episode4〜協力者〜
暗くて冷たくて、とても静かなところに俺の意識は沈んでいく。
あぁ、天国ってこんな感じなのか?
気持ちいいな。
ふわふわとした恍惚感に溺れながら俺はゆっくりと目を開ける。
裂かれたはずの左目もいまならば開くことを許されている。
そして、俺の瞳が映す先にはもう会えないと思っていた彼女がいた。
「……紫苑」
白い花畑に佇む、俺の恋人。
制服姿の彼女はもう二度と見ることのできないと思っていた、心が満たされるあの笑顔を送ってくれた。
「ごめん、俺。仇打てなかったよ……」
笑う紫苑に頭を下げる。
だが、そんな俺の謝罪に紫苑は笑顔を崩さないまま首を横に振る。
「私の方こそごめんね。もう連理の側にいれなくて」
「……何を言ってんだ、こんなとこだろうと俺はずっと紫苑と一緒にいるつもりだぞ!」
「ううん、そうじゃないの。連理はまだここに来るべきじゃないから」
「なっ、どういう意味だよ、紫苑!」
叫び、紫苑の手を取ろうと腕を伸ばす。
しかし、どんなに手を伸ばそうと紫苑は離れていき、その手を握ることはできない。
やがて花畑だった空間から俺だけが引き離されていき、紫苑との距離がどんどん遠くなっていく。
「そんな、紫苑! 紫苑‼︎」
俺は、死んだ先で紫苑と一緒になることはできないのかよ……。
◆
「し、おん……紫苑!」
「ちょっと、心配してあげている人の前で女の名前なんて出さないでよね」
「あれ……ここは?」
気づくと俺はベッドの上にいた。
見覚えがある。
ここは学校の保健室だ。
頬に温かい液体が伝っている。
涙? 俺は泣いていたのか?
「そうだ、紫苑は!」
「だから! あたしを無視して女の名前を呼ぶなっ‼︎」
すぐ隣から声がする。
振り向くとそこには、赤髪ツインテールの女の子が座っている。
「おまえは?」
「命の恩人におまえ呼ばわりなんて随分と礼儀のなってない無礼者ね」
「俺を殺さないのか?」
「だからさっきも言ったけどあたしはあんたの敵じゃない。あたしはターゲットでもない無関係な人間を片っ端から撃つなんていう野蛮な趣味は持ち合わせていないわ」
「そうか……」
どうやら気絶していたらしい。
さっきの光景は夢で、俺は彼女にベッドまで運ばれて介抱されていたようだ。
「俺どのくらい寝てたんだ?」
「ほんの30分程度ってところかしら。あんたが倒れてからそれほど時間が経っていないのは事実よ」
「そうか……」
行かなくちゃ。
寝てたおかげかだいぶ体は動くようになっている。
早くあの野郎をぶっ殺しに行かないと。
「ぐあっ!」
勢いよく上体を起こすと、鋭い痛みが全身を襲い反射的に呻いてしまう。
「ちょっと、あんたなに起き上がろうしているのよ! 黙って寝てないとダメでしょ⁉︎」
「うるせぇ! 俺は一秒でも早く紫苑の仇を打たなきゃならないんだ! こんなところで油を売っている暇なんてない‼︎」
必死にもがく俺をツインテールの女の子が宥める。
「あんたの寝ている間に体を調べさせてもらったけど酷い状態よ! 無理に古代秘具の酷使したせいで内部から体が破壊されている。このまま無茶に使い続ければ人として死ぬわよ⁉︎」
「関係ない。俺はあのザンってやろうに復讐さえできればそれで良い」
「なら尚更ね。残念ながらあんたの追う白き死神はもうここにはいないわ。裏世界に戻ったわ」
あいつが、もういない、だと……。
唐突に告げられる衝撃的事実。
「……くそがっ!」
衝動的に拳を布団に叩きつける。
逃がした、逃がしてしまったのか……俺は。
ターゲットが消えたと知った途端、体に灯っていた熱が急激に冷やされ、一気に脱力してしまう。
「それよりもあんたは一体何者なの? その古代秘具をどこで手に入れたの?」
俺が意気消沈としたタイミングで、赤髪の女の子が尋ねる。
動く理由を失った俺は、仕方なく彼女の問に答える。
「古代秘具? この銃のことか? 知らん」
「はい?」
「どこからもなにも、気づいたらこいつを握っていた」
「つまりは空間転移をして所有者の元に召喚されるタイプの古代秘具というわけね」
「はっ、空間転移? なんだよ――いっつ」
ズキン、と左目に痛みが走る。
「ちょっとあんた、それどうしたのよ!」
「ザンにやられた」
「診せてみて!」
左目を押さえる手を無理矢理退けて、赤髪の少女が切られた目を診てくれる。
「中までやられているわね……これじゃあもう移植以外左目を取り戻す手段はないわね」
閉じた左目を強引に開かせ、そう告げる。
「とりあえずいまは包帯かなにかを巻いて――っ⁉︎」
刹那、彼女の表情が険しさを帯びる。
「おいっ、どうしっ――」
「しっ、静かにして。誰か来る」
いまはあの時のようにスイッチが切り替わっておらず感覚が鈍っているため人の気配を感じることはできない。
だが、彼女はなにか気配を察知したのか素早く俺を制する。
「敵か?」
「わからない。でも多分そう」
「そいつらはここを襲った奴らの関係者で間違えないのか?」
「その可能性は高いわね、いやむしろそうである可能性がほとんどよ」
「なら、行かなきゃ」
「ちょっと、あんたさっきのあたしの話聞いてた⁉︎ 無理するなって言ったばかりでしょ‼︎」
「知るかよ。俺の体よりもいまはあいつを探すヒントだ。近づいて来るやつがあいつの手下なら居場所くらい知っているはずだ。瀕死にした後で吐かせてやる」
さっきと比べて痛みがひいている。
これなら十分戦える。
「ひとつ聞かせて。どうしてあんたはそこまで白き死神を殺すことにこだわっているの?」
「……あいつは俺の大切な親友と彼女を殺した。絶対に許さない……たとえこの体がまともに機能しなくなったとしてもやつの息の根だけは止めてやる!」
「……ならいまここで力を使い切って死ぬわけにはいかないでしょ?」
「どうしても俺を止めるっていうのか?」
「1人より2人でしょ? あたしも協力してあげるわ」
「どういう風の吹き回しだ?」
「あんたのその気持ちわからなくないから……ただそれだけ」
彼女は虚空から銃を呼び出し、それを右手に装備する。
「マジかよ」
ファンタジーな力を見せつけられ、荒んでいる心にも驚愕が生まれてしまう。
「それに……あたしもあんたと同じやつらを敵に回しているから目的は一緒なのよ。あたしはシンク、よろしくね」
「雨宮連理だ」
俺は、シンクと一時的な協力関係を結び、万全とはいえない体に無理を効かせて保健室を飛び出した。
後書きにどういうことを書けば良いのか思いつかないなぁ〜