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なぞなぞ  作者: にく
3/3

食べられないパン

友達の家でパンの作り方を教わった。

お菓子作りはおろか料理すらしたことがなかった私には粉に水を混ぜたら塊になったりら、温めると発酵して膨らむ様子が不思議で見ていて楽しかった。

自分の家に帰ると直ぐに先ほど習った方法を思い出しながらパンを作った。作った、とは言うものの私の家には材料が揃っていなくて、まだ子供だった私はそれっぽい材料を有り合わせて適当に混ぜて温めただけのとてもパンとは呼べないような塊が出来上がった。

私はその塊を見て泣いた。思い通りにいかない苛立ちと出来ていたつもりなのに出来なかった悔しさで泣いた。

しかしお父さんは喜んでその塊を食べてくれた。材料から考えて美味しいはずがない塊を「おいしいよ」と言いながら食べてくれた。

私は嬉しくなって「また作ってあげるね」って言うとお父さんは「そうか。楽しみだよ」って応えた。

それから私は頻繁にパンを作った。お母さんにねだったりお小遣いを使ったりして少しずつ材料や器具を増やしていった。

最初の頃はまるで科学の実験みたいだった。真っ黒の石炭みたいになったり固形に成りきれずヨーグルトみたいな感触になったりしたけど、お父さんはいつも「おいしいよ。ありがとう」って言って食べてくれた。

お母さんはお父さんに「失敗してるから食べない方がいい」って言っていたけどお父さんは「娘が作った食べ物を喜ばない父親があるか」と言って食べてくれた。

私はお父さんが喜んでくれるのが嬉しくてまた作った。

お母さんは私に「パンばかりではお父さんが身体を壊してしまうかもしれないから作るのを控えなさい」と言ってきたけど、あんなに喜んでいるのだからいいことなんだと思って作るのを止めなかった。むしろ、お母さんはお父さんの事を解っていない邪魔者なんだとさえ思った。


私がパンを作り始めてから2年後、お父さんは死んだ。仕事中に倒れてそのまま死んだ。昨日も私のパンを笑顔で食べてくれていたのに、棺に入ったお父さんはピクリとも笑っていなかった。

お母さんは泣き疲れてお婆さんみたいになっていた。

私もいっぱい泣いたけどお母さんに元気になって欲しいと思ってパンを作った。私のパンを食べるとお父さんはいつも笑顔になった。だからお母さんにも笑顔になると思った。

でも違った。お母さんは私のパンを見るとそれを叩き落とした。そして「このパンのせいであの人は」と言った。

聞こえたその言葉の意味が直ぐには飲み込めなかった。私は考えた、どういうことなのか考えた。そして私の作ったパンは毒のようなものだったのだなと解った。

だからお母さんはお父さんが食べるのをいつも止めていたんだ。毒だって解っていたから。

でもお父さんは娘が作った料理だからって食べ続けたんだ。それで毒が回って死んでしまったのだ。

私がお父さんを殺したんだ。


それから私は料理をしなくなった。お母さんが居なければ買溜めのカップ麺を食べた。

大人になって独り暮らしになっても変わらなかった。恋人が出来て結婚しても変わらなかった。

子供が出来た時は大変だった。赤ちゃんに乳をあげようとしたけど、私から出たものを他人が口にする事を想像したら重力が逆さまになったかのように吐いてしまった。だから乳も与えられなかった。夫は私を理解してくれていたのでそういった面でたくさん支えてくれた。


お母さんはお婆さんになって、次第にまともに歩けないようになった。ヘルパーに助けて貰っていたけど私もよくお母さんの所へ世話をしに行っていた。

そんなある日、お母さんが「久しぶりにあなたのパンが食べたい」と言ってきた。

私は悲しくなった。お父さんだけじゃなくお母さんまで殺すなんて絶対に出来ない。私は頑なに拒否した。お母さんは「お願いだから」と食い下がったけど、私は泣きながら嫌だと言って断った。

お母さんはそれから1週間後に死んだ。

お母さんは私のパンが食べられないまま死ぬことにどう思ったのだろう。私はお母さんのお願いには応えたかった。それが料理じゃなければ私は全力を尽くして応えていたのに。

娘に対する最後のお願いが叶わないままに死んでいった母親を想って私は悔しくて泣き続けた。

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