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03

「聞いてない。こんなでかいなんて、聞いてない……」


 クリスタルスパイダー、脚一本がすでに俺より太い。全体の大きさは、象とまでは言わないが、サイやカバと同程度じゃないだろうか。近くで見たことはなかったのでわからないが、もしかしたらもっと大きいかもしれない。


「いつもより大きいし、素材として質も量も申し分ないわね。ついてるわね、ヒナタ」


 ニヤッとした表情で告げるアケミさん。当然のように手伝ってくれる気配はない。

 倒した後のことはまさに皮算用ってやつだ。とりあえずこいつを無事倒しきる術を教えてほしい。


「ほら、今までと違って、こちらが仕掛けなくても仕掛けてくるから気をつけてね」

「そういうことも!もっと早く言ってほしかった!!!」


 振り下ろされた前足を全力で転がりながら回避する。風魔法で自分の動きをサポートする技術を教わっていなければ穴が開いていたのは地面ではなく俺の身体だった。


「地面、えぐれてるけど……」

「当たらなければどうということはないって、昔の人も言ってたじゃない」


 アケミさんはこの状況を存分に楽しんでいるようで、当てにならない。この人きっと自分が強くなりすぎて感覚が狂っているんだ。あれを食らえば俺は間違いなく死ぬ。この世界、別に力が強くなったり身体が丈夫になるということはなかった。魔法が使える以外は、元の世界と変わらない。


「くそ!ほんとに通用するのかよ!」


 やけくそ気味に放たれた風の刃は、さっきまで俺を踏みつぶそうとしていた前足になんなくはじかれる。


「話が違う!」


 あちらの攻撃は一撃で致死。こちらの攻撃はかすり傷にもならない。

 どんな無理ゲーだ!


「落ち着いて。自分でもわかっているでしょう?闇雲に魔法を当てるだけで何もかも吹き飛ばせるほど、魔法は万能じゃないわ」

「闇雲に……?」


 よく見ればこの蜘蛛、脚はすべてが鉱物のようだが、腹側は柔らかそうな毛におおわれている。

 それはそれで気持ち悪いが、サイズの差が仇となってこちらに弱点を晒してくれていた。そこを突かない手はない。


「これでどうだ!」


 攻撃をかいくぐりながらタメをつくり、腹部に向けて同じように風の魔法を放つ。

 が、向こうも当然そこはガードを固める。八本もある脚をかいくぐって腹にダメージを与えるには……。


「行くしか、ないか」


 それまで横に、後ろに、距離を取るように避けていた動作を、前に進める。一撃一撃の威力を前に恐怖もあるが、感覚がマヒした。というか、まともにいちいち考えていたらおかしくなりそうだ。懐に飛び込んだら脚は出てこないだろう。


「あ!待って」


 アケミさんが初めて焦ったような声を上げた。あれ……これ、まずい選択だったのか。

 だがもう止まれない。動き出した身体は、風の魔法に乗って一直線に蜘蛛の懐へ向かう。

 と、同時に、アケミさんの言葉の意味を知った。


「そりゃそうだ、頭もあるんだった!!!」


 距離を詰めれば脚が届かないと過信していた領域は、蜘蛛にとっては獲物を捕まえる顎が使える最も攻撃に適した範囲だった。

 向かってくる頭を避けることはもう無理だろう。なら、魔法で対抗するしかない。


「うぉおおおおおおおおおおお」


 恐怖からか、攻撃に気合を乗せるためだったか。自然と声が出た。

 強い衝撃を受けて自分が吹き飛ばされたことを実感する。


「どうなった?!」

「大丈夫、あなたの攻撃はしっかり届いたわ」


 動かなくなった巨大な蜘蛛の下に向かいながら、アケミさんが言う。


「やったの、か?」

「えぇ、良く頑張ったわね」


 ようやく、化け物との戦いが終わった……。





「最後、横に吹っ飛ばされたのはアケミさんの魔法だよな?」

「あら、よく気がついたわね」


 迫りくる蜘蛛の頭部に向け、やけくそ気味に魔法を放った後、横凪に身体を吹き飛ばされた。

 あの状況から俺に横方向の衝撃を与えるのは、クリスタルスパイダーには無理なはずだ。


「さすがに危ないと思って咄嗟にね。必要なかったみたいだけど」

「いや、ありがとう」


 ほったらかしに見えても一応気にかけてギリギリのところで安全を考えてくれていたことに安堵する。


「ちなみにアケミさんは、初めてこいつを倒した時、どうやって倒したんだ?」

「あなたのような無茶は頭になかったから、ひたすら同じ場所を攻撃し続けたわ。徐々に削れていくのもわかったし、ある程度攻撃していればあとは向こうが攻撃してきた時に勝手に壊れてくれるから」

「なるほどなあ……」


 そんな発想、これっぽっちも思い浮かばなかった。最初の攻撃で通用しないと諦めたが、もっとよく見るべきだったか。


「まあ、なにはともあれこれで依頼はすべて達成したわね。持てるだけ素材を持っていくわ」


 手際良く使える部分と使えない部分に分けていく。俺は見よう見まねで同じようにするが、クリスタルスパイダー、驚いたことにこれだけピカピカと目立つ脚は素材にならないらしい。


「脚は脆いの。こちらに来たばかりの私の魔法でも壊れるくらいにね。素材としての価値があるのは、背の部分のクリスタルだけ」


 初めて倒した記念と言うことで、この素材を知り合いに渡して武器を作ってくれるらしい。楽しみだ。




「さすがはアケミが連れてきた男だ!さっそく結果を出しやがった!」

「おいおい、本当はアケミが倒したんじゃないのか?」

「あら、そう思うなら彼と戦ってみる?」


 冒険者ギルドに帰ってきた俺たちに飛ぶヤジに、挑発で返すアケミさん。勘弁してほしい……。変に挑発して乗っかってこられても勝てる気がしない。

 実際クリスタルスパイダーとの戦いもぎりぎりというか、アケミさんに助けてもらわなければ無事では済まなかったはずだ。


「なに、俺が信じる。それだけで十分だ。兄ちゃんはヒナタだったか?今日からBランクの冒険者を名乗ってくれ。ここの依頼ならどれでも受けられる」

「ありがとう」


 ひげの男、ギルドマスターのアランさんからカードのような、分厚めの紙を受け取る。


「それはこの国では身分証になるわ。Bランクの冒険者ともなれば、だいたいのことで融通も利く。大切にするのよ」


 アケミさんから忠告をうけ、長い長い一日が終わった。




「終わってなかった」

「そんなに同じ部屋で眠るのが嫌かしら?傷つくわね」


 一ミリも傷ついた様子を見せずに笑うアケミさんを恨めし気に睨むが、どうしようもなかった。

 王宮までは距離もあるので、冒険者ギルドの傍で宿を取ったわけだが、またしても同室だった。


「節約よ。今回の収入があるとはいえ、あなたはまだここのお金の使い方も価値もわかっていないでしょう?」


 そう言われると何も返せない。

 この国で生きていくための常識を徹底的に学ぶことを決意する。。頼る先はアケミさんしかいないのが不安だが……。

 まぁそういう話は次だ。とにかく今日は、もう寝よう。


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