九十話 主張
「こんにちわ。ミーアさん。コウタくん。」
二人の姿にに気付いたアンはニッコリと笑って手を振る。
「こんにちわ。」
「こんなとこでどうしたの?まさかもう帰る感じ?」
コウタが挨拶を返すと、間髪入れずにミーアはアンに問いかける。
「いいえ、まだ帰りませんよ。ただ、明日にはこの街から出ようと思って。」
「えぇ?早くない?もっとゆっくりすればいいのに。」
「そうゆう訳にも行かねえだろ。二人揃ってスキルのことバレちまったしよ。」
ミーアがそこまで言うと、アンの隣でむっすりと黙っていたロフトが口を開く。
「それに、行きたいところも決まってるんで。」
「へぇ、次はどこにしたんですか?」
「ギネだよ。今度はあそこで夏祭りやるみたいだから見に行くんだ。」
「ほぇ〜相変わらず自由でいいねぇ〜。」
「⋯⋯まあな。」
羨むような声色でそう言うミーアを見て、ロフトは面倒くさそうにそう答える。
「それより、そっちはどうしたの?他の子は?」
珍しく他の仲間と別々に動くコウタの姿を見て、キョロキョロと周りを見渡す。
「ああ、今例の特別報酬の件で領主様のお屋敷に⋯⋯。」
「んで、私達は暇だからクエストに行ってたの。」
ミーアはコウタの言葉に続くように相槌を打つ。
「そういえば!特別報酬ってなんだった?私、ちょっと気になってて。」
「さあ?あらかじめ教えてもらってないんですよ。」
アンの問いかけにコウタはおどけた様子で肩を竦める。
「へぇ、そうなんだ?じゃあ、もしかしたらどんでもないお宝だったりしてね。」
「お宝貰っても使い道がないから困るんですけどね。」
「それじゃ貰ってあげようか?」
「それはアデルさんに相談して下さい。」
冗談交じりの問いかけに、コウタも同じように冗談っぽく答える。
「そりゃそっか。それで、コウタくん達はクエスト終わりって感じ?」
「はい。見ての通りです。」
アンの問いかけにコウタはミーアを指差して答える。
「悪かったねボロボロで!!」
指を差されたミーアは叫ぶようにコウタにそう言う。
「もう、早めにポーション買っとかないとなぁ〜。」
「あ!私もポーション買ってないや。」
アンはミーアの言葉に反応すると、腰にかけたマジックバックの中身を覗き込む。
「え?じゃあ一緒に買いに行く?」
「いいですね、行きましょう!」
「おい!んなもん後ででもいいだろ。」
次々に話が進んでく様子を見てロフトはたまらず口を挟む。
「気付いた時に買わないとまた忘れちゃうでしょ。あんたはちょっと待ってて。」
「ちっ、おい!」
「そうゆう事、それじゃコウタもここで待っててねっ!」
「⋯⋯へ?」
苛立つロフトと呆けるコウタを置いて二人は歩き始める。
「「行ってきまーす。」」
「ちょ、ちょっと待って⋯⋯下さ、い⋯⋯。」
「⋯⋯行っちゃった。」
全てを言い終える前に女性二人は近くの雑貨屋の中へ消えていく。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
残された二人の間にはポツリと沈黙が流れる。堪らず二人は目の前に流れる街並みの景色に視界を飛ばし気を紛らわす。
「⋯⋯はぁ。」「⋯⋯ちっ。」
しばらくして限界がきたのか二人の口からはほぼ同時にため息と舌打ちが発せられる。
「貴方は⋯⋯。」
沈黙に耐えられなくなったコウタは、渋々口を開く。
「あ?」
「貴方は、誰かを助けられずに後悔したことは無いんですか?」
ロフトが聞き返すと、コウタは少し強めの口調で問いかける。
「⋯⋯ねえな。」
ロフトはその言葉を聞き、先日の会話を思い出してその問いかけの意味を理解し、そう答える。
「逆に聞くがお前。助けたことで後悔したことは無えのかよ?」
「⋯⋯無いです。」
間を開けることなくロフトがそう尋ねるとコウタは似たような返答を返す。
「じゃあ結局そこの差だろ。お前は助けて後悔したことが無いからあんな事が言える。俺は助けられなくて後悔したことが無いからこんな感じになってる。それだけだろ。」
視線を遠くに飛ばしたまま、悟ったような口調でロフトはそう続ける。
「考え方が対局なら分かり合えるはずもねえ。」
「⋯⋯でも、じゃあなんで、あの子と一緒に旅をしてるんですか?」
コウタは彼の隣にいた少女について、そう問いかける。
「いろいろ事情があんだよ。取らなきゃねえ責任とか。」
「⋯⋯責任?」
「てめえには関係ねえ。だから言うつもりもねえ。いちいち詮索してくんじゃねえよ。」
不機嫌そうにそう言うと、ロフトはもたれかかっていた壁から一歩前に出る。
コウタが視線を移すと、先程買い物に行った二人が、帰ってくるのが見えた。
「お前の仲間は守りたいもので、アイツは守んなきゃいけないもんなんだよ。」
手を振って帰ってくるアンに視線を向けるロフトはほんの少しだけ柔らかい声色でそう言う。
(守りたいもの⋯⋯か。)
「とにかく、俺は自分の力を他人のために使うつもりはねぇ。」
「じゃあな。二度とそのムカつく面見ないように祈っとくわ。」
ロフトは皮肉っぽくそう言って歩き出すと、ヒラヒラと手を振って去っていった。——
「——⋯⋯こ⋯⋯た⋯⋯コウタ!」
数時間後、ギルドホールでロフトとの会話を思い返していたコウタはアデルの声で我にかえる。
「っ!?はい?」
「どうしたのだ?そんなに呆けた顔をして。」
アデルは首を傾げてコウタの顔を覗き込む。
「ああ、なんでもないですよ。ちょっと考え事してただけですから。」
「そうか?それで次の目的地なんだが⋯⋯。」
「聞いてましたよ。ブリカの街ですよね?僕は異議なしです。」
不安そうに尋ねるアデルに、コウタはハキハキとそう答える。
「なら決定だな。次の目的地はブリカだ。」
「了解です。」
スパスパと話を進めるアデルに同調して返事を返す。
「そっか〜コウタ達ももう出発しちゃうんだ〜。」
コウタの隣に座るミーアはアデルが特別報酬として手に入れた剣を手に持って物珍しそうに眺めながらそう言う。
「あ、それとこれ。⋯⋯返すよ。」
それを見ていたアデルは思い出したようにそう言ってマジックバックから取り出した剣をコウタに手渡す。
「ああ、そう言えば貸してましたね剣。」
「新しい剣が手に入ったからな。もう大丈夫だ。」
「そうですか。それで、どんな人でした?領主様は。」
「あ、私も気になる!どんな人だったの?」
剣を受け取ったコウタはアデルにそう問いかけると、ミーアも同様に身を乗り出して問いかける。
「少し変わった方だったが、芯の通ったしっかりした方だったよ。」
「すごく綺麗な方でしたよ!⋯⋯ちょっと怖いけど。」
「また一つ、戦う理由が増えてしまいましたわ。」
「⋯⋯そうですか。」
コウタは三者三様のその言葉を聞いて小さく微笑む。
「そういうことだ。出発は明後日、距離は遠くないが少し早い時間に出るから準備しておけ。」
「「「了解です。」」」
アデルの言葉に、コウタ、マリー、セリアの三人は元気よく返事を返す。
——翌日。
コウタ達とは別に一足先に街を出たロフトとアンは穏やかな草原の道を馬車で進んでいた。
「おーいロフトく〜ん。起きてる?」
馬車の手綱を握るアンは後ろの小さな荷台で寝転ぶロフトに声をかける。
「⋯⋯⋯⋯。」
足を外に出して寝転ぶロフトはその言葉に答えることなくスヤスヤと小さく寝息を立てていた。
「もう!あと十分したら交代だからね!」
「⋯⋯⋯⋯。」
返事のないロフトにため息を吐き、改めて前に向き直ると、視界の端、はるか遠くに人の影のようなものを見つける。
「⋯⋯ねえロフト。」
「⋯⋯⋯⋯。」
視界をそちらに固定したまま、荷台で眠る男の身体をゆすり始めるが、当の本人は全く起きる気配がない。
「ねえってば!」
全く目を覚ますことのないロフトを見てアンは揺する手をパーに開きバシバシと叩き始める。
「⋯⋯⋯⋯んん、⋯⋯ったくうるせえな。なんだよ?もう時間か?」
「あれなんだと思う?」
荷台で大きく伸びをするロフトにアンは遠くの方を覗き込んで問いかける。
「⋯⋯んあ?あー、人だろ多分。ほっとけよ。」
ロフトはその影をスキルすら使わずに適当な返事を返して軽くあしらう。
「本当に?⋯⋯なんか変な雰囲気感じるんだけど⋯⋯。」
アンは遠くにあるその影から感じる気配のような圧力に一抹の不安を感じる。
「だからほっとけつってんだよ。ああいう面倒そうなのは関わらねぇのが一番だ。」
そしてその圧力はロフトにも伝わっていたのか、少しだけ張り詰めた雰囲気を醸し出しながらアンの問いかけに答える。
「それに、あっちだって気付いてねぇのか、こっちには全く興味がねぇみたいだしな。」
「⋯⋯そっか。」
それを聞いたアンは安心した顔でため息を吐く。
「そういうこった。⋯⋯じゃあ俺は寝る。」
「ダメ、あと十分くらいなんだから起きてて。」
再び眠りにつこうとするロフトの髪をアンは強く引っ張って妨害する。
「いいじゃねぇか、もう一周お前がやれば。」
ロフトは全くきにする様子も見せずに軽口を叩く。
「ダメ、二時間交代の約束でしょ?絶対交代してもらうからね!」
「ちっ、あーあ、めんどくせえなぁ〜。」
馬車の中にはあくび交じりの間延びした声が響いていた。