episode13〜狂化〜
「虚無の羅刹ッ‼︎」
エイスが右手で地面を叩く。
すると俺の周囲にある影が一斉に伸び、それが肥大化。
俺を飲み込もうと波のように押し寄せてくる。
「邪魔くせぇっ⁉︎」
俺は右足を軸にその場で回転。
全方位に剣を薙ぎ払う。
デタラメに強化された俺の剣は、それだけで影が真っ二つに裂ける。
「なにっ!」
「エイスぅぅぅぅぅッ!」
動揺が垣間見えたところで勝負を仕掛けに突進。
右手の剣を振るう。
手応えをまるで感じない!
刃によって捌かれたのは人の肉ではなく、感触のまるでない霧のようなもの。
虚実の力で生み出された幻だ!
だが、
「舐めるなぁ!」
いまの俺はさっきまでとは違う!
極限まで研ぎ澄まされた感覚は、視覚的に情報を遮られたとしてもわずかな気配だけで相手の位置を特定できるほどにまで強化されていた。
背後より迫るエイスに、体を捻り対応。
左手の剣で胸元を浅くだが斬りつける!
「がはっ⁉︎」
初めてエイスの肉を切った感触、それがはっきりと手に伝わってくる。
ギリギリのタイミングだったが、回避行動を取られてしまったため、踏み込み足りずに致命傷を与えるにまでは至らなかった。
だが、たしかな手応えのあった一撃であることには違いない。
このまま押し切るっ‼︎
「くそがっ!」
ダンッ、と踏み止まる傍で影を操作。
地面から鋭利な影が飛び出してくる。
こいつ手をつかなくても影を操れるのか!
至近距離からの反撃にわずかに反応が遅れてしまう。
「ぐっ!」
影の槍が俺の左肩を射抜く。
飛散する鮮血に地面が赤く濡れる。
「こんなんで止まるかあぁぁぁぁっ⁉︎」
「なっ!」
血がいくら流れようが関係ない!
痛みを無視して、前進する。
右の剣で左肩に刺さる影を根本から切断し、左足を大きく踏み込む。
重心が一気に左に偏ったところで、その重さを利用して剣を振るった。
二撃目からも感じるたしかな手応え。
しっかりとした厚みのある肉を硬い骨ごと斬る感触が剣を介して伝わってくる。
「ぐはっ……」
先程よりも深く、俺の剣はエイスの胸元を抉ることに成功した。
初めてエイスが見せる苦悶の表情。
苦痛に歪んだその顔は多量の血を失い青ざめており、体から流れる血液で豪奢な軍服は汚れていた。
「ぐっ……まさかこの私にここまでの深手を負わせるとは……やはりあなたは侮れませんね」
「エイスッ!」
シュバッ、とエイスの左腕が根本から斬り飛ぶ。
決して容赦などしない。
減らず口を叩ける暇があるうちは徹底的に弱らせる!
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
俺に左腕を刎ねられ、激痛のあまりクールな姿勢を崩しのたうちまわるエイス。
「最初に言った通りだ! 俺の質問に答えてもらうぞ」
切っ先を喉元に突きつけ、いつでも殺れる体制で、詰問する。
「余裕は与えない。数秒で答えろ……ザンはどこにいる?」
「……貴様に応える筋合いなど、ない!」
刹那、俺はエイスの首を刎ねた。
「なら、自分で探すまでだ」
吐くまで拷問するなどという選択肢ははなから存在しなかった。
ここまでの強敵を生かしておく方が厄介なのは明白。
最悪、こいつの連れてきた部下の兵士を脅して情報は入手すればいい。
これで、終わっーー
「連理! 後ろ⁉︎」
シンクが甲高く叫んだ。
あぁ、わかってる。
こんなんで終わるような玉じゃねぇよな!
「かはっ……」
グサリ、と俺の胸に銀色に輝くナイフが沈む。
それと同時に口内に鉄の味が広がり、やがて決壊し外に吐き捨てられる。
「がはっ、げほげほっ……」
むせるように咳を繰り返すたびにドバドバと溢れてくる俺の血液。
しかし、俺は多量の血を流しているにも関わらずニヤリと笑った。
「ちっ、やっぱり一番油断する瞬間ってのは殺ったと確信したときだよな? エイス」
「ぐっ……」
俺をナイフで刺したエイスだったが、顔色は芳しくなく、痛みに歪んでいた。
ナイフで刺される直後、透明な気配が接近していることを察知した俺はその箇所を剣で射抜いた。
「いまの俺は、幻の中だろうと本物のテメェの気配を察知できる。忘れたか?」
互いに相討ちとなる形でナイフを、剣を胸元に刺した俺とエイスが対峙する。
こっちの剣の方がリーチが長く、その刀身がすべて貫通しているためそう簡単には逃げられない。
「がっ……まさか、先程の私が幻だとわかっていながらわざと殺す演技をしていたとは」
「……テメェの拳と俺の銃どっちが速いか、わかりきってるよな?」
開いた左手で銃を召喚し、エイスの眉間へと突きつける。
「質問だ。ザンの居場所を教えろ」
「どうやらあなたはかなり危険な存在のようです……」
「遺言なんて求めてねぇよ」
こちらの意思に添えないと判断した瞬間、俺は躊躇なくトリガーを引いた。
眩い光の弾とそれに混ざる赤黒い鮮血が俺の視界のすべて埋め尽くした。
◆
連理が復活し、エイスと対決する様をシンクは1秒たりとも逃さず視察していた。
連理のあまりに急激すぎる成長に戦慄さえ覚えるシンク。
(なんなのあの力は……これがあいつの古代秘具が持つ真の力なの? 圧倒的すぎる……)
成長というよりかは、進化。
イメージとしては暴走に近い。
感覚情報の極限化。
致命傷の治癒。
大きく括り出すとたった2つの要素でしかない連理の進化だが、それでも驚愕的なのは間違いない。
(そもそも、あそこまで異常に体を活性化させるなんて自殺行為よ。雨宮連理、あんたは一体何者なの?)
流石に力尽きたのか、エイスの死体を投げた連理はその場に膝をつき崩れる。
手からは古代秘具である黒銃は消滅していることからいよいよ限界らしい。
(無理もないわ。あたしが知っているだけで2度も強敵と渡り歩いてたんだから……それも表世界のただの一般人が)
軋む体を無理を利かせ、シンクは立ち上がった。
「うっ……」
起立した瞬間に走る背骨の激痛にシンクの表情が歪む。
(いっつ! 相当いい一撃貰っているわね……これは一ヶ月の療養は覚悟しないといけないわね)
それでもまだ自力で歩けるため、倒れる連理の元へと近づくシンク。
と、そんな彼女の元に。
「あら、応援に来たのですが、もう片付きましたのね」
金髪の少女、ユキノが降ってきた。
可憐に着地を決めるが否や、倒れる連理とその脇にあるエイスの死体をみつけ、驚きを露わにする。
「まさか深淵なる者を殺るとは、このお方本当に何者ですの?」
「ユキノ!」
「あらシンク、ご無事なようでなによりですわ」
ユキノは、ぶっ格好に歩くシンクを見るなり冗談めかしに声の調子を上げてきた。
「これのどこが無事に見えるのよ! 激痛でいまにも倒れそうよ、まったく」
「油断しているあなたの責任ですわ……それよりもこのお方、どうするつもりですの?」
地面に伸びた連理を指差し、尋ねるユキノ。
シンクもその回答には迷いがあるらしく、すぐには口を開かず沈黙してしまう。
理由はどうあれ古代秘具を所持している限りこのまま見逃すわけにもいかない。
かといって、敵対するつもりもない。
(あたしたちの事情に巻き込むなんてことできないわよね……それに、あんたの大切な人をあたしはーー)
「シンク? はっきりしてくださいな」
あくまで沈黙を貫くシンクにユキノが痺れを切らしたところで、新たな影が2つ、2人の側に舞い降りた。
「おいおい、応援を呼んだ割にはもう終わってんじゃんかよ」
「おいっ、一体どうなっている? エイスは殺ったのか?」
身長からして男性と思われる人物が2人。
シンクたちと同じ黒マントで素顔を隠しながら、整然とする現場に疑問を投げつける。
「遅いですわよ。残存していた兵士はわたくしがとっくにやってしまいましたわ」
「まじかよ! そんじゃあ、ここでくたばっている皇帝の騎士はシンクちゃんが殺ったのか?」
「あたしじゃないわ……そこにいる彼が倒したのよ」
「……嘘、だろ?」
シンクの発言に戦慄する黒マントの男。
気配から連理が一般の人間であることを悟っている男は、衝撃を隠せないでいる。
「がはっ……げほげほっ!」
と、そのタイミングで連理の意識が覚醒する。
激しくむせて、喉元に詰まっていた血液を口からすべて吐き出す。
「連理、大丈……夫?」
ゆらり、とまるで死んだ亡霊のように体を起こす連理。
顔が上がり、素顔が目に映った瞬間にシンクは驚愕した。
「連理?」
その目は既に生気がなく、怒気と憎悪に溢れ、狂気に満たされていた。
両手に握った黒銃はいままでの簡素な構造とは打って変わり、精悍さのあるいびつで無数のアーチを構成する複雑な構造へと変化していた。
まるで触手のような銃の装飾は、すべて連理を取り込もうと彼の腕に絡みつき、皮膚に喰らいつき彼の体内に寄生しようとしていた。
「まずいですわよ、これは!」
いち早く事の重大さを理解したユキノが慟哭が静まった戦場に再び緊迫感を生む。
ユキノの叫びが響くが否や黒マントの男の1人が腰を落とし、構える。
「俺の、邪魔をする、やつは……殺……す!」
狂気に支配された連理が銃口をシンクへと向ける。
「……っ!」
黒マントの男が動いた。
電光石火の速さで、連理へと肉薄。
拳を大きく引き、前方へと突き出し、連理の胴を穿つ!
「朧三日月ッ‼︎」
「がっ!」
胴を撃たれた連理の体が盛大に吹っ飛び、辺りに散らかったコンクリートの破片に激突する。
古代秘具により活性化した肉体は強大な衝撃をなんとか耐え抜き身体の防衛にこそ成功したものの、ダメージを緩和することまでは叶わない。
全身の筋肉が悲鳴を訴え、自由に稼働することも許されなくなる。
「ちょっと、あれ大丈夫ですの⁉︎」
「あぁ、しばらくは満足に動けなくなるだろうが急所は避けてあるから問題ない」
「いやいや、充分問題だろ?」
連理を鎮圧した黒マントの男に、もう1人の男がツッコミを入れる。
「しかし、あれは間違いなく……」
「古代秘具の暴走。意識を乗っ取られるまで戦うなんて、このお方は馬鹿ですの?」
呆れたように嘆息するユキノ。
その言葉とは裏腹に、彼女の青い瞳は心配そうに意識を失った連理を覗いていた。
「とりあえずこっからずらかるぞ。あいつの事はあとで考える!」
「了解っと」
拳撃男がそう宣言すると、気絶した連理をもう1人の男が抱きかかえる。
重症のシンクはユキノに支えられながら、彼らは闇に消えたのだった。




