている。
「いまの攻撃を避けるとは、やりますね。素直に賞賛してあげます」
「ちっ、それはどうも!」
今度こそ俺が仕掛ける!
「させると思いますか?」
「っ⁉︎」
またかよ!
こちらに攻める隙も与えない間隔で二撃目が放たれる。
相変わらず視覚で捉えることができないので殺気や気配だけを頼りに回避する。
しかし今度の攻撃は一発では終わらない。
2発、3発と連続で繰り出される。
ギリギリのタイミングでそれらすべてを避けてはいるもののこのままではジリ貧となる。
せめて攻撃のトリックさえわかれば……。
こう動き回っていちゃ照準も合わせれない。
「どうしました? 逃げ回っているだけじゃわたしには勝てませんよ?」
「そうね、ならそうさせてもらうわ!」
「なにっ!」
突然、天井からシンクが銃を構えて登場する。
途中からわかれたのは知っていたが、まさか気配を完全に押し殺して近場に潜んでいたとは思いもしなかった。
鋭敏になった俺の感覚でもその気配を捉えられなかった。
シンクの銃口からも俺と同じ光の弾丸が放出され、ウィンへと迫る。
決まった、のか?
「なっ⁉︎」
だが、そう簡単に殺される相手ではなかった。
シンクの放った弾丸が着弾する直前、不自然にウィンの体が横に飛んだ。
なんだ、いまの動き!
体を動かして回避したというより、なにかに吹っ飛ばされ、結果的に回避したって感じだ。
「まさかここまで気配を消して忍び寄ってくるとは……なるほどあなたたちが噂の黒き灯火ですか」
攻撃を外し、俺の隣にまで戻ってきたシンクにウィンが言葉をかける。
「だったらどうしたっていうのよ?」
「ちょうどいい。皇帝にあだなす愚かな反乱分子よ、いまここでわたしが葬り去ってあげましょう」
「上等じゃない」
シンクの握るハンドガンタイプの小型拳銃が輝いたかと思うと、その銃身が大きく変形し、一瞬にして銃身の厚い両手銃へと変身する。
「なるほど、それがあなたの古代秘具ですか……自由に銃の形状を変えられるみたいですね。遠距離、中距離どちらにも対応できる万能さはありますがネタが単純にバレてしまうのがおしい。ネタが破れた古代秘具ではわたしには勝てませんよ」
「随分とペラペラ解説するじゃない……それに、残念ながらあたしもまったく同じことを考えていたわ!」
「それはどういう意味ですか?」
「あんたのネタも既に破れているって意味よ! あんたの古代秘具は風を自在に操ることができる。いままで連理を苦しめてきたのはカマイタチ、真空の刃ってやつね。あんたはこの空間内に流れるわずかな大気を旋風へと変え、それを薄く研ぎ澄まし放出し、カマイタチを生み出していた」
なるほど、どうりで目で捉えられないわけだ。
風の流れなんて音や皮膚くらいでしか判断する手段がない。
「さらにさっきあたしの不意打ちを避けたあの動き、己の筋活動によって横に飛んだというよりかは、誰かに突き飛ばされたかのような外力によって強引に体を吹き飛ばしたといった方が説明のつく動きをしていたわ。おそらく自身のすぐ側に突風を発生させ、体を横に飛ばしたのね」
それができるなら、空中浮遊も説明ができる。
あれもおそらくは足元に風を発生させて浮いていたのだろう。
しかし、対流する空気の操作なんて簡単にいってくれるが末恐ろしい理論を平然と語ってくれるな、こいつら……。
「くっははは、いや〜お見事、お見事」
シンクの推理にウィンはすぐさま賞賛の声を返す。
嘲笑するかのようなデタラメな拍手を送りシンクを褒める。
「まさかたった数分でわたしの古代秘具のネタを見抜くなんて、さすがは皇帝すらも敵視する黒き灯火だ。しかし、よくわかりましたね」
「ここに降りたときに、一瞬だけど大気の流れの変化を感じたわ。銃使いである以上あたしは大気の流れを常に肌で感じ取れるようにしているのよ」
「なるほど、自身の弾道を予測するためのスキルですか」
ここだ!
好機は見逃さない。
油断したように嘲笑し、シンクに注意が注がれるこのタイミングで、俺は駆け出した。
素早く接近し、カマイタチを生み出す隙も与えずに撃ち抜く‼︎
「もらった!」
俺の銃弾が旋風を発生させるよりも早く到達する距離にまで肉薄し、トリガーを引く。
だが、そのときだった。
突然、大気の流れが変わる。
いままで風の流れすら感じることのできなかった微細な風量から一変、人を吹き飛ばすほどの暴風が巻き起こる。
無防備に突撃してしまったため、ガードもできず華麗に空中へと打ち上げられてしまう俺。
そのまま廊下の端まで流され、背中から勢いよく落下する。
「がはっ!」
落下の衝撃を背骨で受け止めた俺の口から息が吐き出される。
瞬間的な出来事に自分の体がどうなってしまったのかがいまいち把握できていないが、痛みだけははっきりとわかる。
「っ!」
背中を襲う激痛に顔をしかめる。
「残念でしたね。古代秘具のネタは破れた以上こちらの秘密を悟られないような小細工をする必要はなくなりました。ここからはわたしも本気でいかせてもらいますよ!」
ゴウッ、とウィンを中心に剛風が渦を巻く。
あまりの風速に風を目で捉えられてしまう。
激しく乱回転する風は、コンクリートの壁など布切れのように切り裂き、破壊し、その残骸を乗せて舞っていく。
「このっ!」
シンクが放射。
勢いよく放たれた光の弾丸だったが、速すぎる風の回転により生み出された壁はあまりにも厚く、簡単に弾丸を弾いてしまう。
「随分と硬い防御壁ね」
「これがわたしの古代秘具、ザ・ウィンドの必殺技、暴風壁⁉︎ 回転力を極限まで強化した風がわたしを守る盾となり、周囲を破壊する凶器となる攻防一体の技だ!」
随分と厄介な力だな……。
あいつが歩けばおそらくそれに付随して暴風もついてくる。
近づくだけで無条件に周囲を破壊できる必殺技というわけだ。
破壊の化身が盾を持っているようなもの。
隙のない完璧な攻撃だ。
「連理、一旦引くわよ!」
形勢が不利だと悟ったシンクが、俺の元まで駆け寄ってきて、いう。
そのまま未だ立ち上がれない俺を肩で支えながら、暴風に向けて銃を突き出すシンク。
「引くって、どうやって? そう簡単に逃がしてくれる相手でもないだろ」
「こうするのよ! 目瞑ってなさい‼︎」
バンッ、という発砲音とほとんど同時に目を焼くような激しい閃光が迸る。
あまりに強力なすぎる閃光は廊下を数瞬だけ真っ白な世界へと染め上げたのだった。