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竜殺しの熟女とニセモノのムスメ  作者: 細茅ゆき
私はムスメなんて産んでない!
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竜見さゆり、40歳

 フラスコの上につもった埃を認めながらも、掃除をする気さえおきない。そんな自分に、竜見たつみさゆりはうんざりしていた。

 年季の入った羽箒はぼうきを掴んだものの、すぐにため息をついて、それをテーブルの上に戻した。

 どうせ、買い手がつかないものだ。どれだけ埃にまみれようが関係ない。

 机に肘をつき、読みかけのファッション誌を開く。


 【いまどきアラフォーは「見た目美人」ではなく「雰囲気美人」を目指す!】


 表紙には、この本を手にする人たちの欲求をワンセンテンスに凝縮した、珠玉のキャッチが並んでいる。

 顔には自信があるし、同年代と比べて若く見られると信じている。

 それでも、容赦なく押し寄せる年波には勝てない。肌と髪のトラブルは絶えず、スタイルも崩れてきた。くびれは年々なだらかになる。食事のコントロールは普段から心がけているが、そんな努力をあざ笑うかのように、さゆりの腰回りはどんどん「おばさん」になっていく。

 今読んでいる項目も、「ココナッツチアシードで理想のアラフォースタイルに!」だ。この手の本は、読者のコンプレックスを突くのが本当にうまい。

「ココナッツチアシードかぁ! これ効きそう!」

 実際、ここにも釣られるアラフォー女が一人。

「そんなの食べたってムダムダッ! カカカカッ!」

「むっ?」

 眉をしかめたさゆりの視線の先にあったのは、楕円の周囲に蔦の文様が入った、豪華な雰囲気だが、どこかレトロなデコラティブ・ミラーである。

 その鏡が、ケタケタと笑い声をあげているのだ。

「生きるというのは悩ましいものだねぇ。金持ちも貧乏人も、美人もそれなりも、誰しも時間の流れという公平なる神の手からは逃れられないんだから」

 鏡が奏でる声は、まるで金属が共鳴しているような音であった。口調は男のものだが、声は甲高く、まるで女性のもののように聞こえる。

「あんただってね、いつか壊れるんだよ。錆びだらけになって、ボロボロになってさ」

 さゆりはスクッと立ち上がると、笑い続ける鏡の前に立った。

「壊れるものか。なによりオレを永久に壊れないようにしたはサユリだぞ?」

「そうだったかしらね」

「そうさ。オレに命を吹き込んだのはアンタだよ」

 この鏡を作った頃をぼんやりと思い出す。あれは確か、18歳の時であった。

 当時の自分は、何もかもが輝いていたように思う。好況に沸き、札束が飛び交う社会の中で思春期を過ごしたさゆりは、ひたすら明るい未来を信じきっていた。自慢のルックス、イケメンとは言えないが、賢く優しい幼なじみ、そしてなにより自分に秘められた、あらゆる竜を屠るといわれた天賦の才…。

「そうだったね」

 まぶしいものを見るかのように、さゆりは目を細めた。

「そうだろう?」

 この鏡は、ある誓いを元に創られたものであった。その誓いは今でもさゆりは覚えている。いや、一日としてそれを忘れたことなどない。

「そういえば今日は、もう『誓いの言葉』を言ったかね?」

 むしろ、この鏡が忘れさせてくれないのだ。

「はいはい、今言います。私はいつか輝銀竜プラチナドラゴンを倒す。これでいいでしょ」

「いつになくやる気のない言い方だが、まあいい。その言葉を忘れないように」

 偉そうに言い放って、鏡はおとなしくなった。

 さゆりはまた、女性誌を手にした。ぺらぺらとページをめくるものの、さきほど思い出した18歳の自分のイメージが、頭から離れてくれず、読書に集中できない。

「あの頃の私は、本当に美少女だったのになぁ」

 結局、読む気を失い、雑誌をテーブルに伏せた。

 そして鏡の前までいくと、セミロングにした髪をいじりながらため息をついた。

「なんでこんな、おばさんになっちゃったのかなぁ」

 自慢の黒髪には白いものが混ざりはじめ、目尻にはこじわがよっていた。

 あの頃にあった肌のきめ細かさも消え、剥き卵のような張りやみずみずしさも、とっくに失われていた。

 それでも当時の美貌が端々に残っているように見えるのは、おそらく手前味噌ではない。「年相応の美しさ」というやつだ。

 だが、そんな言い方も、若さを失った言い訳にすぎないと分かっている。

「私の顔を20歳くらい若めに映せよ、この」

「無茶言うなって」

 黙っていたさゆりの顔を見ていたであろう鏡が、横柄な口をたたく。

「今時スマートフォンのアプリだってそれくらいの写真加工できるっていうのに」

「すみませんね、ワタクシ、22年前から全然アップデートされてないもので」

「このぉ…。その減らず口をやめないと、魔法解除ディスエンチャントするぞ」

「あーあー、そうやって簡単に魔法生物の命奪うの、感心しないなぁー!魔法生物虐待反対! はんたーい! カカカカカッ!」

 そして鏡は、またけたたましく笑った。

 さゆりは分かっていた。解除ディスエンチャントするなど口にしても、もうこの鏡の魔力を奪う力を、自分は持ち合わせていないことを。

 18歳の自分が、ほとばしる若さと魔力に任せ、おそらくその当時、最大の魔力をつぎ込んで作ったのが、この「鏡」だった。

 この鏡の魔力を消すには、当時に匹敵する魔力、そして複雑に施した「魔方」を解かなければならない。

 魔法を使うわけでもない。新たに魔術を学ぶわけでもない。まして魔方陣なんて年に1、2度しか描かなくなった。外見の衰えと共に、自覚できるほど魔力は衰えた。

 22年前の自分には、なにもかもがかなわない。

「悪い…ちょっと笑い過ぎたかな。すまない」

「いいよ。本当の事だし」

 押し黙ってしまったさゆりの目にはうっすらと涙が浮かんでた。

「後ろに引っ込むから。お客さんきたら呼んで。どうせ、誰も来ないと思うけど」

 いつもは憎まれ口を返す鏡が、今日は黙っていた。自分で創ったものに気を遣われた事実が、なおさらさゆりを淋しい気持ちにさせていた。


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