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連理とユキノ①

 ある日、俺はボスから呼び出しを受けた。

 会議室へと移動し、会議用の椅子へと腰掛けるボスの前に立つと、早速本題が切り出された。


「ユキノから聞いたわ。七影剣との戦い、我を忘れて敵の反撃を受けそうになったそうね」


「……」


 感情のセーブができずに乱暴に攻撃したあのことか。


「正直いまのあなたは暗殺者として失格。戦闘に無駄が多すぎて使い物にならないわ」


「随分はっきりいうな……」


 手厳しい評価に気圧されそうになるが、軽く微笑みながら軽く流す。


「そういうわけだから、今日からあなたには特別訓練を受けてもらうわ」


「特別訓練?」


「えぇ、暗殺の基礎ともなる技術をここで習得してもらうわ」


「わかった。それで俺は誰にその技術を教わればいいんだ?」


 まさか自力で習得しろだなんて事態にはならないだろうと、コーチの紹介を求める。


「わたくしですわ」


 背後から聞き慣れた声が返答する。

 金色の髪を揺らしながら悠然と歩くゴスロリ服の美少女。


「ユキノ⁉︎」


 つまり、俺の特訓のコーチというのは……。


「それじゃあユキノ。あとは任せたわよ」


「承りましたわ」


 ユキノで間違いないようだ。


 ◆


 ユキノに指示されるまま訓練場へと赴き、そこで模擬刀を握らされる。


「おい、これから一体なにをするんだ?」


「特訓ですわ」


 さも当然のようにキョトンとした顔でいわれた。


「そういう技術を習得するためのアドバイスとか最初にないのか?」


「学ぶより慣れる。戦闘のセンスというのは頭と体に学ばせないと真価を発揮しません。ですのでまずは体で感覚を覚えてもらいますわ」


 そういいつつユキノも両手に模擬刀を装備して俺の正面で構える。


「まずはわたくしと打ち合って、その後にあなたの状態がどのようになっているのかを説明致しますわ」


 話はそれかららしい。

 ……仕方ない。

 俺もユキノに習い模擬刀を正眼に構える。

 デスペラードを解放したような感覚を思い出せ。

 感覚を研ぎ澄まし、戦闘モードへと己を切り替える。


 二刀流に対してこちらは一刀で対抗する。

 ユキノの実力は本物だ。

 訓練とはいえ、怪我で済まない可能性もある……こっちも最初から全力でいかないと簡単に潰されるな。


 指摘されたことの反省を活かして、いつもより数倍冷静で臨む。


「始めますわよ」


 スタートと共に俺は、駆ける。

 瞬時に剣の攻撃範囲が有効となる距離まで詰めると模擬刀を横薙ぎにする。

 もちろんそんな単調な攻撃、ユキノに届くはずもなくきっちりと対応される。

 刀の腹で受け止められる。


「ぐっ……」


 相手は女、腕力で吹っ飛ばそうとそのまま手に力を込めるも、動かない!


「女の子相手だからと力技に持ち込む、浅はかなですわね」


「なにっ⁉︎」


 ヒュン、と俺の剣が空を切る。

 気づくと正面で鍔迫り合いをしていたはずのユキノが視界から消えていた。


「動体視力も鈍いですわね」


「がはっ!」


 腹部に走る衝撃。

 ズシンと重たい一撃は、俺の体をボールのように軽々と吹っ飛ばす。

 は、速いっ⁉︎


「ぐっ……いって」


 しかも速いだけじゃなくて破壊力も相当高い。

 これが女の子の腕力から繰り出される攻撃かよ……次元が違う。


「いまの打ち合いでわかったでしょう? あなたの弱点がなんなのか」


 模擬刀の切っ先を鼻っ面に突きつけながらユキノがいう。


「いくらデスペラードの力で急激に成長したところで、それは所詮一時的強化に過ぎませんわ。本当の力というのは長い鍛錬と経験を積んだ者のみに宿る神聖なものなのだと」


「俺は自分の力を驕っていたといいたいのか?」


「端的に述べてしまえばそうですわね。いまのままではこちらの世界の強敵と対峙した瞬間に死体になるだけですわ」


「……そうかよ」


 あらぬ事実を告げれ、反発的になってしまう。

 素直に悔しい。

 このままじゃ、白き死神(ホワイト・ハーデス)に復讐する前にこっちが死ぬ。

 それな最悪の事態だけはなんとしても避けなければならない!


「そういうわけですので、いまからあなたには鍛錬を積んでもらい、素のあなたの能力を向上してもらいますわ」


 ユキノの考える具体的なプランを告げられ、いよいよ俺の特訓が開始した。


 ◆


 用意されたメニューは意外にも単純だった。

 右目を布で隠しユキノの攻撃を避けるというもの。

 シンプルな特訓なのだが、難易度は鬼だ。

 ユキノ曰く、相手の行動を先読みし、残った感覚を最大限に活性化して息遣いや足音など聞き分け、それをヒントにすれば視覚が遮断されていようと簡単に躱せるというのだが……。


「がっ!」


 バシン、と木刀が俺の頭を打った。


「集中が足りませんわ! 視覚に対する意識をすべて捨てて、全神経をあとの感覚に注ぎなさい‼︎」


「くそっ、そういわれても。いっつ!」


 今度は腕が弾かれる。

 痛みで集中が遮られたところにガラ空きの胴にお見舞いされる。

 そんな一方的な木刀打ちが繰り広げられること数時間。

 全身があざだらけになる頃には、俺はようやく成長の兆しが見え始めてきた。


「いきますわよ……」


「あぁ、頼む」


 勝負がスタートすると同時に俺は視覚系に注ぐ神経をすべて遮断。

 嗅覚、聴覚、そして脳の行動予測に全神経を集中させる。

 ダッ、と風の音でも掻き消されそうなくらいの小さな足音を捉える。

 その方向は、正面!

 そしたら次にユキノが攻めてくる速度を風の抵抗に逆らう音をして判断!

 それに加えて何十発と体で喰らって覚えたユキノの斬撃の範囲を計算過程に組み込み、迫る速度から大方のリーチを導く‼︎


 これだけの式を瞬間的に構築し、解くことでユキノの攻撃を感覚で捉える!

 その導いた解を頼りに、ユキノの斬撃が届く数瞬前に腹部を後退させる。


 ヒュン、とユキノの剣が空を裂き空振りする。

 よしっ、躱せた!


「やっと掴みましたか。なら、これでどうねしょうか!」


 感激に浸る余裕などユキノは与えてはくれない。

 すぐに2発目の刃を繰り出してくる。

 それもさっきと同じ要領で避ける。

 それを5回ほど繰り返したところでユキノは剣を収め、静止した。


「どうやらわたくしの動きが止まったことまで聴き分けられるようになりましたか」


「あぁ、うまくいっーー」


 目隠しを取ろうと腕を伸ばした直後、忘れていた激痛が走り反射的に仰け反る。

 すると今度は打たれた足が痛み体制が崩れる。


「ちょっ、わっ、わぁ⁉︎」


 バタン、と前方に倒れた俺を柔らかいクッションのようなものが優しく受け止めた。

 倒れた勢いで目隠しが外れ、真っ暗だった視界に光が灯る。


「あっ、ぐっ……いっつ」


 ユキノの重撃を受け続けた体は既に限界と悲鳴をあげていた。

 しかし、倒れたままでいるのもみっともないのでズキズキと痛む体に鞭を打って立ち上がろうとする。


「ひゃあ!」


 むにゅり。

 腕に力を込めた途端に、掌からそんな効果音のする温かな感触が伝わってきた。


「えっ?」


 反射的に上体を支えている腕を確認する。

 なぜかそこには俺の腕だけではなく、床に仰向けになるユキノの姿までもがあった。

 頬を赤く染めるユキノ。

 そんな彼女の片方の胸を鷲掴みにする俺の手。

 思考が固まった。

 どういうことだ?


「っう⁉︎ 馬鹿‼︎」


 パンッ、乾いた平手打ちの音が訓練場内に響くまで俺の思考は凍結したままだった。


 ◆


「まったく信じられませんわ!」


「その、悪い……」


 事故とはいえ、女の子の胸を触ってしまい絶賛反省中の俺。

 そんな俺を見下ろしながらプンスカとユキノが不機嫌そうに腕組みをしながら仁王立ちする。


「痛みで体がおかしくなるほど打ち込んでしまったわたくしの責任もありますが、それでしても、わたくしの胸を揉みしだいて良い理由にはなりませんわよ!」


 微妙に話を盛られているような気がするが、反論すると余計に逆上されてしまうだけなのでここはほとぼりが冷めるのを待つ。


「なにより許せないのが、わたくしの胸を触っておいて、その希薄な反応! あなたはゲイかバイシェクシャルの類ですか⁉︎」


「それは絶対ない!」


「というより、転んだ拍子に女の子の胸を触るなんて……あなたはどこの世界の主人公ですか⁉︎」


 人差し指をビシッと突き立てられ、なんか宣言される。


「……いや、主人公ってなんの話だ?」


「……っう⁉︎ ほ、本日の特訓はここまでに致しますわ! わたくしは汗をかきましたのでお風呂に入ってきます!」


 地雷を踏んでしまったのか、ユキノがそくそくと訓練場から退散する。

 ……ユキノが消えた後、なんとなく胸の感触が脳裏をよぎり、頬が熱くなるのを感じた。

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