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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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九十六話 旗


 二オンの街を出て一週間、コウタ達一行は曇り空の下、馬車を揺らしながら草原の道を進んでいた。


 とはいえ、馬車に乗りっぱなしの旅路ともなると一週間前の宣言とは裏腹に当人たちは退屈を極めていた。


「ん〜⋯⋯雲行き怪しいですねぇ〜。」


 もはや外の景色を眺めることくらいしかやることの無くなったマリーは、馬車の窓からひょっこりと顔だけを出してつまらなそうにそう呟く。


「曇ってますね⋯⋯。」


 コウタもその横で同じように顔を出して延々と彼方に続く灰色の曇り空を眺める。




「「⋯⋯はぁ〜。」」




「⋯⋯ため息をつくな。こっちまでどんよりしてくる。」


 深いため息を吐く二人に挟まれ、馬車を操縦するアデルまで気だるげになってそう言う。


「だって、病み上がりすぐに一週間も馬車に揺られてれば誰だってこんな感じになりますよ。」


 コウタは馬車の荷台からアデルの座る御者台にまで身体を乗り出して頬杖をつく。


「馬車まで準備してもらったのに、ミーアさんにもほとんど説明なく出て行っちゃいましたし。」


 同じようにマリーもアデルの横に身を乗り出して深い溜息を吐き出す。


「それは確かに悪いことをしたな⋯⋯。」


 二人に挟まれるように座るアデルは苦笑いを浮かべて返事を返す。


「今度会ったら謝らなくちゃ駄目ですね。」


 それを見てマリーは場を和ませようといたずらっぽい笑みではにかむ。



「会うまでに生きてたらな。」



「それシャレになんないです⋯⋯。」


 サラリと放たれたアデルのその言葉に、コウタは肩を落としながらため息をついて答える。


「でもやっぱり、調子出ないですよね〜。セリアさん。」



「⋯⋯すぅ。」



 マリーの問いかけに、セリアは全く反応することなくスヤスヤと寝息を立て身体を左右に揺らしていた。


「⋯⋯って、寝てるし。」


「相変わらず、マイペースですね⋯⋯。」


 馬車の振動に合わせてフラフラと揺れ動くセリアを見て三人は思わず苦笑いを浮かべる。


「そろそろつくからな、起こしてやってくれ。」


「はーい。」


 その言葉にマリーは軽い調子でそう返す。


「セリアさん、そろそろ着くみたいですよ。」


「⋯⋯んん。あら?」


 隣に座るコウタがユサユサと身体を揺さぶると、セリアは呻き声を上げてゆっくりと目を擦りながらまぶたを開く。


「おはようございます。朝ですよ〜。なんちゃって。」


「⋯⋯おはようございますわ⋯⋯。」


 いたずらっぽい笑みを浮かべてはにかむコウタに、セリアは働かない頭でそう答える。



「着きますよ〜。準備して下さ〜い。」



「りょーかいですわ〜。」



 目が覚め切らないセリアはマリーの問いかけにフラフラと頭を左右に揺らしてそう答える。


「次はブリカかぁ〜、どんなクエスト受けますか?やっぱりレベルを上げるなら討伐ですかね?」



「クエストは受けない。というか受けれない。」


 あからさまに嫌そうな顔をするマリーに、アデルはキッパリとそう言って否定する。


「ふぇ?なんでです?」


「ブリカにはギルドが無いからな。受けようにも窓口がない。」


「え?ブリカって街ですよね?なんで無いんですか?」


「街にだって大小はあるだろう。というかここから先の地方は小さな街も点在しているからギルドもまばらなのだ。」


 アデルは手綱を握りながら説明口調で短くマリーにそう伝える。



「じゃあ、今回は⋯⋯。」



「ああ、長旅だったし、今回は物資の補給だけだな。⋯⋯⋯⋯何もなければ(・・・・・・)。」



 普段通りの調子で話すと、語尾に少しだけ含みを持たせてそう言う。



「⋯⋯⋯⋯。」



(なんだろう。今の一言で一気に嫌な予感が⋯⋯。)



 そびえ立つフラグになど気付くはずもなくコウタはゆったりと馬車に揺られる。



「さあ、ここからはフォート地方だ。気を引き締めろよ。」



「「「はぁーい。」」」



「はぁ⋯⋯本当に大丈夫なのか?」



 三者三様のゆるい雰囲気に当てられ、アデルもついつい深いため息をつく。









 ——時は冒険者コウタと魔王軍四天王ゼバルの戦いの直後まで遡る。



「⋯⋯⋯⋯。」



 魔王城の一室に、まばゆい閃光が迸ると、その光の中から肩と耳からおびただしいほどの血を流して座り込むピアスをつけた男の姿が現れる。



 男は部屋の中心にある宝石が置かれた台座にもたれかかりながら自らの傷口に紫色の光を当てる。すると、傷口からの出血は収まり、次第に肩に空いた風穴は小さくなり、完全に消えて無くなる。



「⋯⋯⋯⋯ふぅ⋯⋯。」


 ある程度痛みが引いてくると、ゆっくりとため息をついて今度はその上にある抉り取られたような傷口に手を当てる。


 すると、部屋の外からツカツカと足音が聞こえてくる。


「⋯⋯⋯⋯ん?」


 視線を向けると、ドアの先には替えの服を手に持った金髪で褐色の肌の青年が立っているのが見えた。




「⋯⋯帰ってきたか。ゼバル。」



「よお、ルシウス。」



 ルシウスと呼ばれた男はゼバルに持っていた替えの服を投げ渡す。





 二人が廊下に出ると、ゼバルは血で真っ赤に染まった服を脱ぎ捨てて再び身体の治療を進める。



「つーかなんだよ。いきなり呼び出しやがってよ。」



 身体に手を当てて治癒を続けながらゼバルは不服そうにそう呟き、前を歩くルシウスについていく。



「仕方ないだろう、王直々の命令だ。」



「そうだとしても。忙しい俺よか暇なのがいんだろ。約二名。」



 淡々と答えるルシウスにゼバルは苦笑いを浮かべながら皮肉交じりにそう答える。



「その二人が待ちくたびれてるから急いで呼び出したんだ。」


 妙に的を得たものゼバルの言葉に呆れながら、ルシウスは安堵と焦燥を含んだため息を吐き出してそう答える。


「はぁ!?マジかよ!?」


 普段は全く揃う事のない幹部が全員出席しているという事実にゼバルは思わず声を上げる。


「強制招集だからな。貴様以外は全員揃ってる。」


「幹部全員集合って、とうとう戦争かぁ⋯⋯?」


 先程までの不満そうな表情からうって変わって思わず狂気の笑みがこぼれる。



「それはまだ早いが、遠からずだな。」



「⋯⋯⋯⋯遠からず、か⋯⋯。」



 含みを持たせたその言葉にゼバルの口角が少しだけ釣り上がる。


 なぜならルシウスのこぼしたその言葉は、それに近い何かが始まろうとしているという事の暗示に他ならないからであった。


「それはそうとゼバル。」


「なんだ?」



「どうだった?例の勇者候補は。」



 ルシウスは何気ない様子で、まるで世間話でもするような突飛さで質問を投げかけるが、その雰囲気と視線は真剣そのものであった。



「⋯⋯ああ、強かったよ。ありゃ立派な化物だ。油断してたら死んでたかもな。」



 ゼバルもその雰囲気に気がつくと、同じようなドライな態度で目を合わせることなく新しい服を羽織ってそう返す。


「⋯⋯そうじゃない。あの件だ。」


「あの件?ああ、あれな⋯⋯。」


 一瞬考え込んだ後、彼の言葉の真意を理解し再び相槌を打つ。


「どうだった?」


「多分だが、お前の言った通りだよ。」


 深く追求されると、めんどくさそうに溜め息をついてそう答える。


「根拠は?」



「⋯⋯勘だ。」


「そうか⋯⋯。やはりか。」


 何処かで聞いたような淡々とした返答にルシウスは小さく呟く。



「あぁ?聞こえねぇよ。もっとでかい声で喋れ。こっちは耳が潰れてんだからよ。」



「なんでもない。⋯⋯それより、大丈夫なのか?それは。」


 潰れた右耳を指差して聞き返すゼバルにルシウスは話をすり替えるように会話を続ける。



「血は止まったが、耳は完全には修復出来ねえな。下っ端に造らせるしかねえか⋯⋯。」


「空間ごと消し飛ばすような攻撃は初めてだ。左耳こっちじゃなくて本当に良かったぜ。」



 耳の欠損という犠牲を払ったにも関わらず、ゼバルは対して気にしていないような態度でピアスのついた耳を指差してヘラヘラと笑う。


「確かに、それを手に入れるのは苦労したからな。」


「回復魔法使用時のMP消費の軽減、まぁ性能はないよりマシってレベルだがな。」


 つまらなそうな表情を浮かべて宝石のついたピアスに指で軽く触れる。


「⋯⋯何はともあれ、無事でなによりだ。傷はそれだけか?」


「これだけな訳ねえだろ。身体中バッキバキだっつーの。ほとんど治したけどな。」


「⋯⋯そうか。」


 その言葉を聞いてよく見ると、ゼバルの歩き方が少しだけぎこちないのが分かった。


「何見てんだよ。気色悪りぃ。」


「いいや、なんでもない。」


 そう言われてルシウスは特に気にした様子も無く再び前を向く。



「⋯⋯⋯⋯そーですかい。そういや、『鍵』の件はどうなった?」



 そこまで聞くと興味がなくなったのか、ゼバルはそれ以上聞くことなく今度は自分が興味がある別の話題を振る。


「片方は変化が見られない為しばらく放置、もう片方はつい最近、〝解放〟の兆候が見られた為、俺の部下達に監視させることにした。」



「なら問題ねーか。⋯⋯で、場所は?」



「フォート地方にあるブリカという小さな街にいるらしい。後十日もすればあいつらも到着するだろう。」



「十日ねぇ⋯⋯。帰りは一瞬なのに行きは普通に徒歩か馬車移動なんだもんなぁ⋯⋯。」


「仕方ないだろう。アレは元々緊急帰還用のものだ。」


 文句を垂れるゼバルに対して、ルシウスはため息交じりに淡々と反論する。



「確か名前は⋯⋯⋯⋯『帰晶石』だっけか?アレも量産しろよ。帰還用のガラス玉は量産出来るんだからよ。」



 曖昧な表現でそう言うと胸元に入っていたガラス玉の入ったケースを取り出す。


「ガラス玉では無い『崩石』だ。そもそも量産出来るとは言っていない。精々三日に一つが限界なんだ。あまり無駄遣いするなよ。」


 ルシウスはそれを見て真剣な表情で戒めるようにそう言う。


「へいへい。ってかそもそもこれ持たされんのって一部の幹部だけなんだろ?俺だって滅多に使わねえし、そんな気遣わなくても無くなるとは思えねえんだが?」


 透明なケースをコロコロと手元で弄びながら言い訳をするように答える。


「予備は沢山あるさ、だがそうだとしても無闇に使い続けて、もしもの時に無いでは話にならないだろう。」



「⋯⋯⋯⋯そーかよ。」


 ルシウスは聞き分けのないゼバルに対して至極真っ当な意見を返して黙らせる。


「それよりそろそろ準備してくれ。くれぐれもあの方に粗相の無いようにな。」


 ルシウスがそう言うと、二人の視界の先に一際大きな扉が現れる。


「ハッ、そんなもん気にするタイプでも無いだろ。あの人はよ。」


 ドアの前に立ち止まると、ゼバルは潰れた耳を隠すようにフードを被る。


「それもそうだな。」


 そう言って笑うとルシウスはトントンと、軽くドアをノックする。




「四天王ルシウス=フリート、同、ゼバル=フィンクス、ただいま到着致しました。」




 ひとりでに扉が開くと、二人は吐き出した言葉とは裏腹に、いっそう表情を引き締めてその奥へと進んでいく。



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