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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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九十八話 イレギュラークエスト



 夜、全てが寝静まる深い闇の中。


 風通しの良い建物の屋上で、小さな影は街の中でも一際大きな建物、いわゆる領主様のお屋敷を見下ろすように座り込む。



「⋯⋯⋯⋯。」



 しばらく眺めていると、背後に一つの気配を感じる。



(⋯⋯⋯⋯気配?)



「夜遅くにこんな所にいたら風邪ひきますぜ、お嬢。」



「問題ない。風邪なんか引いた事ないから。」


 直後に後ろから聞こえてくる低い声にお嬢と呼ばれた少女は抑揚の無い無機質な声で答える。



「⋯⋯納得っすわ。」


 男は小馬鹿にするような態度で口元を緩ませると、視線を遠くに飛ばしながらそう言う。



「⋯⋯⋯⋯氷漬けにするよ?」



「冗談ですよ。カリカリしないで下さい。」


 ギョロリとこちらを向くと少女を見て男は表情を変えぬままそう言って弁明する。



「で、どうだった?」



 小さくため息をついた後、少女は無機質な声で背後に立つ男に問いかける。



「大方、予想通りで間違いないかと。」



「⋯⋯⋯⋯まじか。」



 少女は男の言葉を聞いて残念そうに小さく呟く。



「どうしますかい?」



「やっぱり、他の街の冒険者ギルドに頼るしかないかも。⋯⋯⋯⋯街中にいる冒険者じゃ頼りなさ過ぎる。レベルがベーツの人たちと大差ない。」


 街にいる数少ない冒険者の情報が書かれた紙に目を通しながら答える。



「冒険者と言えば、一人⋯⋯利用価値がありそうなのもいましたけどね。」



「⋯⋯誰?」


 短く端的にそう問いかける。



「例の勇者候補です。」




「⋯⋯⋯⋯まじか。」


 先程と同様、声の抑揚はないが、先程より少しだけ大きな声で問いかける。



「⋯⋯マジです。」



「接触しよう。悪いけど誘い出しといて。」


 それを聞いて立ち上がると、迷う事なく即座に決断を下す。



「⋯⋯⋯⋯はぁ、人使いが荒い事で。」


 男はボリボリと頭をかきながら愚痴をこぼすと、屋上についた柵を飛び越えて路地へと降りていく。




「⋯⋯⋯⋯久しぶりに会えるね。コウタ。」



誰もいなくなった屋上で、少女は口元を緩めて小さく呟く。









翌日——


「アデルさん、準備出来ましたよ⋯⋯って、なんですかコレ。」


 日も昇り暖かくなり始めた早朝。コウタは開きっぱなしになった三人部屋の扉から顔を出してそう呼びかけると、中の様子を見て頬をヒクつかせる。



「いーやーだー!!着ーるーんーでーすー!!」



中では前日に買った服を着たマリーが、準備万端といった様子のアデルにギリギリと引っ張られていた。



「⋯⋯マリーさん?」



 ベットにしがみつきながら普段では絶対に見せないような子供のような態度に、コウタは苦々しく問いかける。



「あの⋯⋯「バカなことを言うな!いいからさっさと着替えろ!!」



「えっと⋯⋯「いーやーだー!」




「⋯⋯なにがあったんですか?」



 自分の話が全く届かないと確認すると、コウタはその隣でなんとも言えない笑みを浮かべたセリアに何事かと問いかける。



「どうやら昨日買った服を着て行きたいらしいのですが⋯⋯アデルさんがダメだと言ってずっとあんな感じなんです。」



「ダメなんですか?」



「⋯⋯⋯⋯。」



問いかけに答えるのが面倒になったのか、セリアは見てれば分かると言わんばかりに視線をアデル達二人に戻すように促す。



「⋯⋯ん?」



 コウタが視線を戻すと、二人の言い合いは更に加速する。



「いいじゃないですか!どうせ戦う訳じゃないんですし!なに着てったってどうせ変わりませんよ!」



「冒険者の正装は戦闘装束だ!領主様からの招待となれば尚更ふざけた格好は出来んだろ!!」




 全く引く気のないマリーにアデルは真っ当な意見で迎え撃つ。



「ふざけてません!可愛いでしょ!!」



「可愛くてもダメだ!!」



 珍しく年相応、というかむしろ少し幼い乙女な一面を覗かせるマリーにも動じる事なくアデルは断固として反対する。



「着ーたーいー!!」


「だーめーだー!!」



「はぁ⋯⋯どっちでもいいですけど、もう時間ないですよ。」



 コウタは「なるほど」と納得したあと深くため息をついて、至極面倒そうに問いかける。








「ふんふんふ〜ん⋯⋯。」


 結局、マリーが着替える時間が無くなるまで粘ったため、そのままの服装で行くことが決まり、マリーは鼻歌交じりで先頭を歩いていた。



「はぁ⋯⋯。全く、甘やかすなと何度も⋯⋯。」



 その後ろでは疲労感をにじませたアデルが深いため息をついていた。



「仕方ないでしょう。時間が無かったんですから。」



 同じくため息をつくコウタは特に気にした様子も見せずにアデルを諭す。



「時間が無かったのは貴様が寝坊したからだろう?」



「あはは⋯⋯すいません。」


 我関せずとすました態度を取っていたが、即座に反論され笑って誤魔化すしかなくなる。



「過ぎたことを言っても変わりませんわ。コウタさんがねぼすけさんなのはいつもの事でしょう。」




「⋯⋯すいません。」


 ニコニコと穢れのない笑みを浮かべながら追撃するセリアに思わずコウタは肩を落とす。



「⋯⋯コウタさん。」


「はい?」


「えっと、似合ってますかね⋯⋯?」




(今更か⋯⋯。)



 もじもじと恥ずかしそうにするマリーに、ここまできてそれを聞くのかと呆れ返りながらコウタは苦笑いをこぼす。



「似合ってますよ。とても可愛いです。」



 コウタの脳内会議では帰って着替え直すなどと面倒なことを言われることを予防するため、とびっきり褒めちぎることに決まった。



「うぇ⋯⋯!?えっと、ありがとうございます⋯⋯。」



 いつになくストレートなその言葉にマリーはいつも以上に頬を赤く染める。



「それで、領主様からの呼び出しと言ってましたけど、用件とかは分からないんですか?」


 そんなマリーを放置して、コウタはアデルに問いかける。


「分からん。見ての通りお願い事があります、としか書いていないからな。」



「面倒ごとじゃなければ良いですけどね〜。」



 コウタはやる気のない返事を返しながら大欠伸をする。


「⋯⋯コウタさんは緊張とかしないんですか?」


 全くもっていつも通りのコウタに、マリーは首を傾げて問いかける。



「しませんよ、いちいちこんな事で。」



「ほえー⋯⋯凄いですね。私なんて心臓バクバクなのに⋯⋯。」


 もちろん理由は一つだけではないが。



「僕達が緊張する必要ないですからね。必要なことは全部アデルさんがやってくれますから。」



「ああ、なるほど!!」



「おいコラ。」


 ケタケタと笑いながらそう言うコウタに納得すると、その後ろでアデルが凄まじいオーラを発しながら首を傾げる。



「「ひぃ!?」」


「ふふっ、着きましたわよ。」


 震え上がる二人を横目にセリアは笑みを崩さぬまま三人に声をかける。


「おお⋯⋯!!」


「ここが⋯⋯。」


 二オンの時にも負けず劣らずの大きな屋敷を見上げてアデルとマリーは感嘆の声を上げる。



 そうしていると開きっぱなしになった門の奥から一人の男性がこちらに駆け寄って来る。



「えっと、貴女様はアデル様でよろしいでしょうか?」



 立派な出で立ちのその男性は自信なさげな問いをアデルに投げかける。


「ええ、そうですが貴方は?」



「初めまして。私、この街の領主をやっております。ロルフです。『紅の女騎士』様にお目にかかれて光栄でございます。」



 アデルから肯定の言葉をかけられると、男性はホッとため息をついて言葉を紡ぐ。



「『紅の女騎士』ってなんですか⋯⋯?」



 その会話を聞いて、コウタがセリアに小声で問いかける。



「アデルさんの通り名ですわ。赤い髪とあの技が由来らしいですわ。」



 あの技、と言うのは使用時に全身が赤いオーラに包まれる「トランス・バースト」のことである。



「へぇ〜、僕にもあるんですかね?二つ名的な。」




「——剣戟の付与術師エンチャンター。それが貴方の通り名ですよ。」




 コウタがソワソワとした様子でセリアに問いかけると、その答えはセリアではなくロルフから返ってくる。


「⋯⋯はい?」


「付与術師でありながら剣を主体にした戦闘スタイル、あらゆる武器を使役するそのオリジナルスキル、その二つから来た名前です。」


 ロルフは首を傾げるコウタに歩み寄りながら饒舌に語り始める。


(なんかかっこいい⋯⋯!)


 それを聞いてコウタは大層満足げな様子を見せる。



「初めまして、セリア様に、コウタ様、でよろしいですよね?」



「あ、初めまして。合ってますよ。」



「⋯⋯なんかかっこいい。」


 マリーは二人のあだ名を聞いてコウタと同じような反応を示す。


「⋯⋯ん?」



「えっ⋯⋯?あ、どうも。」



 ロルフが吐き出した言葉に反応してこちらを向くと、マリーはピクリと肩を揺らして挨拶をする。



「こんにちは、マリー様でございますね。」


「私の事まで知ってるんですか?」


 意外な様子を見せてマリーは問いかける。



「当然、知っていますよ。お召し物が話と違ってましたのですぐは気づきませんでしたが。」



「あー、すいません。」



 言葉と同時にアデルに睨まれて気まずそうに苦笑いを浮かべる。



「その服はこの街のものでしょうか?」


「はい。昨日買ったばかりで⋯⋯。」


 マリーはオドオドと戸惑いながら答える。



「そうですか、気に入ってもらえましたか?」



「はい。大満足です!」


 ニッコリと問いかけるロルフを見て気まずそうな態度から一変してマリーは自慢するように服を見せつける。



「それは良かった。それでは、立ち話も程々にして、中に入りましょうか。」


 







「まずはご結婚おめでとうございます。」



 屋敷の中に入ると、アデルは早々に祝辞の言葉を述べる。


「これはわざわざ、ありがとうございます。」


「お相手はハサイの街の方だとか⋯⋯。」



「ええ、こんな私にはもったいないくらいのしっかりとした方です。」



 ロルフは俯きながら、ニッコリと笑ってそう言う。


(⋯⋯の、割にはあまり嬉しそうじゃないな。)



 が、コウタにはその笑顔が貼り付けられたような偽物の笑顔に見えてしまった。



「それで、今回はその件についてご相談があるのです。」



「ご結婚について、ですか?」



「いいえ、直接的には関係無いのですが⋯⋯最近、屋敷の周囲に不審な人物がいると報告がありまして、アデル様方にはその不審人物の追跡、捕獲をお願いしたいのです。」


 ロルフの表情は話が進むにつれて一層険しくなる。


「今のところ直接的な被害はありませんが、あいにく私は式の準備で手が離せないのです。」



「そういえば、今日は品評会ですよね?」



 「式の準備」と聞いて、思い出したようにコウタは問いかける。



「はい。この後です。なにぶん人が集まるのでそちらの警備もお願いしたいのですが。」



「分かりました。頑張って下さい。」


 言いづらそうにするロルフにコウタは特に嫌がる事もなくそう答える。


「それで、今回は直接ギルドを介さない、いわゆる規定外依頼イレギュラークエストという形になりますが、よろしいでしょうか?」


 規定外依頼、とはギルドを介さずに冒険者と依頼主との間で行われる個人的なやりとりの事で、報酬の上限やギルドからの保障がないクエストのことである。


「⋯⋯⋯⋯問題ありません。ですが、依頼を受けるにあたってある程度不審者の情報も欲しいのですが、なにか不審者の容姿についての情報などはないでしょうか。」


 アデルはもはや断るつもりもないと言った様子で事情聴取のように質問を投げかける。


「それが、犯人が女性であることくらいしか分かっていなくて⋯⋯。」


「ではなにか心当たりなどはありませんか?」


「心当たり⋯⋯⋯⋯すいません、思い当たるような事は記憶にありません。」


 ロルフは暫く考えた後、煮え切らない答えを返す。


「⋯⋯⋯⋯。」


 コウタはそれを見てまた違和感を感じる。


「最悪、捕まえられなくとも式が終わるまで護衛をしていただければそれで構いません。どうかよろしくお願いします。」


 表情をあまり変えずにそう言うと、ロルフはコウタ達に向かって深々と頭を下げる。








「どう思う?この依頼。」



 屋敷を出てすぐにアデルは三人に問いかける。



「要は護衛の依頼ですよね?」


「別に変な点はありませんでしたけど。」


「⋯⋯そうですね。」



 他の二人と違ってコウタは静かにそう答える。



「⋯⋯では、まずは張り込みでもしてみるか?」


「そうですね。では二手に分かれましょう。」


「⋯⋯分かれちゃうんですか?」


 コウタの発言にマリーは頭にハテナマークを浮かべる。



「はい。冒険者四人で固まってたら警戒してるのが丸わかりですからね。」



「ではどう分かれる?」



「張り込みをするならなるべく冒険者っぽくない方がいいですね。不審者が寄ってこなくなってしまいますから。」



「なら私がやりますね!服装も丁度町娘っぽいですし。」



 マリーはその場でくるりと回ってそう提案する。



「ではもう一人はどうしましょうか?私は同じものならありますけど、コレ以外の服は持ち合わせていませんわよ?」



 そう言ってコウタに視線を飛ばす。



「僕も町人風の服なんて昨日買った寝間着くらいしかありませんよ?」



 そう言って受け取った視線をアデルに流す。



「私は⋯⋯持ってないことはないが⋯⋯。」



 口籠もりながらアデルは呟く。



「「⋯⋯⋯⋯。」」



「⋯⋯⋯⋯。」



 尻すぼみするアデルの言葉を聞いてその場に沈黙が流れる。



「「決定ですね!」」



 沈黙の後、セリアとコウタはニッコリと笑って元気よくそう言う。


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