九話 一方的な狩り
シゴマカの森
四季がなく、雨季と暖季の二つが交互に訪れながら一年中緑が生い茂るこの森はキノコや山菜の宝庫であり多くの冒険者達の人気の狩場となっている。
だが、この森は、雨季が終わると巣の中で大人しくしていた草食系モンスターが活動を活発化させる、と同時にモンスター達の出産ブームも訪れる。
それが大量発生の原因である。
「今回大量発生したフォレストボアは大変気性が荒く、採取クエストをしている初心者冒険者達に牙を剥いています。そのため怪我人が続出しているので討伐をお願いします。」
そんな森の中を一人歩きながら、コウタは淡々と依頼内容を読み上げる。
曰く、この森は本来初心者の採集クエストや狩猟クエストの狩場となっているが、この時期になるとモンスター達が活発化しており、中級冒険者達用の狩場へと変化するとのこと。
「それにしてもいないなぁ⋯⋯。アデルさんの話だと群れで行動するって聞いたんだけど⋯⋯。」
そんな資料から目を離し、思いの外見つからないターゲットに首を傾げながらギルドでのやりとりを思い出す。
一時間ほど前——
「いきなり討伐クエストだと?辞めておけ、初心者には危険だぞ?」
コウタから差し出された紙を読み上げ、依頼内容を確認すると、アデルは有無を言わさずそう断言する。
「けど報酬三万ヤードですよ?いいじゃないですか。今日は美味しいご飯が食べれそうです。」
真面目な表情で忠告するアデルだが、当の本人はニコニコと笑みを浮かべながら、小躍りしてそう答える。
「討伐依頼にしては安い方だ。それにこの時期のフォレストボアは固まって行動するから、普段よりも難易度は高めだぞ。あと、ちゃっかり固パンをバカにするな。」
「ですがもう、受注してしまっていますから、取り消しにはお金がかかりますよ。」
頭を抱えてため息を吐き出すアデルの横から、受付の女性がおずおずと控えめに手を挙げて横槍を入れる。
「それにアデルさんも最初の依頼は討伐だったじゃないですか。」
「おい!!それは言うな!!」
ポロリと女性がそんな言葉を漏らすと、アデルは一瞬で険しい表情に切り替えてそれを止める。
「へえ、何のモンスターだったんですか?」
案の定、コウタは彼女の言葉に食い付き、詳細を話すよう求める。
「フォレストボアのボス、グランドボアの討伐ですよ。」
「すごいですね!倒したんですか?」
女性がニッコリと笑みを浮かべながら説明すると、コウタは少しばかり興奮気味にアデルの顔を覗き込む。
「いや、手も足も出ず⋯⋯負けた。」
無垢な視線を向けられたアデルは、俯きがちに顔を赤くしながらそう答える。
「⋯⋯ダメダメじゃないですか。人のこと言えないですよ。」
「うぐっ⋯⋯!」
最早威厳すら感じられないアデルの胸に容赦の無い言葉の刃が突き刺さり、ふらりとその場に崩れ落ちそうになる。
「とりあえず行ってきまーす。」
そんなアデルの姿を無視すると、コウタは彼女らに背を向けてギルドの外へと向かう。
「おいっ、ちょっと待て、気をつけるのだぞ!!」
「はーい。」
最後に送られる母親の様な言葉に、振り返る事もなく軽く手を振って言葉を返す。
「コウタさん、ウチではフォレストボアの素材の買取もしてるので余裕があったら一、二匹持ち帰って来てみて下さ〜い。」
「はーい。」
そうやってコウタはギルドを飛び出してきたのであった。
そして再び森の中——
「十匹討伐で依頼完了、サイズは問わない、討伐の証明として角を2本一セットで持ち帰ること。」
一向に見つからない探索に飽きたのか、捜索を一旦止め、手頃な木の上に登ると、改めて依頼内容を確認し始める。
そして依頼書から視線を外し、キョロキョロと周囲を見渡していると、コウタの耳にゴソゴソと草木の揺れる音が聞こえてくる。
「⋯⋯っといたいた。」
ふと気配のした方に意識を向けると、傾斜の緩めな坂の下でそれらしきモンスターの群れが山菜のようなものを食べているのが見えた。
「⋯⋯⋯⋯ちょうど十匹、これは運がいい。——それじゃ、さっさと終わらせるか。」
そう言うとコウタは何もない空間から腰にかけた剣と同じものを二本、自身の目の前に召喚する。
〝支給品の剣〟ギルドから支給される量産型の安い剣。
同時に木の上からふわりと飛び降りると、二本の剣を鞘から抜き出して表情を切り替える。
着地と同時にステータスのスキルの欄を横目に見て、〝加速〟とレベルを2に上げた〝脚力上昇〟の他に追加されたスキルがあるのを確認する。
そして、先ほど覚えたばかりの付与術師専用スキル、〝付与・力lv1〟と〝強化lv1〟を発動する。
〝付与・力〟指定した仲間のステータスを一定時間上げる。
〝強化〟三十秒間自身のアクティブスキルの威力を上げる。
コウタはスキルが発動したのを確認すると一度ダランと脱力し、下り坂に向かって軽く跳ねるように飛び出す。
地面に足が付き、浮遊感がなくなった瞬間、脱力していた足に力を込めて一気に地面を蹴り出す。
「⋯⋯ブギィ!?」
「加速っ!!」
直後にイノシシがこちらに気づくのを確認すると、コウタは気にせず〝加速〟のスキルを使いスピードを上げる。
そしてまず初めにすれ違いざまに二匹の首を飛ばす。
「ギュ⋯⋯!?」
その後急停止し、Uターンしながらもう一度〝加速〟のスキルを使い、今度は身体に回転を加えながら四匹まとめて首を狩る。
「ギュイ、ギュイィ!!」
そしてこちらに向かって突進してくるイノシシに狙いを定めると、木を蹴り、跳ね返りながらもう二匹の脳天に剣を突き刺す。
残った二匹は抵抗する事なく逃げるが、コウタは落ち着いてもう一度剣を召喚し、一匹を仕留めるが最後の一匹を取り逃がす。
「くっ⋯⋯。」
「⋯⋯いっ、けぇ!」
コウタは慌てて抜き身の状態の〝聖騎士の細剣〟を空中に召喚し、その剣に一度も触れる事なく、投げるモーションをとる。
すると細剣は手の動きに連動しながら飛翔し、最後の一匹を串刺しにした。
「⋯⋯終わ、った?」
全てのモンスターのHPが0であることを確認するとコウタは小さく息をつき、召喚した剣は霧散した。
コウタのモンスターとの初戦闘は僅か二十秒ほどで幕を閉じた。
討伐証明の角を採取し終わり、コウタは近くの丸太に腰掛けながら、自らのステータスを見て今回の反省をしていた。
今回の戦闘で消費したMPは合計23。全体の約四分の一ほどだった。まず〝付与〟と〝強化〟一回ずつで合計8、〝加速〟2回で合計6、23からそれらを引くと残りは9、召喚した剣は〝支給品の剣〟が三本と〝聖騎士の細剣〟が一本の計四本、割り切れない、つまりは
「召喚する武器によって消費するMPは違う?」
そしてもう一つ、気になることがある。それは、最後の一匹を仕留めた時、召喚した剣を触れずに投げることができた。
「つまりは、触れなくても操ることができるのか⋯⋯。」
(使いようによってはかなり戦略の幅も広がるな。)
戦闘を通して得られた情報を確認すると、改めて自身のスキルの有用性を理解する。
そしてある程度分析を終えると、ため息をついてその場から立ち上がる。
「まぁ、とりあえず帰るか⋯⋯。」
そう言ってコウタは立ち上がりギルドへ持ち帰るためのフォレストボアを掴み、帰る方向へと振り返ると、
「フシュー、フシュー⋯⋯⋯⋯。」
そこには体長五メートルほどはある巨大イノシシが目の前にそびえ立っていた。
「⋯⋯⋯⋯ははっ。」
つい乾いた笑みが漏れ、頬がひきつる。
——夕方ごろ。アデルは鎧を修理に預け、再びギルドでコウタの帰りを待っていた。
「遅いですね。」
先程の受付の女性がテーブルをまたいでアデルの正面に腰掛けると、心配そうに言葉を投げかける。
「仕事はいいのか?」
それを見たアデルは彼女の言葉に答えるよりも先に、訝しげにそんな問いを投げかける。
「この時間帯にクエストを受けに来る人なんかいませんよ。」
彼女の言葉の通り、今現在ギルドにいる人間は、併設された食堂に食事に来ているか、依頼達成の報告に来ているかくらいであり、受付の仕事はそう多くなかったのである。
平たく言えば一人いなくても仕事は回るのでサボっていたのである。
「ちょっと心配ですか?」
ため息混じりに腰を落ち着ける女性は、ニヤリとはにかみながら、味の悪い表情でアデルの顔を覗き込む。
「そのうち帰って来るさ。」
そう言い放つアデルの身体は小刻みに揺れており、落ち着かない様子だった。
「やっぱりアデルさんも心配なんじゃないですか。」
「う、うるさい!!」
そんなやりとりをしているとギルドの入り口の方がざわつくのが見えた。
「すいませーん。フォレストボアの買取お願いしまーす。」
「あ、帰ってきましたね⋯⋯ってうわぁぁぁぁぁあ!!」
遅れて聞こえてくるコウタの声を聞いて、女性は入り口のドアを開けると、思わず叫び声を上げる。
何事かとアデルもドアの方へと向かうと、その向こうから、コウタが五メートルほどのイノシシを引きずりながら入ってきていた。
「んしょと、あ、門番さんありがとうございます。」
「いいってことよ!!じゃあな!」
その奥には門番をやっているはずの兵士が台車を引いて帰っていくのが見えた。
「あ、アデルさん、見てくださいよ〜。こんなに大きなフォレストボアがいたんですよ。すごくないですか?」
コウタがペチペチと血みどろになってすでに動かなくなったイノシシを平手で叩く。
「あ⋯⋯あ⋯⋯。」
「いや正直、目の前に出てきた時は死ぬかと思いましたけど持久戦仕掛けたら、思いの外うまくいきまして、ってなんでこんなに注目されてるんですか?」
コウタはキョロキョロと周りを見渡しながら不思議そうな顔をする。
アデルはプルプルと震える指でコウタの後ろにあるイノシシを差し、口を開く。
「それはフォレストボアじゃなくてグランドボアだ!!」
「⋯⋯へ?⋯⋯ああ、どうりで強かったわけだ。」
「それより、いくらくらいで売れますかね。コレ。」
コウタが疲れ切ったような表情でそう尋ねるが、受付の女性は地面にへたり込み口をパクパクさせるだけで反応がなかった。
「すげえ!あんなサイズ見たことねぇ!」
「あれを一人で仕留めたのか⋯⋯。」
「何者だあいつ!?」
少し遅れて、周りからざわざわとそんな声が上がった。
そうして図らずもコウタは冒険者初日から有名人となってしまったのであった。