表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜殺しの熟女とニセモノのムスメ  作者: 細茅ゆき
私はムスメなんて産んでない!
4/35

黒髪の少女(2)

 押し倒された街路樹、砕かれた花壇のレンガ。破壊の痕跡はなおも増えていく。

 ドラゴンは悲鳴という頌歌しょうかに酔いしれていた。泣き声に嗜虐心をかきたてられ、一挙一動のたびにあがるどよめきに狂喜する。未熟ゆえに自制が効かない。まるで人間の子供と同じだ。

 さゆりは、人々の濁流をかき分けて走った。

 (竜息ブレスを吐かせるわけにはいかない!)

 蒼灰竜の竜息は冷気。あらゆるものを凍らせるジュデッカの風である。

 子竜でも二発吐けば、この広場にいる全ての人間が凍りつく。それだけは防がねばならない。

 「私は竜殺し(ドラゴンスレイヤー) だ! 道を開けてほしい!」

 さゆりの声が広場を貫いた。竜殺し(ドラゴンスレイヤー) 。その言葉が、恐慌していた人々を気持ちを落ち着かせたようだ。

 さゆりの前に道が生まれた。人々の間をさゆりは駆けた。

 その先に、腰を抜かした馬瀬川がいた。子竜と同じく、幼稚にも自分の舌が奏でる言葉に酔いしれていた男だ。しかし今は不様ぶざまにも股間を湿らせ、恐怖で震えがとまらなくなっていた。

 さゆりは竜と馬瀬川の間に滑り込む。

 「まだ竜息は吐かない。這ってでも逃げな」

 背後の男に叫んだ。気に入らない男であったが、見捨てるわけにはいかない。

 それはさゆりの、竜殺しとしての矜持であった。人を護ることをやめれば、それこそ竜殺しである意味がなくなる。

 米粒がついたままの右手を子竜に向かって突き出す。手のひらが白く光り始める。

 「昼間はしくじったけど、今度は一撃でしとめてみせる」

 敵意に満ちた輝きを認め、子竜がこちらを振り向いた。そしてさゆりに威嚇の咆哮をあげた。

 「それで脅してるつもりかい! こっちはお前みたいなガキ、怖くないんだよ!」

 子竜が大きく口を開いた。喉の奥に、白い冷気が集まっていく。

 「目尻にしわが増えるほうがよほど怖いっての!!」

 杖で作るよりも小さな輝きだったが、それでも子竜の倒すには十分だった。

 開いた口腔に狙いをつけ、光の矢を放った。

 それで終わるはずだった。

 しかし。子竜はまだそこにいた。生きていた。さゆりの放った光の矢は子竜の牙を叩き折った。だが、それだけだった。

 (倒せなかった!? そんな…)

 その間にも、子竜の竜息がたまっていく。素早く左手をかざす。先ほどの光の矢(フォトニックアロー)で、すでに右腕の魔力は尽きていた。

 (こんな子竜さえ一撃で倒せないのか…今の私は!)

 悔しさに思わず涙が浮かぶ。

 「次で! 次で絶対に殺してやる!」

 左手の先に光が集まっていく。しかし自信を砕かれたさゆりの心は乱れに乱れ、思うように光を集束させることができない。

 子竜の息は、あごの先までたまっていた。魔力の充填を待っていたら、間に合わないかもしれない。

 「まだ、小さいけど!」

 喉の奥を貫けば、少なくとも竜息は止められるはずだ。その間に再度光の矢を作れば…。

 狙いを定めて光を放つ。

 だが…。

 小さな光の矢は、子竜の横っ面をかすめ、闇の中へと消えた。

 (だめか…)

 竜息に備えて障壁バリアを張る。せめて自分の後ろにいる人たちは守りたい。そこに憎らしい馬瀬川がいたとしても。

 竜から人々を護る。それが彼女《竜殺し》の使命だから。


 刹那。


 子竜が大きな光に包まれた。太陽のように目映く輝く球体の中で、子竜は白煙をあげて蒸発した。

 子竜とはいえ、一瞬で動きを封じ、その身体を熔解していく。すさまじい威力の魔法だ。しかも子竜を消し飛ばしただけで、周囲の人も、物も、ほとんど傷つけてはいない。威力ばかりではない。コントロールも抜群であった。

 完璧な光球ボールライトニング

 そう、それはまるで…。

 「竜殺し(ドラゴンスレイヤー)が倒してくれたんだ!」

 誰かが叫んだ。若い男の声だった。

 「あなたがいなかったら、私たち死んでたかも! ありがとう!」

 今度は、女の声。

 「ありがとう! 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)

 まばらに打ち鳴らされた拍手が、やがて広場中に広がっていった。その中に、さゆりへの感謝の言葉が折り重なる。

 嬉しい気持ちと、使命を果たした達成感と共に、しかしこの賞賛を本当に自分が受けていいのか、という複雑な思惑が渦巻いた。

 倒したのは、自分ではないのだ。拍手が強まるほど、いたたまれない気持ちになっていく。早くこの場を立ち去りたい。そう思った時だった。

 「じ、自作自演だ!」

 男の怒声があがった。

 さゆりの後ろには、憤怒の表情を浮かべた馬瀬川がいた。

 「こいつは、私の演説を邪魔するために、竜を呼んだんだ!」

 わめき散らしながら馬瀬川は少しずつ後ずさっていた。竜を倒したさゆりへの恐怖が、そうさせているのだろう。どこまでも、口ばかりの男だ。

 「私を殺すために、竜をんだんだろう!?」

 「そんなことするわけないだろ!」

 それはさゆりにとって、竜殺しにとって、最大の侮辱であった。

 「私が竜殺し年金批判をしているから! 働かずに食っていきたいから! 既得権益を手放したくないから! 社会保障改革を訴えている私が邪魔なんだ!」

 「適当な事を言うな! 私はみんなを護るために」

 「みなさん、これが竜殺しなんです!」

 馬瀬川の叫び声がさゆりの言葉を遮った。

 「自分たちのためなら、このような恐ろしい力を使う! これが竜殺しなんですよ、皆さん!」

 広場が静まりかえった。拍手は鳴り止み、人々は口をつぐんだ。

 「とんでもない三文芝居だな! そんなに年金がほしいのか! この寄生虫め!」

 さゆりの方を向き直り、力強く指さした。

 「なんだとっ! こいつ!」


 直後。


 パシッと鋭い打擲音がはじけた。

 黒くつややかな髪が、さゆりの前で揺らいでいた。

 「あなたを助けてくれたんですよ! この人は!」

 少女の声だった。背は、さゆりと同じくらいだろうか。見たことがない学校の制服を着ている。

 「竜殺しを殺せなどと罵るあなたすらも、この人は助けてくれたのですよ! 批判よりも先に、お礼を言うべきじゃないのですか! それが大人ってものではないのですか!」

 彼女の声は、凛として気高い。

 「違う! これはこの女の自演だ! 私が訴える社会保障費改革を批判するために、この女は…」

 まさか子供に頬を打たれるなどとは思いもよらなかったのだろう。馬瀬川の声には動揺が混じっていた。

 「またガセかよ! 馬瀬川! いい加減にしろ!」

 誰かが叫んだ。

 「批判してたのはお前のほうだろう! ガセ川!」

 「その人に謝れよ! ガセ川!」

 ガセ川コールが広場にあふれる。

 四面楚歌と悟った馬瀬川は、スクラップとなった選挙カーを残し、やがて駅の方へ逃げていった。それを見届けた人々は、歓喜の声と共に再度拍手を打ち鳴らした。

 さゆりは大きく息を吐いた。人々の脅威となった竜は倒れた。さゆりを罵倒する馬瀬川は去った。全ては、まるくおさまった。

 黒髪の少女の、おかげだった。

 「ありがとう、あなたのおかげで…って、あれ?」

 だが、さゆりを救ってくれた少女の姿は、もうそこにはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ