九十七話 招待状再び
数日後、コウタ達一行は大した問題を抱えることなく無事ブリカの街へと到着していた。
「着いた。ここが⋯⋯。」
「ブリカの街⋯⋯。」
到着早々、馬車を降りて四人は各々別のものに興味を示しながら街の大通りを歩いていた。
「なんというか、のどかな場所ですね。」
「ええ、空気の流れも穏やかで、なんだか⋯⋯ふぁ⋯⋯⋯⋯眠くなってきましたわ。」
周りをキョロキョロと見渡すマリーに対してセリアは眠たそうに大きな欠伸をする。
「この街は面積は広いが人口はさほど多くはないらしい。人の流れが少ない分穏やかな印象が強いのだろう。」
「⋯⋯の割には高い建物も多いですよね。あっちの方とか。」
パンフレットのようなものを見ながらそう言うアデルの言葉に水を差すようにコウタは大通りの奥に見える大きな建物を指差す。
「あっちは工業区らしいですよ。」
マリーは近くにあった看板に目を通しながらコウタの問いに答える。
「工業区?何か作っていますの?」
その言葉に反応してセリアも同じように看板を覗き込む。
「これは⋯⋯服?ですかね。」
地図の中に最も多く描かれているそのマークを見つめて首を傾げる。
「ここら辺は防汚防臭の効果を持った特殊な素材が沢山手に入るらしい。恐らくそれを使ったものだろう。」
「へぇ〜⋯⋯欲しいなぁ。」
「服など別にいらんだろう。防汚も防臭も冒険者の装備には標準装備してあるし、荷物が増えるだけだぞ?」
年相応の声を上げるマリーに対して、アデルはまったくもって色気の無い返事を返す。
(⋯⋯そうだったの!?)
その横では新たに衝撃の事実を知ったコウタがビクリと反応していた。同時にまったく意味のない洗濯生活を思い出して軽く苦笑いを浮かべる。
「むー⋯⋯セリアさん!!」
「私はコレがありますし、聖職者としては洒落たものはあまり⋯⋯。」
視線を向けられたセリアは自らの服を指差して苦笑いを浮かべながらやんわりと断る。
「⋯⋯っ!!」
マリーは女性二人に否定されてすがりつくようにコウタに視線を向ける。
「⋯⋯ゔっ⋯⋯⋯⋯ええっと、僕も寝間着くらいは欲しいかなぁ⋯⋯なんて⋯⋯。」
向けられた視線を逃げるように受け流す。
「はぁ⋯⋯そこまで言うなら行ってこい。私達は宿を探してこよう。」
「本当ですか!?じゃあ早速行きましょ!!」
そう言われるとマリーの表情はパァ、と明るくなりすぐさまコウタにそう促す。
「あっ、ちょっと待って下さい。」
「⋯⋯コウタさん。」
走り出すマリーを追うために声を掛けると、セリアの声によってその動きを止められる。
「はい?」
「ちゃんと面倒見てあげて下さいね。」
「分かってますよ。荷物持ちは慣れてますから。」
秘密の話でもするように小声で話すセリアの言葉にニッコリと笑ってそう返すと、それに続くようにアデルもコウタに声をかける。
「終わったら此処に集合してくれ。⋯⋯それと、甘やかし過ぎるなよ?」
「分かりました。行ってきます。」
まるで保護者のような二人の発言に苦笑いしながら答える。
「コウタさん。行きましょう!!」
「はい、今行きます。」
嬉しそうなマリーに返事を返すと、コウタも小走りで後ろをついて行く。
「⋯⋯さて、私達も今晩の宿を探すか。」
二人が街中へ繰り出していくのを見送ると、アデルは軽く伸びをしながらそう言う。
「はい!久々にお布団で眠りたいですしね!」
「ついでに風呂もあると嬉しいな。ゆっくりと疲れを取りたい。」
少しだけテンションの上がったセリアの言葉に、アデルも機嫌よく返事を返す。
「こっちの方は結構賑わっていますね。」
コウタ達が大通りを少し進んで行くと、奥に行くにつれて人の流れが活発になっているのが分かった。
「そうですね。何かあるんですかね?」
よく見ると人の流れもさることながら、所々に人だかりが出来ているのが見えた。
「なにがあるのかな⋯⋯って、わぁ⋯⋯。」
人混みに臆することなく人だかりの中に割り込んでいくとその中心にあるものを見てマリーは思わず声を上げる。
人だかりの中心にはショーウィンドウの中に入れられた一着のドレスが飾られていた。
「これは⋯⋯ドレス?」
「いいなぁ⋯⋯。」
青と黒を基調とした素材にレースやスパンコールがあしらわれたそのドレスはマリーの心をガッチリと握り締めていた。
「綺麗ですね。」
その美しさに、普段そういったことに興味を示さないコウタすらもほんの少しだけ見入ってしまう。
「なんだかお姫様みたいです⋯⋯。」
想像力を膨らませているのか、ウットリとした表情でマリーはそう呟く。
「⋯⋯買っちゃいます?」
甘やかすなと言われた矢先、早速コウタは甘やかし発言を漏らす。
「いや、でもこれはちょっと派手かなぁ⋯⋯。」
流石のマリーでも気後れしているのか、オドオドと動揺しながらそう答える。
「——そいつは買えないよ。」
「「えっ?」」
そうしていると二人の横からそんな声が聞こえる。声のする方に目を向けると、大きな木箱を抱えた店員と思われる男性がそこには立っていた。
「買えないんですか?」
「買えないよ。そいつは明日の品評会に出すものだからね。」
コウタが問いかけると男性は得意げにそう答える。
「品評会?なんのですか?」
「結婚式だよ領主様の。」
「じゃあこれウエディングドレスなんですか?」
「ああ、イカしたデザインだろ?従来のドレスとは一線を画した配色、お色直しにも着れるように個性を全面に出した出来になっている。」
胸を張ってそう言う男性にコウタが再び問いかけると、今度はえらく饒舌に語り始める。
「お相手のお嬢様は海沿いの街の領主様の娘さんだからな!青ってのはポイント高いと思うんだ!」
「へぇ、選ばれると良いですね。」
聞き終えると愛想笑いを浮かべてそう答える。
「頑張ってくださいね!」
それに対して、マリーは目をキラキラさせながら裏表のない言葉をかける。
「おう!ありがとな。」
「⋯⋯それじゃ、ドレスは諦めて目的の物を買いましょ。」
男性が礼を言って店内に入っていくと、マリーは改めてコウタに問いかける。
「そうですね。じゃあ、中入りましょうか。」
「はい!」
コウタがそう誘うとマリーは嬉しそうに頷く。
「——本当にこれだけで良かったんですか?」
数分後、二人が店内から出ると、コウタは一つの小さな紙袋を持ってマリーに問いかける。
「まだ一件目ですからね。考えて買わないとアデルさんに怒られちゃいますよ。」
「⋯⋯確かに。」
コウタはマリーのその発言を聞いてアデルのそんな様子を思い浮かべると、思わずうっすらと苦笑いを浮かべる。
「あ、次はあそこにしましょう!」
「はい⋯⋯って、えぇ〜⋯⋯。」
マリーが指差す方に視線を向けると、そこには再び人だかりが目に入る。コウタはそれを見てあからさまに嫌そうな顔を浮かべて声を上げる。
「ほら、行きますよ!」
そんな事など関係なしにマリーはコウタの手を引いて人混みへと突入する。
「うわ、ちょ⋯⋯。」
(人、多すぎるっ⋯⋯。)
マリーに手を引かれながらどんどんと奥へ進んでいくが、コウタの体は人混みに潰されるようにピタリと止まってしまう。
「「あっ⋯⋯。」」
二人の手はその中心で離れてしまい、コウタは人混みの中に取り残されてしまう。
「えぇ〜⋯⋯。」
「——これ⋯⋯。」
思わず声を上げて肩を落とすと、その横からボソボソと女性の声が聞こえる。
「⋯⋯はい?」
視線を向けるとそこには前髪を目元が隠れる程伸ばした小柄な女性が、ゴルフバッグのようなものを背負って目の前のショーウィンドウをまじまじとを見つめて立っていた。
「このドレス、凄く綺麗ですね。」
コウタが返事を返すと女性と思われるものの声は少しだけ上ずった声でそう続ける。
「⋯⋯ああ、そうですね。やっぱり女性はこういうの憧れるんですかね。」
コウタが視線を前に向けると、そこには先ほどとは違った純白のウエディングドレスが飾られていた。
「憧れますよそりゃあ。」
「⋯⋯大切な人との一生の思い出ですから。」
「そうですね。これを着る方にはぜひ幸せになって欲しいですね。」
言葉の端々から感じられる女性としての憧れに、コウタは同調の意思を示す。
「幸せに、か⋯⋯。」
その言葉に反応して、女性は小さく笑う。
「その幸せが誰かの不幸の上にあるかもしれないのにね。」
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
直後、コウタは真横から感じられるドス黒い圧力に思わず肩を震わせる。
「どちらにせよ。私にはもう、関係ない話ですけどね。」
「はあ⋯⋯。」
そう言って女性は去っていくと、コウタは呟くような返事を返してその背中を見つめる。
「——コウタさ〜ん。はーやーくー!」
「すいません、今行きます。」
すぐさま聞こえてくるマリーの声に我を取り戻すと、人混みの奥からひょっこりと伸びる手を捕まえてマリーの元へたどり着く。
(結局なんだったんだろう?あれ。)
何も分からぬまま、一瞬の出来事は記憶の奥へと消えていった。
買い物を終えると、最初は一つだけだった紙袋は二人の両手いっぱいに膨れ上がっていた。
「満足しましたか?」
「ええ!大満足です!」
コウタの問いかけに、マリーはニッコリと笑って答える。
「それは良かった。それよりほら、いましたよ。」
「あ、アデルさーん。」
コウタはそう言うと、マリーは視線を前に向けて遠くにいる二人に手を振って駆け寄る。
「⋯⋯やっと来たか。遅いぞ。」
二人が目の前に来ると待ちくたびれた様子のアデルは呆れたような態度でそう言う。
「すいません。思いの外混んでて。」
「ウエディングドレスの件でしょうか?」
申し訳なさそうに言い訳するコウタに隣にいたセリアが問いかける。
「あれ?知ってるんですか?」
「ああ、宿は早々に決まってな。どうせ待つことになるだろうからと思って少しだけ二人で街を散策したのだ。」
首を傾げるコウタに溜め息交じりの返事を返す。
「そうだったんですか。それはすいません。」
「いいえ、それより、面白い話がありますわよ。」
さらに申し訳なさそうにするコウタに、セリアは大して気にした様子も見せずにそう返す。
「面白い話?」
「⋯⋯これだ。」
その問いかけに答えるようにアデルは胸元から一枚の手紙を取り出す。
「えーと⋯⋯。」
覗き込むようにそれを見ると、二人はそこに書かれている文字を同時に読み上げる。
「「招待状?」」
「ああ、領主様からのな。」