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episode19〜オラシオンの闇〜

「……朝か」


 窓からの差す日光が朝の訪れを告げる。

 寝呆眼な状態でベッドから這い出て、とりあえず大きく伸びをする。


「んっ……」


 体調は万全。

 昨日のダメージなどまるでなかったみたいに絶好調だ。


「顔でも洗うか……」


 特にやることもないので、とりあえず朝の習慣を済ませようと動く。

 と、ちょうどそのタイミングで部屋の扉が何者かにノックされた。


「わたくし、ユキノですが。もう起きていますか?」


「ユキノか? あぁ、起きているけど」


「開けてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 ユキノのお願いを承諾すると、ガチャリと扉が開き恐る恐るといった様子で彼女が部屋に上がってくる。


「お邪魔します」


「それでなにか用か?」


 女の子を部屋に入れるなんていうシチュエーションにも関わらずなんの興奮も覚えない俺は、平坦なテンションでそう彼女に尋ねる。


「はい。本日はお暇でしょうか?」


「一応暇だが、それがどうした?」


「でしたら、わたくしと一緒にオラシオンの街を歩きませんか? 買い物ついでに街を案内致しますわよ」


「オラシオンって、敵の本拠地に俺たちがみすみす赴いて大丈夫なのか?」


「はい。わたくしたち組織は秘匿組織。基本的にメンバーの素性は帝国には破れていませんわ。ですので白昼堂々と襲われるような心配はございません」


「そうなのか」


 無用心に信頼するほど甘くはないが、仲間である俺を騙す理由もないだろう。


「敵の本拠地がどのようなところなのか、知っておいて損はないと思いますが、いかがします?」


 たしかに敵地の情報を収集することは決してマイナスではない。

 それに、こちらの世界の文化がどのようなものなのか興味はある。


「それじゃあ、頼めるか?」


「承りましたわ! それでは、早速……」


 元気良く返事をしたユキノはスッと俺の手を握り、そのまま誘導する。


「お、おいっ、どこに連れてくつもりだ⁉︎」


「わたくしの部屋ですわ!」


「はっ?」


 ぽかんとする俺をスルーしてユキノが部屋に案内する。

 通された部屋は、女の子らしいとはちょっと違う大量の衣装や本棚に囲まれた、趣味満載なところだった。


「どういうつもりだ?」


 自室に戻るなり衣装を漁るユキノの背中に声をかける。


「どういうって、あなたの衣装選びですわよ」


「俺の、か?」


「えぇ。まさかあちらの世界の制服姿まま外に出すわけにも行きませんので」


「そんなにまずいのか?」


「あちらの世界の格好では悪目立ちしてかえって怪しまれてしまいますわ。下手すれば帝国兵の襲撃に遭うリスクもありますので、厳重に警戒を重ねて損はありません」


 俺がエイスを殺したという情報が既に漏れている危険性があるのだろうか。

 ボスはそのあたりも調査しているとはいっていたが、仮にバレていたとして格好程度で誤魔化せるものなのか?

 街中で暴れるという手段ではあるが、最悪戦う覚悟はしておいた方がいいかもな。

 なんて、一人で考えているといつも間にかユキノが手にした服を目測で俺とのサイズを合わせていた。


「う〜ん、やはりこっちの方が良いでしょうか? いや、あなたくらいの体格でしたらこっちの方が似合うような……」


 なにやら迷っているようで、必死に唸りながら俺の服を見繕っている。

 口出しする気もないので、黙ってユキノのひとり劇に付き合う。


「決まりましたわ! こちらの服に着替えてもらってもよろしいでしょうか⁉︎」


 ようやく纏まったのか手に持った衣装をグイグイと俺に推してくるユキノ。


「あぁ」


 断るような真似もせずに、いわれるがままに着替える。


「って、わたくしの目の前で脱がないでください⁉︎」


 俺が秒で半裸になると、顔を真っ赤にしたユキノがそこにはいた。

 そういえば、女の子の前だったな。


「悪い」


 ユキノに視線を逸らしてもらい急いで上下共に衣装チェンジする。

 貰った衣装は黒を基調としたシャツにコートを合わせた素朴ながらどこか厨二感のあるデザインをしている、若干趣味が混ざったような物だった。

 しかし、戦闘用に改造されているのか洒落たデザインの割には機能性が良い。


「よく似合っていますわ。さすがはわたくしが見立てただけはあります」


 俺の格好を見て賞嘆に浸るユキノ。

 うんうんと何度も満足げに頷いている。


「そして仕上げに、これですわ!」


「眼帯?」


 意気揚々とするユキノが渡してきたのは眼帯だった。

 医薬用の綿製ではなく、漫画のキャラクターが装着しているような布製の本格的な物だった。


「そんな包帯ぐるぐる巻きでは目立ちますわ。その衣装合わせてわたくしからプレゼントしてあげますから、さっさと装着なさい」


「あぁ……悪いな、なにからなにまで」


「気にしなくてもいいですわ。仲間ですもの」


 ユキノに促されるまま、俺は包帯を破き捨て新たに眼帯を装着する。


「今日のところはそれで良いとして、あなた左目を移植するつもりはありませんの? 組織にコンタクトのある医師に相談すれば代わりの目を用意してくれると思いますが……」


「いや、このままでいい。失った視界は右目と感覚でカバーするし、なにより」


 自然と手が力み、震える。

 記憶からやつのことを想起するだけで憎しみが溢れ、いまにも自制を失いそうになる。


「この左目はあいつにやられたものだ。それに殺すと誓った覚悟の証のようなものでもある。いまこの目を治しちまったら、せっかく固まった決心が鈍りそうで嫌なんだ」


「そうですか……ならわたくしの口からなにもいうことはありませんわ」


 ふぅ、と俺の本心を聞き出せて満足したのかユキノが落ち着いた表情をする。


「では着替えも終わりましたし、早速出掛けますわよ」


「わかったから、手を引っ張るのはやめろ」


 気持ちを切り替えたといわんばかりに、俺を先導してユキノが外へと行く。

 こうして俺とユキノの街散策が始まった。


 ◆


 アジトをカモフラージュする森を抜け、歩くこと数十分。

 この道のりを経てようやくオラシオンの入り口に立った俺は、その圧倒的な街並みに心を奪われてしまう。

 そこには漫画でしか見たことのないような、レトロな街並みが無限に広がっており、バザーのような店構えの行商販売者がいくつも並んでいる。


「すげぇ、本当に俺のいた世界より文化が遅れているんだな」


 移動手段は車ではなく、馬車や人力車。

 不便ではあるだろうが、個人的には趣があって好きだ。


「それで、わざわざ街にまで降りてきたんだからなにか買い物でもするのか?」


 人混みが激しくない通りで、ユキノに尋ね、目的をはっきりとさせようとする。


「そうですわね……わたくし自身もいまのところ特別購入したいものもありませんので、今日は街を紹介ついでにウィンドショッピングとでもいきましょうか」


「了解」


「あら、随分とあっさりと受け容れますのね。普通男性の方は女性の長いショッピングは嫌うものじゃありませんの?」


「紫苑……俺の殺された恋人の買い物によく付き合っていたからな。ある程度は」


「そうですか」


 苦い表情をしていたのだろう。

 素っ気なく済ませているつもりだろうが、ユキノはいまかなり気を遣っていた。

 やはり、紫苑の話題を出すとどうしても自分がコントロールできなくなる。

 やっぱり、それほどまでに俺の中で紫苑という存在は大きかったんだな……。

 改めて彼女の偉大さを噛み締め、いまは必死に前を向こうと自分をたらしめる。


「それではまず、大きな販売道を案内致しますわ!」


 そういって手を引っ張るユキノに合わせる形で俺のオラシオン散策が開始した。


 ユキノに連れられながら、俺は順々に街にある施設を紹介され、ある程度の構造を把握していた。

 ときに面白い鉱石や武器などを見かけた際にはユキノが逐一それを紹介してくれ、なんとなくではあったがこちらの世界の知識に触れられた。

 そして街の中央部に差しかかろうとしたとき、それは現れた。


「んっ、なんだあの人集りは?」


 巨大な広間を見物するように並ぶ人集りが目の前にありふと疑問に思う。


「……闇よ」


 隣にいるユキノの顔が急に翳る。

 険しいというよりかは冷たく、まるで殺意に飢えたかのような目を彼女はしていた。


「どういう意味だ?」


「行けばわかるわ」


 そう促され集団に近づく。

 ユキノの言葉通り、広間で行われている事態が目に飛び込んできた瞬間、その光景がすべてを物語る。


「なっ、なんだよあれ……」


 広間の中心。

 そこには十字架に縛られ、見せしめように吊るされた若い女性がいた。

 女性は衣服も身につけておらず、全身切り傷だらけのなんとも痛々しい格好で弱々しい息を漏らしている。

 そして、そんな女性を真下で眺める小太りなおっさんが嬉々とした声で叫んでいた。


「こいつは、我が家のメイドでありながら大切な家宝盗んだ重罪人だ! いまからこの者を窃盗の罪で処罰する‼︎」


「わ、わたしはやっていません」


 蚊の鳴くような声で呟く女性。

 しかし、そんな女性の声になど耳も傾けず小太りなおっさんは手にした鞭を容赦なく振るう。

 ヒュン、と鞭が空を切り、切り傷だらけの女性の肉体に新たな打傷を刻む。


「な、なんなんだよ……これ」


 あまりにも惨すぎる光景に言葉を失う。


「見せしめですわ。あの鞭を振るっている方はこの街の資産家のラゴウ。やつは、己の意向に逆らった者をああやって民衆の前で痛めつけ、処刑するという悪趣味なことを平然と行う外道ですわ」


「どうして誰も止めないんだ!」


「止められないのですわ。サクヤちゃんから聞いての通りこの国はいま権力を持つ者がすべて。ラゴウのような資産家に立てついた時点で無実な罪を着せられあのように処刑されてしまいますから、誰も見の保身を考え手を出せないのですわ」


「……そんなの」


「おそらくあの方も窃盗など働いていないでしょうに……」


 ふざけるな。

 沸々と昨日殺し合っていたときに感じたものとまったく同じものが胸中で渦を巻いた。

 人の命をなんだと思っている?

 玩具か?

 遊び道具なのか?

 こんなことを平気で行う下衆が国に投資したばかりに、俺の世界は蹂躙され、宏人はっ、紫苑は殺されたんだぞ⁉︎


 ドス黒い感情が爆発寸前にまで膨れ上がり、やがてそれはデスペラードを発動させる。

 いますぐにでもこの公開処刑をやめさせようと、一歩前に踏み出した、そのときだった。


「やめなさい」


 俺の感情を制して、肩を掴むユキノが後ろにいた。


「止めるな!」


「あなたは馬鹿ですの? いまここで派手に暴れればあなたは国に目をつけられ、すぐにでも処刑されますわよ‼︎」


「それでもあの人を救えるのなら……」


「冷静に考えなさい! ここであなたが罪を被り彼女が助かったとして、あの下衆の公開処刑は終わりません! また次の犠牲者が出るだけで、根本的な原因の除去にはなりません!」


「なら、このまま指を咥えて見てろっていうのか⁉︎」


「そうですわ! そしてわたくしたちのやり方を学びなさい‼︎ いま誰も制裁を加えられないのでしたら、いまここではない、闇の時間帯に制裁を加えれば良い。わたくしたちの基本は奇襲と闇討ち、こんな白昼堂々と暴れるような真似は致しませんわ」


「ちっ、だとしても」


「連理!」


 なおも食い下がる俺にユキノが青い瞳で射抜く。

 いままでユキノからは感じたこともない気迫のようなもの。

 一瞬にして俺の怒気が鎮圧されてしまうほどに鋭い気配が彼女の全身から溢れた。


「これだけは理解して頂きます。わたくしたちは人を殺めるだけで、人を救うことはできません。たとえそれが結果的に誰かを救う結末を生んだとしてもそれはあなたの理想である救済とは違います」


 ユキノの一言一言が耳に入ると同時にビリビリと痺れたような感覚に襲われる。

 理想と現実。

 その違いを告げられるということがこんなにも辛いものなのだと初めて知った。


「矛を収めなさい。そしていまの怒りのすべてを己の刃を研ぎ澄ますための糧となさい」


 ユキノの叱責により黒く渦巻いていたものが削がれる。

 唐突に力を失い、脱力しかけた体になんとか踏ん張りを効かせて踏み止まる。


「大丈夫ですわ、あのような横暴わたくしだって見過ごせませんもの。必ず舞台は用意致します」


 俺が落ち着いたのを見計らい、ユキノがいつもの柔和な調子で囁いてきた。

 くそっ、だけど早くしないとどんどんと犠牲者が増えていく一方だぞ!


「おっと、そんな連理さんに耳寄りな情報を届けにきたぜ!」


「シド!」


 聞き覚えのある声に隣を向くと、そこには悪戯風に笑うシドがいた。


「ちょっとお二人さん、面貸しな。新しい仕事の話だぜ」

面白ければ、ブクマ、評価、感想等よろしくお願い致しますm(__)m

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