ベーシックインカム
8:00
今日も家を出て、いつもの広場に行く。
大きな広場にはたくさんの椅子と、同じ数の人間が座っている。穏やかで、静かな朝だ。
みんながいるのを尻目に、いつもの椅子に座った。今日もいい座り心地だ。
ぴこぴこと設計者のユーモアを感じる音とともに今日を始めた。
同様に、思い思いにみんなも今日を始めている。憂鬱な人はいない。
一定の幸せの根拠は与えられているから。
10:00
ぴこんとアラートが鳴った。
すぐに該当ページへ。ちょっとネジが緩んだみたいだ。担当部署へ連絡。
ここでは誰も謝らなくていい。なぜなら誰も怒らないから。誰も悪くないことを知っている。ネジは経年劣化。誰かがいじるなんてあり得ない。全員が就労するか勉学している。落ちこぼれも不良もない。出来なくても責めない。ゆっくり出来るようになればいい。出来なくても誰かがやる。
一定の能力は、与えられているから。
12:00
ぴろんとアラーム音。
昼食だ。
健康と美味しさを兼ね合わせたメニューから選ぶ。贅沢さは余り気にしなくなった。なぜかはわからないけど、みんなそうだった。贅沢さは富の象徴だったけど、富は十分だと気づいたんだと思う。
無意味な足の引っ張り合いも、強盗もなくなった。殺人は悲しいことに今でも少しだけ、ほんの少しだけある。うっかり死んでしまったりする人も、もちろん少しいる。
14:00
てろりんとメッセージが届く。
国民全員の定期検診を行うようだ。ガンや風邪やその他の不具合はその時発見され、治療される。入院するとなったら、仕事は休みになる。その間の仕事は適齢の学生が代行する。システムアシストがあるので失敗はほとんどない。失敗しても大した問題もない。全てのデータはバックアップされ、世界機構に保存される。
とりあえず定期検診の手続きを済ませ、残りの仕事を片付けた。
16:00
帰宅した。
帰宅は自由で、あの椅子で1日を過ごしても良いが、こちらの方が好みだった。
広場を出て、自分の持ち部屋へ。
音楽をかけ、ゆっくりとした時間を楽しむ。タバコやクスリはだいぶ前に廃れてしまった。お酒も今は嗜むくらいの人の方が多い。アルコールを必要とするほど疲れないし、傷つかないし、刺激も必要ではないのだ。静かな幸福の存在を知っているから。
あくせくする必要は無い。
必死になる必要もない。
やりがいも、幸せも、お金も、能力も。
少し多めにもらっているから。
18:00
軽食を取る。
朝ごはんを多めに取るので夜は余り食べない。それにご飯が終われば大抵はすぐに寝てしまう。それかゆっくりしている。休息を無駄と捉えたり、休暇を失業と捉える人はもういないから。
こうなってもあくせくする人もいる。性格の違いだからありふれたことだ。たまには必死になりたくなったり、頑張ったりもする。それに応えるシステムも揃っている。
20:00
今は夜長なんだっけ。
唐突に昔話でもしようか。
聞きたそうだし。
これが始まって、初めはみんな働かなくなった。ダラダラして、のんびりして、グダグダして、戯れに殺したりとかもたくさんあった。ひたすら眠り続けた人も居たし、働かせてくれと絶叫した人も居た。働かなくていいというのを、働くな、だと思ったんだ。禁止と不必要の区別ができないくらい、僕らは疲弊して居た。
それからだいぶ、いや、かなり経ってから、働かないことに飽きる人が出てきた。だから働きたい人は働き始めたんだ。その頃にはもう、働いてないと恥ずかしい、なんて感覚もなくなっていたから、純粋に飽きたんだ。
それからはずっとこんな感じ。
え、もっとなんかないのかって?
ないよ。
変化は突然で、価値観は思っているより強烈だ。特に妬みはね。それに気づいた人がみんなと頑張ったってだけ。
僕らにはそれで十分なのさ。
僕が誰かで、僕らはみんなだ。
個性は当たり前で、違うことは違わないことと変わらなかった。僕らは人間なんだ。それだけだった。他の動物とも変わらなかった。僕らは動物だった。少し器用な動物。それだけ。
随分と話したね。
22:00
ぱちりと電気を消した。
さあ、おやすみ。
幸せを見つけた方はこちらまで。