九十三話 神威
「ぐっ⋯⋯。」
ピアスの男はコウタの突撃を剣を抜いて受けるが、その身体は負荷に耐えられず地面に突き刺さるように沈み込む。
「おおぉぉらぁ!!」
(マジかよ!?俺の攻撃にろくに反応できてなかった奴が、逆に俺が反応出来ないスピードまで跳ね上がるなんて⋯⋯。)
男は無理矢理コウタの身体を弾きあげると、息を荒くしながらそんなことを考える。
「とんでもねえな神の力⋯⋯。」
男はそう言ってコウタから距離を取る。
(止められた⋯⋯!?いや、ステータスが一段階上がってる⋯⋯。やっぱりアイツが四天王で、あれが呪剣なのか⋯⋯?)
コウタは10メートルほど離れた位置に着地すると、ルキの発言を思い出して男の持つ剣と男自身に〝観測〟のスキルを発動する。
コウタの手元に男のステータスと剣の詳細が浮かび上がる。
ゼバル lv89
〝獅子王の呪剣〟使用者に悪——
呪剣の詳細がノイズがかかったようにぼやけるが、コウタの目にはそれは映ってなかった。
「レベル89⋯⋯って⋯⋯。」
コウタはその男の圧倒的なレベルとステータスの高さを見て全てを納得する。最初から敵うはずなど無かったのだと。
(でも、それでも霊槍がいれば——。)
(だが、それでも呪剣がいりゃ——。)
((——対等だ。))
二人は再び構えるとお互いに空気が震えるほどの殺気を放ちながら深く腰を落とす。
「「⋯⋯⋯⋯!!」」
再び二人が衝突すると、今度はゼバルの身体は完全に後方に吹き飛ばされる。
「⋯⋯くっそが!」
追い討ちを仕掛けるコウタの槍を受けようと空中で体制を立て直す。
「「おおおおぉぉぉぉ!!」」
連続する衝突音の後、二人の後を追うように白と紫、二つの光の筋が宙に線を引く。
二人の刃が何度目かの衝突をした時、ゼバルは片手を構えて、先程同様に至近距離の爆発魔法を放とうと構える。
「⋯⋯っバスター・インパクト!!」
「ぐっ⋯⋯。」
爆発の直撃を受けたコウタは呻き声をあげる。
「この距離なら⋯⋯ぶっ、はぁ⋯⋯!?」
ニヤリと笑うゼバルの頬にボロボロになったコウタの右腕が突き刺さる。
見るとコウタの身体は攻撃を受け止めた右手以外ほとんど無傷であった。
(コイツッ⋯⋯!!爆発を右手だけで受け止めやがった!?)
「このっ⋯⋯!!」
コウタは吹き飛ばされるゼバルに向かって槍を突き立て追撃を加える。
「ナメてんじゃねえぇぇぇ!!」
対するゼバルはふらつきながらもう一度爆発魔法を放ち距離を取る。
「⋯⋯おおおおぉぉぉ!!」
コウタは舞い上がる黒煙を押し退けて槍を構えると真っ直ぐにそれを突き出す。
爆煙は丸い大穴を開けて、その先にいるゼバルの左肩を貫く。
「ガハッ⋯⋯!!」
コウタはトドメの一撃を放とうと更に接近する。
「⋯⋯動きが⋯⋯真っ直ぐ過ぎるんだよ!!」
「ぶっ⋯⋯。」
ゼバルは崩れた体制のまま、がむしゃらに足を振り、コウタの頬から側頭部のあたりにかけて横薙ぎの蹴りを叩きつける。
吹き飛ばされたコウタも、肩を貫かれたゼバルもそのまま体制を崩し地面に倒れる。
「はぁ、はぁ⋯⋯。」
「ぜぇ、ぜぇ⋯⋯。」
二人はふらふらになりながらも同時に立ち上がる。
(痛みが感じられない⋯⋯。腕は、足は⋯⋯ついてるのか?視界が歪む⋯⋯。立ってるのか寝てるのかも分からない。そもそも、これは現実なのか?夢なのか?⋯⋯分からない⋯⋯くそ、頭がおかしくなりそうだ⋯⋯。)
再び構え直すゼバルとは対照的に霊槍の副作用と蓄積されたダメージによってコウタの身体と精神は既に限界を迎えていた。
(⋯⋯だから、これで決着をつける。)
大きく息を吐いて息を整えると、焦点の合わない目で、目の前の男を強く睨みつけ武器を構える。
(⋯⋯来る。)
ただならぬ雰囲気を肌で感じるゼバルは、殺気を全開にしてそれを待ち受けるように構え直す。
「⋯⋯加速。」
コウタは地面に足が沈み込むほどの勢いで強く踏み込む。
「⋯⋯っ!?」
直後、高速で移動したことによる余波と共にゼバルの視界からコウタの姿が消える。
「「おおおおぉぉぉぉ!!」」
周囲に暴風を撒き散らしながら二つの刃が交差する。
「——さすがだな、勇者⋯⋯。」
ゼバルは剣を前に突き出しながら掠れた声で苦しそうにそう笑う。
「⋯⋯俺じゃなきゃ死んでた。」
コウタの刃はゼバルの頬を掠め右耳と右肩の一部を消し飛ばし、おびただしい量の血が地面に滴り落ちていた。
そして、ゼバルの刃はコウタの腹部を貫き、その刀身を返り血で真紅に染め上げていた。
「⋯⋯ぶばっ。」
一瞬遅れて、コウタの口からは真っ赤な鮮血が吹き出す。
「言っただろ?真っ直ぐ過ぎるって。」
そう言うと、ゼバルはコウタの身体から剣を抜きフラフラと数歩下がる。
「⋯⋯痛ってえぇ。」
ゼバルは痛みに耐えかねて右耳があった場所を左手で抑えてうずくまる。
「はっ、はっ、はっ、ゴホッ、ゴホッ⋯⋯、ぐうぅぅ⋯⋯!!」
コウタは咳き込みながら血を吐き出して腹部を抑える。ビチャビチャと滴り落ちる血を見つめて、それでもなお立ち上がる。
「まだ立つのかよ⋯⋯。凄えを通り越してイかれてるよ、お前。」
ゼバルは恐怖にも近い感情を抱きながら目の前の人間のようなものを睨みつける。
(まだ、倒れる、訳には⋯⋯。)
もはやコウタは槍を杖代わりにしてギリギリ立っているだけの状態であった。
「だったらこっちも全力で行くぜ?」
「⋯⋯か——」
『——終わりだゼバル。』
ゼバルが構えると、突如無線のような音で、その名を呼ぶ声が聞こえてくる。
「⋯⋯どうゆう意味だルシウス。」
胸元から赤い宝石のような物を取り出すとそれに向かって苛立ち交じりの声でゼバルは問いかける。
「そのままの意味だ。帰って来いゼバル。」
怒気を孕んだ重々しい声で宝石から返答が返って来る。
「⋯⋯理由は?」
「⋯⋯王の命令だ。」
問いかけに返ってきた答えは単純なものであった。
「王様だって我慢強い方だろ?ちょっと待ってろ、すぐ終わらせるからよ。」
言い訳をするようにゼバルは宝石に向けてそう言って剣を構える。
「ダメだ。帰って来い。」
それでも聞かないゼバルに宝石の奥の男はスッパリとそう言い切る。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯はぁ、分かったよ。帰りゃいいんだろ?」
互いが一歩も引かず、延々と続くようにも思えた沈黙はゼバルの方が先に折れることで止まる。
「ま、て⋯⋯。」
「待たねえよ。うちの元帥様がご機嫌斜めなんでな。」
納得いかない様子のゼバルは掠れたコウタの言葉をピシャリと遮る。
「⋯⋯最後に自己紹介、はしなくても分かるよな?観測系のスキルも持ってるみてえだし。」
「でもまあいいか、名乗っといてやる。」
「魔王軍四天王、ゼバルだ。次戦う時は本気で殺ってやるよ。」
ゼバルはそこまで言うと右耳を抑えていた手を胸元に入れてガラス玉のような物を取り出す。
「じゃあな、キドコウタ。」
言葉と同時にガラス玉を砕くと、一帯に閃光が迸る。
「待っ⋯⋯。」
手を伸ばした先には既に、影すらも残っていなかった。
「⋯⋯くそっ。」
(くそ⋯⋯悔しいけど、助かった。)
安心感と共に、掠れた声で小さくそう呟く。
「ぶっはっ⋯⋯。」
吐き出された血がビチャビチャと地面に零れ落ち、血溜まりを作る。
(あとは⋯⋯。)
コウタはふらついて虚ろな目になりながら、倒れている仲間達に目を向ける。
(助けないと⋯⋯。)
フラフラと霊槍を杖代わりに三人に近づくとマジックバックからポーションの瓶を一本取り出す。
(このまま放っておいたら、みんな死ぬ。)
「まだ⋯⋯助けられてないか、ら。」
コウタがそこまで言うとその手に持った槍が突如消失する。
(もう⋯⋯時間か⋯⋯。)
支えを失ったコウタの体はバタリと地面に倒れる。
ズルズルと這いずりながらコウタは必死に三人に近寄っていく。
「⋯⋯⋯⋯くそっ。」
その言葉を最後にコウタの意識は草原の中に消える。