episode12〜代償〜
「ようやく目障りな奴が消えましたか」
連理を刺し貫き、いつものように平坦な表情へと戻るエイス。
姿勢を正し、涼しげな顔でその場から退散しようとするエイスだったが、その行手を遮るひとりの影があった。
「はぁ……はぁ……」
シンクだ。
至る所を破かれた穴だらけのマントを翻し毅然と佇む彼女は、全身のあらゆる箇所から血を滴らせながらもなんとかエイスと対峙していた。
「そういえば冷静さを欠いていたあまり忘れそうになっていましたね、あなたの存在を」
シンクなど気にも留められないほどエイスの中で連理という人物は煩わしい者になっていた。
「なるほど、あなたが私たちの邪魔をする黒き灯火ですか」
本来であればいち早く察することであるはずなのに、その反応すら鈍っている。
「事情がわかっているようなら話は早いわね。あたしの目的、いわなくてもわかるわねよね?」
シンクは傷だらけの体で、銃を構える。
エイスも緩めていた気を一気に張り詰め、臨戦態勢となる。
そして、殺し合いが始まる。
最初に仕掛けたのシンクだった。
素早く後退し、不利な状況から脱すると同時に銃を片手用のハンドガンタイプへと変形し、下がり際に2、3発弾をお見舞いする。
「……さすがは殺し屋。随分と仕掛けるのが早いですね」
エイスもその一撃を瞬時に判断し、地面から影を伸ばしてシンクの弾丸を弾き返した。
「そんな芸当もできるのね」
「えぇ。それでは次はこちらの番ですね」
シンクが着地した箇所の影が伸びる。
鞭のようにしなる影が複雑に絡みながら不規則な攻撃を繰り出す。
「触れた影以外も操れるの!」
内心舌打ちしつつ、シンクは手負いとは思えない俊敏な動きでうなる影の隙間を縫うようにして躱しながら銃を撃つ。
しかし結果は先程同様。
地面から影が伸びシンクの弾丸は受け止められてしまう。
「さすがは黒き灯火。攻撃を避けながらでも私の命を確実に狙ってきている」
少しでもエイスの反応が遅れていたら、弾丸が眉間を撃ち抜いていた弾道であった。
「あのような不安定な姿勢からここまで正確な狙撃ができるとは……少しばかりあなたのことを侮っていました」
「そこっ!」
うねる影と影との間に生まれた数ミリ単位の隙間。
シンクの弾丸がそんな小さな穴を通り、油断したエイスの胸元を撃ち貫く。
針の穴よりも狭く、繊細なコントロールが要求される極小の隙間を影を避けながら狙い撃つシンクの射撃センスはまさに本物。
エイスもこの一撃までは予想していなかったはず、そう予測してのシンクの切り札だった。
だが、慢心を捨てたエイスはその一歩先を行く。
スゥ、とシンクが撃ち抜いたエイスの体が霞みがかり消えていく。
「私の古代秘具が人を騙すものであると忘れていましたか?」
「しまっーー」
弾が当たったと錯覚させられていたシンクは、わずかに気を緩ませてしまったためすぐ後ろまで迫っていたエイスの気配を見落としていた。
単純な失態。
それが戦場では命取りとなる。
重たい拳がシンクの背骨を穿つ。
「かはっ!」
メシメシ、と骨が軋む音を鳴らしながらシンクが盛大に吹っ飛ぶ。
口からは多量の血が溢れ、打たれた箇所から走る激痛に苦悶の表情を浮かべる。
「うっ……」
寝ていれば殺される!
シンクは油汗を浮かべながらも腕の力だけで必死に上体を支え起こそうとする。
(つ、強い……さすがは皇帝の騎士。だけど、あたしはこんなところで死ぬわけにはいかないのよ!)
胸に奥にある想いが交錯し、それがいまを支える柱となる。
……諦めるわけにはいかない!
シンクはそう自分を叱咤しながら気力だけで肉体の悲鳴を看過する。
「どうやらここまでのようですね」
「ぐっ……」
這いつくばるシンクの頭をエイスが踏みつける。
鮮やかな赤い髪が埃と砂利に塗れ穢される。
女性の誇りを踏みにじるようにグリグリと靴底を押しつけながら、エイスは最期の宣告を下す。
「終わりです」
右手を振り下ろし、自身が操る影へと合図を送る。
エイスの指示の元、槍のように尖った無数の影が一斉にシンクに迫る。
死を覚悟し、目を瞑るシンク。
だが、いつまで経っても影が自身を貫く感触は訪れてこない。
疑問に思い目を開けると、そこには漆黒の剣で影を斬り刻む連理の姿があった。
◆
体が痛い。
とにかく全身が痛い。
肉体を貫通されるってこんなに痛いのか。
想像を絶する痛みに意識が遠くなる。
それでも俺は残った意識を振り絞り自問自答する。
本当にここで死んでいいのか俺は?
思い出せっ!
俺はなんのためにいまここで命を賭している⁉︎
ギリギリと歯を鳴らす。
痛みと悔しさを噛み締めるように、俺は歯噛みする。
俺は……俺はっ‼︎
白き死神を殺すためにいまここにいるんだろうがっ⁉︎
ほとんど感覚も残っていない手で、落とした銃を拾い上げ、握り締める。
こんなところで死ねるかよ!
鮮明に記憶から呼び覚ませ!
紫苑が、宏人が、クラスメイトが殺されたあの光景をっ⁉︎
胸の奥からふつふつと湧き上がってきたドス黒い感情をっ⁉︎
紫苑が切り裂かれたあの絶望的な光景が脳裏をよぎった途端、体の芯から暗黒のなにかが渦巻き、それが俺の心に絡みついてくる。
闇が体にまとわりつくと、自然と全身を襲う激痛が和らいでいき、それどころか力が漲ってくる。
そうか……古代秘具は俺のこれを求めていたんだな。
なら、テメェの欲しいものはいくらでもくれてやる!
その代わり、エイス《あいつ》を倒すだけの力をよこしやがれぇぇぇぇぇっ⁉︎
再びあの悲劇を記憶から呼び起こし、より一層黒い感情を膨らませる。
すると今度はさっきよりも強く、はっきりと黒い感情と闇が絡まり、融合していく。
代償の対価として得た掌握。
俺はいまから古代秘具の力を己の意思で開放する!
ーー既に痛みは消えていた。
◆
虚ろだった意識が覚醒し、右目に周囲の状況が映し出される。
シンクっ!
第一視に飛び込んできたのは、エイスに踏みつけられたシンクの姿だった。
やろうっ⁉︎
それを目視した途端、熱い感情が溢れていき体が活性化する。
動くぞ!
感嘆しつつ俺は銃を剣へと変化させ、走った。
いままでに感じたことないような強いオーラが全身から漲っている!
俺は手にしたばかりの力を乱暴に振るい、剣を一閃。
その一太刀を浴びただけで影は粉々になり消滅する。
「貴様ァ⁉︎ まだ私の邪魔をするか!」
幾度となく俺に阻まれてきたエイスはついに激怒。
クールな表情が怒気に支配され、憎悪と化した瞳は俺しか捉えない。
そんなエイスと俺は正面から対峙する。
「邪魔? それはこっちの台詞だこの野郎! さっさとあいつの居場所を吐かせてやる⁉︎」
俺とエイスの最期の対決が始まった。




