九十五話 再出発
「⋯⋯う⋯⋯ん⋯⋯⋯⋯?」
カーテンの隙間から入ってくる夢の反芻のような光にコウタの意識はゆっくりと冴え渡る。
「⋯⋯コウタさん?分かりますか!?コウタさん!」
意識がはっきりしないコウタに慌てた様子でマリーが問いかける。
「マ⋯⋯リー⋯⋯さ、ん?」
「よかった⋯⋯ちゃんと目を覚まして。」
震えた声でそういうと、マリーはその目に涙を浮かべながらコウタの手を握りしめる。
「アデルさんとセリアさんは⋯⋯?」
「無事ですわよ。」
コウタがそう問いかけると、真横からマリーの代わりにセリアがそう答える。
「⋯⋯セリアさん。」
声をかけられてようやくその存在に気がつくと、未だに本調子で働かない頭を動かしてその名を呼ぶ。
「あの後、私のスキルで皆さんを回復させ、回復したアデルさんが貴方をここまで運んだのですよ。」
よく見るとマリーやセリアの身体には至る所に包帯が付いているのが見えた。
「ということは⋯⋯。」
「ああ、助かったよ。貴様が倒れる直前にセリアにポーションを飲ませたおかげでな。」
コウタがそこまで尋ねると、アデルがドアの奥から現れ、そして意識を失った先のことを話し始める。
その姿はいつも来ている鎧ではなく、自前と思われる私服を纏い、服の隙間からは他の二人と同じように痛々しい包帯が巻かれているのが見えた。
「アデルさんっ、⋯⋯⋯⋯よかった。」
それを見ると、泣き出しそうな声でコウタは深くため息をついて呟く。
「それで、教えていただけませんか?なにがあったのか。」
その様子を黙って見ていたセリアは表情を一層厳しくしてそう尋ねる。
「⋯⋯それは——」
「——そんなことが⋯⋯。」
「魔王軍⋯⋯四天王。」
コウタの話を聞き終えると、三人は思わず押し黙る。
「神装が、負けたのか⋯⋯!?」
アデルはあまりの衝撃に震えた声で問いかける。
「⋯⋯っ、負けました。」
勝負自体は決着はついてはいなかったが、敵の態度を見るに、手を抜かれていたのは明白であった、
「⋯⋯そうか。すま——」
「——すいません、僕が弱いせいで⋯⋯。」
アデルが申し訳なさそうに口を開くと、コウタは全てを言わせることなく言葉を割り込ませる。
「違うっ!!貴様が悪いんじゃない!!」
それを聞いてアデルは得体の知れぬ怒りに襲われ、そして感情の赴くままに声を張り上げる。
「⋯⋯っ!?」
「ア、アデルさん?」
突然の怒号にマリーは戸惑いながら声をかける。
「元はと言えば私がっ⋯⋯。」
「ストップ!!そこまでです!!」
ヒートアップするアデルの口調にマリーはすぐさまそれに割り込む。
「⋯⋯マリー。」
「強ければとか守れればとか、そんなこと言ったら何も出来ずにやられた私たちはどうなるんですか。」
「誰が悪いとか弱いからとかじゃないでしょう?相手が強かったんですもん。」
開き直ったような態度でそういうマリーを見て、セリアはニッコリと笑ってみせる。
「でもそれも私が強ければ⋯⋯。」
「私たちが、ですよね?」
「⋯⋯っ。」
マリーから言われたその言葉にアデルはハッとして思わず口籠る。
「成長しなきゃいけないのはみんな一緒なんですよね?一緒に強くなるんですよね?だったら一人で抱え込んじゃダメです。」
その言葉は、以前コウタ自身が、そしてアデル自身がマリーに向けて放った言葉であった。
「ね?セリアさん。」
屈託のない笑みでマリーはセリアの方を向く。
「⋯⋯そうですわね。」
何かを言おうとしていたのか、厳しい表情をしていたセリアは、自らに話を振られると、小さくため息をついていつも通りの笑みをマリーに向ける。
「「⋯⋯っ。」」
悪意も皮肉でもないその言葉は二人の心にのしかかる。
「⋯⋯そうですね。」
「すまない、熱くなりすぎた。」
二人はぐうの音も出せず申し訳なさそうにそう言って俯く。
「分かれば良しです。そうゆうことでちゃんと寝てて下さい。」
「——そーゆうこと、病み上がりなんだから興奮しない。」
マリーがそう言うと、部屋のドアの向こうから同調する声が聞こえてくる。
「ミーアさん⋯⋯なんで?」
「驚いたよ。送り出したと思ったらその日のうちにボロボロになって帰ってくるなんてね。」
ミーアは大きな袋を重たそうに担ぎながら、コウタの声に応える。
「それより、言われたもの揃えといたよ。」
「助かる。」
アデルは暗い表情のままミーアに礼を言う。
「⋯⋯言われたもの?」
コウタはそれを聞いて首をかしげる。
「うん。鎧に⋯⋯ポーション。」
コウタに聞かれると、ミーアは手に持った袋をテーブルに置いて中身を取り出す。
「誰にやられたかは知らないけど、行くんでしょ?」
「「当然!!」」
アデルとコウタ、二人の声が小さな部屋の中で重なり、そして響く。
「そんじゃ、またね。」
数分後、そう言ってミーアが部屋から出ると、コウタの表情は真剣なものに変わる。
「それで⋯⋯どうします?これから。」
ポーションを飲み干し、MPを全回復させたセリアによる手当を受けながら、コウタは既に回復しきったアデルに問いかける。
「やるべきことは変わらん。ただ、準備が出来次第すぐにここを出る。」
恥じらいもなくコウタの目の前で鎧に着替えながらアデルは問いかけに答える。
「すぐ、ですか?」
「相手は今回、私達ではなくコウタさん個人を狙って攻撃してきた。それも、四天王が。」
コウタの身体に巻かれた包帯を外しながらセリアは二人の会話に割り込む。
「もはや魔王軍側からすればコウタの存在は聖人であるセリアよりも重要な存在となりつつあるのだ。」
襲撃して来たゼバル自身がコウタ以外には全く興味を示さなかったのがいい証拠であった。
「つまり⋯⋯どうゆうこと?」
マリーは平気な様子のアデルに対して少しだけ頬を染めながらいそいそと上着を着付ける。
「つまりこれからはコウタ狙いで襲撃してくる敵が増えるわけだ。それも、幹部クラスの敵がゴロゴロとな。」
「ですが今現在、私たちは幹部には対抗できても四天王クラスの敵に対抗出来るだけの力はありませんの。」
二人はコウタの顔を見て真剣な表情で会話を続ける。
「コウタさん以外一撃でしたもんね。」
それに対してマリーは苦笑いを浮かべながら自虐気味にそう続ける。
「そう、だからまだ弱いうちは相対するのは避けるべきなんだ。」
「そしてそのためにはまず敵に捕捉されない事。」
セリアはコウタの治癒を終えると、首や肩をパキパキと鳴らしてそう言う。
「つまり手っ取り早く言えば、街から街へ移動し続けながら四天王にも対抗できる強さを身につける、ってことですか?」
コウタが服を着て完治した手を開いたり閉じたりしながら問いかけると三人も同様に準備が出来たのか、同じように立ち上がる。
「そうゆうことだ。」
「少々かっこつかないが、逃げるぞ。勝つ為に。」
その言葉に反応してコウタ達三人は頷く。
「リスタートだ!」