episode3〜緋色の瞳〜
「はぁはぁ……」
血生臭い廊下を駆ける。
つい先ほどまでは平穏な日常を送っていた廊下だったのだろうがいまは違う。
「こっちに逃げたぞ! 追えっ‼︎」
いまこの校舎は人間の血で赤く汚れていた。
「くそがっ!」
危機的状況から脱したものの、未だ追手は迫りつつある。
このままでは逃げたやつの痕跡すら辿ることもできない。
多少遠回りでもここにいる兵士をすべて片付けるしかない!
俺は背後から兵士が迫っていると察知すると、すぐさま体を右に捻り方向転換。
階段の踊り場へと身を投げ、そのまま数秒待機。
「なにっ!」
「死ねっ!」
階段で下の階へと降りたとまんまと勘違いし、無謀にも踊り場へと姿を現した兵士へと一発お見舞いしてやる。
光の弾丸は兵士の頭部を意図も容易く吹っ飛ばし、残った胴体は無害な屍と化する。
「待ち伏せかっ!」
それを機に兵士の警戒心が一段と増す。
しかし、その警戒心こそを逆に好機と捉えた俺は自ら踊り場を飛び出しさっきまで逃走していた長い一方通行の廊下を突進する。
行動と行動のわずかな境目、意識を切り替えるその瞬間を突かれた兵士たちは慄き判断に遅れが生じる。
すかさず敵の人数を確認。
5人か。いけるな!
手始めに近場で動揺している2名の兵士の頭を順々に吹き飛ばし、そのまま勢いを殺さずに3人目の兵士に肉薄。
ゼロ距離で胴体を穿つと、そいつを今度は後方で待機する兵士に投げつけ、視覚を遮断。
その死体ごと銃で撃ち抜き、貫通した銃弾で4人目を仕留める。
体感にして約20秒。
そんな短時間で仲間を4人も葬られた生き残り兵士は、ついに硬直状態から解放され剣を構える。
だけど、遅い!
「き、消えたっ!」
兵士が驚く様を俺は空中から眺めていた。
相手が武器を構えるとほぼ同タイミングで壁を蹴り、宙へと舞っていた俺はそのままアクロバティックな宙返りを決めながら兵士の頭部を撃ち抜いた。
「とりあえずこれで追手は全員殺ったか……」
華麗に着地し、速まった呼吸のリズムを整える。
その時だった。
ほんの数秒であったが、ぐわんと視界が歪んだ。
唐突に体から力が抜けていき、立っているのも億劫になる。
「っ……」
ぐらつく意識をはっきりさせるため右目を手で覆い隠し、廊下の壁に寄りかかる。
なんだこれ、眩暈?
だが、こちらの体調不良を待ってくれるほど敵も甘くなかった。
「いたぞ! 仲間が殺られている、注意しろ!」
次々と兵士が湧いてきて、俺を殺しにかかる。
「ちっ、こんなところで立ち止まるかあぁぁぁぁぁっ!」
眩暈を雄叫びでかき消し、俺は銃を握り締めた。
◆
「はぁ……はぁ……」
どのくらい戦っただろうか?
校舎内に潜入した敵兵をすべて排除し終えたあと、保健室へと立ち寄り荒い呼吸を整える。
必死に心拍数を安定させようと試みるも、活性化した肉体はそれを許してはくれない。
どくん、と心臓が跳ねた。
「ぐあっ!」
それと一緒に襲いかかる胸の痛みに表情が歪む。
なんなんだよ、これ……。
ザンやエイス、その手下である武装集団と戦っていた時には考えもしなかったが、冷静になったいまは右手に握られたこの黒い銃がどれほど異質なものであるかということがわかる。
それにこの体の痛み……普通じゃない。
まるで内部から細胞を直接食われているような、そんな感覚だ。
「くそっ、一体なにが起こってんだよ!」
途方もない怒りをぶつけるように壁を殴る。
校舎を駆け回る最中、他のクラスも覗いてみたがどれも俺のクラスと同じ悲惨な状況。
誰ひとりとして生存者はおらず、全員無残にも殺されていた。
「まだ、体は動くな」
激しい痛みが続くが、力は残っている。
一度冷えた思考をもう一度燃やし、復讐心に身をやつす。
スイッチを切り替えた瞬間、いままで鈍麻だった感覚が嘘のように鋭敏になる。
視覚以外の感覚からも周囲の情報が伝達される。
……足音が聞こえる。
過敏となった聴覚が保健室へ向かってくる足音を捉える。
全滅したと思ったのに、まだ残っていたのか……。
軽い、女だな。
異常なまでに強化された聴力は、足音の高さだけでその人の重さを大体把握でき、女性だか男性なのかを判断できるようになっていた。
方角的に、右側の扉か……。
まだ敵が残っているのなら保健室に入ってきた瞬間に撃ち抜く!
照準を足音がやってくる方向から近い扉に合わせて、息を殺して待機する。
やがて足音は集中せずともはっきりと聞き取れる位置にまで近づいてきて、ゆっくりと扉が開いていく。
バンッ!
扉が全開放されるより早く、俺の銃弾が放たれ鉄製の扉が木っ端微塵に粉砕される。
「殺った、か……いや」
痛む体に鞭を打ち、反射的に左に飛ぶ。
狙い違わず撃ち抜いたはずだが、まだ気配は消えていない。
俺が回避行動をとった数秒後には、光の弾道がそこを通過していた。
当たっていたら間違いなく塵と化していた攻撃。
確実に俺の命を狙いにきた一撃だ。
だが、飛んできた弾道から相手の位置は把握できた!
床を転がりながら照準を定め、黒銃を向ける。
「なっ!」
だが、第2弾を用意していたのは相手も同様。
まったく同じタイミングで俺と敵は銃口を突きつけていた。
お互いの視線がここにきて交わる。
足音から女だとわかっていたが、実物は想像していた以上の人物であった。
長い赤色のツインテールに大きな緋色の瞳。
顔立ちは童顔だが、綺麗に整っており、つり上がった眉が気の強さを象徴する。
衣服は黒いマントで覆われているため把握できないが、素足である部分から察するにおそらくスカートであろう。
赤髪の女はこちらに銃口を突きつけながら、俺をじっくりと観察する。
やがて、おもむろに口を開く。
「あなた……ここの生徒なの? 殺された人たちと同じ服を着ているわね」
「……だったらどうした? テメェは何者だ。俺のクラスメイトを殺したやつの仲間か?」
互いにナイフを突きつけあった状態でありタイの関係であるため、噛みつくように睨み据える。
「廊下で死んでいた兵隊さんのって話なら答えはノーよ。あたしはあんたの味方であることは保証するわ」
「証拠がない。信じられるか」
仲間と油断させた隙に殺しにかかるという可能性もある。
「そうよね……なら、これでどう?」
そういって、彼女は手に持っていた銃をこちらに投げつけてきた。
地面を転がり俺の足元にくる銃。
本当に信用していいのか?
自ら無防備となる敵の姿を前にしても疑心感が拭えない。
それほどまでに俺の心には余裕がないのだ。
クラスメイトを殺され、親友を殺され、挙句には恋人を殺された経験からか武器を所持しているやつは全員あのザンやエイスの手下と考えてしまう。
いくら鋭敏となった感覚でも相手の心情までは読めない。
疑うくらいなら、この機会に殺しておくべきなのか?
俺は下手な賭けをしてここで死ぬわけにはいかないんだ!
「……悪いな、いまの俺には心の余裕がないんだ」
そう宣言して、引き金を引く。
だが、さっきまで弾丸を放っていた黒銃だったがなぜかいまに限って弾が発射されない。
トリガーは軽く、何度弾いても引き金を引く感覚が伝わってこない。
代わりにとてつもない疲労感に眩暈を覚え、姿勢を維持するのすら困難になっていく。
ふらふら、とおぼつかない足取りとなる。
「ちょっと、あんた大丈夫!」
「ちく……しょう」
ここで死ぬのか。
そう悟ったときには俺の意識は真っ暗な世界へと沈んでいた。
一話ずつだから結構さっぱり目な戦闘シーンになっている……