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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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九十一話 一撃


 ——出発の日。


 藍色の空の奥から街の中に橙色の光が差し込む頃チュンチュンと耳をくすぐる鳥の鳴き声に、コウタは目を覚ます。


「ん、んん⋯⋯ふわぁ〜。」


 朝の肌寒さと薄く開いた目に入る光でコウタはもぞもぞと布団の中に潜り込む。


「⋯⋯すぅ⋯⋯すぅ。」


「⋯⋯ん?」


 潜り込んだ布団の中には、自分とは違う温もりと息遣いを背中越しに感じる。


「⋯⋯⋯⋯。」


 被せた布団を自分の首元までずり下げて、ゆっくりと目を開け寝返りをうつ。


「⋯⋯ですわ。」


 振り返った先には彫刻のように整った美しい顔立ちにキラキラと輝くブロンズ髪の女性が無防備極まりない表情を晒しながらコウタの横で眠りについていた。




「————⋯⋯⋯⋯っ!?」




 直後、宿中に声にならない叫びが響き渡る。


「ど、どうしたコウタ!?」


「すごい音しましたけど!?」


 ドタドタと揺れる音にアデルとマリーは慌ててコウタの部屋のドアを開ける。


「ふあ〜あ⋯⋯あらコウタさん起きたみたいですわね。」


 その喧騒によって、コウタの横で寝息を立てていたセリアも目を覚ます。


「な、なんで僕の隣で寝てるんですか⋯⋯!?」


 コウタはベッドの下から這い上がりながら動揺した声で問いかける。


「そ、それって添い寝⋯⋯!?」


 マリーはその言葉に強く反応する。


「あら、申し訳ありません。アデルさんに言われて起こしに来たら、私も眠くなってしまって。」


 あくび混じりに少し照れた様子でセリアはコウタの問いに答える。


「なんだ。そんなことか⋯⋯。時間だから早く支度してくれ。下で待ってるぞ。」


「早くしないと朝食が冷めてしまいますわよ?」


「添い寝⋯⋯。添い寝⋯⋯。」


 部屋から出て行く二人の一番後ろを、マリーはブツブツと呟きながら覚束ない足取りで追いかけていった。


「な、なんかお決まりのパターンみたいになってません?」


 一人残された部屋の中で小さくそう呟くのだった。






 街が朝日に照らされて少しずつ明るくなり、活気付い出来た頃、準備を整えたコウタ達は街の門へと馬車を運んでいた。


「短い間だったけど、ありがとね。」


 見送りに来たミーアはコウタ達にそう言って笑いかける。


「いいえ、こちらも色々と助けて貰いましたし、おあいこですよ。」


 マリーはミーアの言葉にそう返す。


「いや、おあいことは言えないくらい助けて貰ったような気がするんだけど⋯⋯特に君には⋯⋯。」


「はは、それじゃあ、いつか返してください。」


 視線を向けられたコウタは軽口を叩くようにそう答える。


「うん。任せとけ!!」


「⋯⋯ところで次はどこに行くつもりなの?」


 ミーアは聞き忘れていたことをコウタに問いかける。


「ブリカです。そこからキーニ、レスタを経由してリューキュウに行くことが当面の目標です。」


「リューキュウ?なんでまたあんなところに⋯⋯?」


「いや、僕がちょっと気になる事がありまして⋯⋯。」


 コウタは語尾を濁しながらそう答える。


「リューキュウか⋯⋯もしかしたら私の仲間と会うかもね!」


「ミーアさんの仲間ですか?」



「うん。私が所属するパーティのメンバーだよ。今はみんなバラバラに活動してるけどね。」



「バラバラじゃ会ってもお互い分からないですね。」


「それもそっか。」


 ミーアがそういうと二人は小さく笑い合う。


「⋯⋯それじゃ、今度はポータルでね!」


 親指を立ててそう言うと、少しだけ名残惜しそうにコウタの方を見る。


「ええ、その時はよろしくお願いします。」


「それと、今度会った時は私との約束。考えておいてよね。」


「期待する答えは出せないかもしれませんよ?」


 目的を果たすまでその約束には乗れない為、コウタははぐらかすような中途半端な答えを返す。


「大丈夫、首を縦に振るまで粘るから。」


「⋯⋯ははっ。」


 その情景を思い浮かべて思わず苦笑いをこぼす。



「それじゃ⋯⋯ん。」



 ミーアは不意にコウタに覆いかぶさるように顔を寄せ互いの口同士を寄せ合せる。


「ちょ⋯⋯何を!?」


 その様子を見ていたマリーはわたわたと慌てふためきながら引き剥がそうとする。


「⋯⋯どういうつもりですか?」


 そんな心配をよそに、二人のそれが触れ合う前にコウタはミーアの唇に指を当てその動きを制止し、苦笑いで問いかける。



「いや、予約しておこうかと⋯⋯。」



 ミーアは諦めるように離れるとニッコリと笑って堂々とそう答える。


「なんの!?なんの予定ですか!?」


「冗談だよ、ジョーダン。そんなにカリカリしないのっ!」


 顔を真っ赤に染めて迫るマリーをからかうように笑いかける。


「ううっ⋯⋯。」


「あ、あはは⋯⋯。」


 それを見てコウタも思わず乾いた表情を浮かべながら声をあげる。


「おい、マリー、コウタ。準備が出来たなら乗ってくれ。出発するぞ⋯⋯ってミーア、いたのか。」


 そんな話をしていると、馬車の奥からアデルが顔を出す。


「うん。お見送りってやつだね。」


「わざわざ来なくても良かったのだぞ?朝も早いのに。」


「そんなわけにもいかないでしょ。色々お世話になったわけだし。」


 申し訳なさそうにそう言うアデルにミーアはヘラヘラと軽い調子でそう答える。


「そんなものか?⋯⋯まあいい。どうせすぐポータルで会えるだろうしな。」


「うん。だから気をつけてね。」


「ああ、分かってるさ。」


「あ、それと⋯⋯コウタ。」


 ミーアはそこまで言うといつだかと同じようにコウタの方向を向いて小さく口角を上げる。


「はい?」


「⋯⋯またね!」


「はい、また。」


 満面の笑みでそう言うミーアにコウタも同じように笑いかける。






 街を出て数分後、コウタは順調に進む馬車の荷台からアデルが手綱を引く御者台に顔を出す。


「アデルさん。疲れてませんか?」


「コウタか⋯⋯。大丈夫だぞ。まだ出発したばかりだしな。」


 アデルは前を向きながらコウタの声に答える。


「そうですか。では疲れたらいつでも言ってくださいね。」


「ああ、その時は頼む。」


「⋯⋯それにしても驚いたな。貴様が行き先を指名するとは⋯⋯。」


 そう言うとニッコリと笑って問いかける。


「ああ、リューキュウのことですか?⋯⋯ちょっと気になることがあって⋯⋯すいませんわがまま言って。」


「いいや、構わんさ。⋯⋯それに。」


 コウタが謝っているのを見ると、アデルは思わずクスリと笑う。


「⋯⋯?」


「貴様も少しずつ明るくなってきて⋯⋯私も嬉しい。」


「明るく⋯⋯?」


「ああ、初めて会った頃は自分の殻に閉じ籠ってる感じだったが、ここ最近はなんと言うか⋯⋯さっきみたいにわがままを言ったり、表情が豊かになったりで殻が取れてるように感じる。」


 今までの行動や言動を思い返しながらアデルは言葉を紡ぐ。


「豊かに⋯⋯か。」


「良くも悪くも迷いが少なくなってきてるのだろう。」


「それは多分⋯⋯。」


(⋯⋯貴女のおかげですよ。)


 その言葉を胸に秘めてコウタは優しく微笑みかける。


「⋯⋯?何か言ったか?」


「⋯⋯⋯⋯いいえ。なんでもないですよ。」


 首を横に振ってはぐらかす。


「ていうかそんな事言ったらアデルさんだって、一人で突っ走る事が少なくなってるじゃないですか。」


「まあ、ほっとけないのが一人から三人に増えてしまったからな⋯⋯。自分が突っ走る暇など無いだろう。」


 アデルは苦笑いを浮かべながら前を見据える。


「ははっ、それはすいません。」


「まあいいさ。殻に篭ってる貴様より、明るくて、表情豊かで、少しわがままな貴様の方が私は好きだぞ。」


 サラリと恥ずかしいことを言うのもコウタの影響が出ているのか、側から見ればかなり恥ずかしいやり取りもお互いに自覚がないまま流される。


「そうですか。ならアデルさんも無茶しすぎる癖直さないとですね。」


「それはお互い様だろう。」


「ならもっと仲間に頼るようにしなきゃダメですね。お互い、仲間には恵まれてるんですから。」


「⋯⋯そうだな。」


 アデルはコウタの言葉に頬を釣り上げて先程までとは違う反応を示す。



「——ちょっと、ちょっとコウタさん!!助けて下さい!!」



 マリーはコウタの後ろから慌てた様子で顔を出す。


「⋯⋯?どうしました?」


「勝てないっ!全然勝てないんですよ!」


「勝てない?⋯⋯ああ。」


 それを聞いて後ろを見ると、マリーとセリアの二人は将棋盤のようなものを挟んでいて、セリアは涼しい顔をして、マリーは泣きそうな顔をして訴えかけているのが見えた。


「ちょっと手伝ってきます。アデルさん疲れたら言ってくださいね。」


 やれやれと半ば呆れた様子でそう言うとコウタは馬車の荷台に潜る。


「ああ、分かった。」



「⋯⋯仲間に恵まれた、か⋯⋯。」



 コウタが馬車の中へと入るとアデルはふと小さくそう呟く。

 何気ないその一言に、アデルは自分でも単純だな、と思いながらも頬が緩む。



「私もつくづくそう思うよ。コウタ。」



 穏やかな表情でアデルはコウタの背を見つめる。



(思い返せば⋯⋯色々あったな⋯⋯。)


 アデルは視線を元に戻すと、コウタと出会ってからのことを思い出す。



 マリーのパーティ加入や、セリアとの出会いなど、思い返すのは復讐や戦いなどではなく、そんな出会いの日々である事にアデルは小さな驚きとともに自分が幸せ者である事を自覚する。



(だからこそ、しっかりケジメをつけなくてはな⋯⋯。)






「——おい、ちょっといいか?」


「⋯⋯っ!?」


 そんな思考に割り込むように突如前方から聞こえてきた声にアデルは慌てて馬車を止める。



「ああ、悪い悪い。いきなり声かけちまって。」



 アデルが前方に目を向けると、フードを目深に被った青年が見えた。


「何の用だ?」


「ああ、ちょっと人を探していてね⋯⋯。」


 男は軽い調子でジェスチャーを取りながらそう言う。


「人⋯⋯?」





「ああ、コウタって名前の冒険者、知らねえか?」





「⋯⋯っ!?」


 いきなり出てきたその名前に、アデルは思わず凍りつく。



「例えば⋯⋯その奥とかに。」



 男は馬車を指差してそう言う。


「⋯⋯居たら⋯⋯なんだと言うのだ?」


 少しだけ震えた声で、アデルははぐらかすように問いかける。



「なぁに、ちょっと⋯⋯殺すだけだよ。」



 男はフードを外すと、そこには赤い宝石がついたピアスをつけた男の狂ったような笑みが現れる。



「っ!!全員逃げ——」



 その瞬間、アデルは以前にも感じたことがあるような圧倒的で暴力的な圧力を感じ、後方にいる三人に向かって叫ぶ。



「——遅えよ。」



 が、その言葉は男のその呟きとその手から発せられる大爆発に遮られ、馬車全体を破壊の衝撃が包み込む。


 地を這うように轟く爆発はコウタ達の乗る馬車を無慈悲に消し飛ばす。


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